ティフルダンジョン (2)
遅くなりました。
今回は魔物と戦うシーンがあります。すこしだけ残酷な描写というのに該当するのかもしれません。
地下15階に出てくる魔物はだいたいBランクの下位の魔物達だった。ここに来た主目的はコムギのLv上げでついでにお金稼ぎをするためだ。突然魔物が湧きださない限りは、千夏とタマが事前に魔物の位置と数を察知できる。
今は2匹のオーガと戦闘中だった。
一匹はコムギに任せ、タマは千夏から渡された鉄の剣で残りのオーガに向かって剣を振るう。竜に戻れば一撃ではあるが、人が近くにいるかもしれないので人の姿のまま戦っている。切れ味よりも丈夫さを優先させた鉄の剣で、タマは力任せにオーガの胴体を引きちぎる。
コムギは素早い動きでオーガの攻撃を回避しつつ、気を纏わせた鋭い爪でオーガの肉を切り裂いていく。いつのまにか取り込んだ気を攻撃に使うことを覚えたらしい。最後にはオーガの肩に噛みつき、使った気を補充すべくグングンとオーガの気力を吸い上げていく。
コムギを引き離そうと暴れていたオーガは、気を吸われ段々と動きが鈍くなっていく。何度かコムギはオーガから殴られたようだったが、気をつかって防御しているようであまりダメージはないようだ。
「いつの間に気功術が使えるようになったの?」
千夏はすっかり変わったコムギの動きを見て驚く。
「タマが教えたでしゅ。もともとコムギは気を使う魔物だから覚えるのは早かったでしゅ」
千夏の質問に得意げにタマが答える。これなら従魔の大会も安心して見ていられそうだ。
最後はオーガの気を全てを吸い出したコムギがオーガの首を噛み千切ったところで戦闘は終了した。オーガの血にべっとりとまみれたコムギにレオンが水をかけて洗い流し、水分を弾き飛ばす。
「なかなかいい動きだったぞ。あとはAランクの魔物も狩れるようになっておけば十分だ」
レオンが満足そうにコムギに向かって話しかける。鍛えれば鍛えるほどLvが上がるこの世界で2匹の竜との毎日の激しい特訓がコムギのレベルを一気に押し上げたのだ。
「次の曲り角に16階へ降りる通路があるよ」
リルの誘導に従って千夏達は角を曲がる。事前で気を探ってわかっていたが、そこには階層主の姿はない。そのまま真っ直ぐに16階へと降りていく。
16階に降りると15階とは段違いに沢山の気があたり一帯に散らばっている。固まっていないので多分魔物だろう。受付嬢がいったとおり、16階より下はあまり人が来ないらしい。とりあえず17階へと降りる道への最短ルートを千夏達は進んでいく。
「前に3匹いるでしゅ。これはミノタウルスでしゅ」
フィタールの洞窟でミノタウルスとは何度か戦闘している。知っている気を感じタマがそう申告してくる。
以前にミノタウルスと戦闘したときにはタマは突撃スキルで吹っ飛ばされていた。今の大きさであれば吹き飛ばされることはないだろう。
あたりに人気配がないので、念のために竜の姿に戻ったタマとコムギが警戒しながら前を進んでいく。
「「「ブモォォォォォォォォォォォォ」」」
タマ達に気が付いたミノタウルスが体の重心をかがめて突撃してくる。
レオンが素早くタマ達の前にウォーターウォールを設置する。水の壁を突き破って突撃スピードは若干落ちた3匹のミノタウルスが飛び出してくる。
それを待ち受けていたタマが重心を低く構え、ミノタウルスに突撃する。
「「「フゴッ!」」」
ミノタウルスはタマの突撃に蹴散らされ、そのまま後ろへと吹き飛ばされていく。
「いつまでも飛ばされるタマではないのでしゅよ!」
フィタールでは競り負けたが、今回は余裕でミノタウルスに競り勝ったタマは満足気に胸をそらす。
「クー!」
コムギは横転したミノタウルスへ駆け寄り、気をまとった鋭い爪でまずはミノタウルスの目から潰していく。殴り倒そうとする3匹のミノタウルスの腕を綺麗に避けていく。
「左から複数の気が近づいて来ている。タマは一応人に戻って」
千夏はコムギの戦闘を目で追いながら気を探る。どうやら人のようだ。
「戦闘中に遭遇するのが面倒だから、さっさと倒したほうがいいね」
リルの言葉を聞き、レオンはコムギから一番離れているミノタウルスの頭をフローズンバレットで押しつぶす。
タマも人の姿に戻ると剣を拾い上げ、ミノタウルスに斬りかかっていく。千夏もファイヤーランスを放ち、人がくるまえにさっくりと戦闘を終わらせた。
戦い足りないコムギが不満気に「クー!」と一声鳴く。
やがて千夏達の目の前に現れたのは完全武装した男達だった。数はおよそ15人程。どこかで見たことがある鎧を身にまとっていた。
「我々はハマール竜騎士団だ。道を開けろ」
先頭に立った男が千夏達に向かって威圧するかのように怒鳴る。
なんでこんなところに竜騎士団がいるのだろうか。
とりあえず素直に千夏は道を譲る。千夏が道を譲ったので他のメンバーも合わせて洞窟の端へと寄った。
ふんっと鼻を鳴らし、ぞろぞろと男たちは洞窟の奥へと向かっていく。
彼らは騎士団長に命じられて訓練のためにダンジョンに来ていた。ワイバーン達が彼らの命令を聞かずに暴走したことが問題となったのだ。
そのためローテーションで王城警護の任にあたっていない者たちを訓練としてダンジョンに送り込まれた。
千夏達にしてみれば迷惑もいいところだった。たぶん彼らも地下20階を目指して進むのだろう。このままでは彼らの後をついていくだけになってしまう。
「どうする?」
困ったようにリルが千夏に問いかける。
「このまま帰るのもね。せっかくお金払ったんだし。上に登って地下10階から戻るって手もあるけど、魔物が弱くなるんじゃ訓練にならないよね?」
千夏の言葉にタマとレオンが頷く。
「じゃあ、遠回りだけど別のルートを使って下に降りようか。彼らはきっと最短ルートを取るだろうしぶつからないんじゃないかな」
地図を見ながらリルが提案する。
「帰るのが少し遅くなるけどそうしようか」
ほとんどの人が最短ルートを通るのでそれ以外の道をいく場合、魔物に遭遇する可能性が高くなる。
「魔物が一匹だけだったらコムギにまかせるけど、それ以上だったら皆で攻撃してさくっと倒して距離を稼ぐからね。道のほうはお願いね、リル」
「わかった。こっちだよ」
いままで歩いてきた道を一度戻る必要がある。リルに先導され千夏達は来た道を戻っていく。
遠回りルートに入ってしばらくしたところでオーガ5匹に遭遇する。あっさりと千夏達はオーガを倒し、先へと進む。
それからも魔物達が大量に押し寄せてくるが、問題なくさくさくと千夏達は進む。
ついに21階へ降りる階段の部屋の前までくる。この部屋から大きな気が見えており、階層主がいることは間違いない。
「クー!」
コムギにも気が見えるのだろう。興奮して尻尾をぶんぶんと振り回す。
階層主がいるせいか、このあたりには魔物がいない。
女官長から渡されたお弁当をアイテムボックスから取り出して昼食にする。
階層主が階段から離れないことを知っているからだが、普通のパーティはこんなところで昼食など食べたりはしない。相変わらず図太い面々である。
「騎士団の人たちは階層主を倒さず戻ったのかな」
リルは不思議そうに首を傾げる。
20階にある転移石はこの階の中央に設置されているので、戻ったとしても不思議ではない。
だが階層主もダンジョンマスターのように倒すとアイテムがもらえるのだ。階層主を倒さないのは不自然だと思ったのだ。
「ああ、あの人たちね。すぐそこまできているよ。なんか追い抜いちゃったみたい」
千夏は自分達が来た道ではないほうを向いて、おにぎりをほおばる。
「え、じゃあ階層主獲られれちゃうよ」
「たぶん大丈夫だよ、きっと」
階層主の正体を知らないリルが少し慌てるが、千夏はさっきちらりと階層主を拝んできたのだ。あれが相手なら騎士たちは手を出さないだろうと千夏は考えていた。
会話をしている間に騎士たちの姿が見えてくる。
千夏達のまるでピクニックにきたかのようなお弁当を広げた光景に、一瞬目をむくがすぐに階層主に気が付き警戒を始める。
「階層主はテトラザウスです」
早速偵察にいった若い兵士が緊張した面持ちで騎士団の分隊長に報告する。
テトラザウスは体長10メートルを超える肉食獣だ。
2足歩行で長い尻尾を持ち、人を丸のみしそうな巨大な頭部を持つ。先程千夏も覗いてみたが、白亜紀に生息したというティラノサウルスにそっくりだった。
いわゆる恐竜である。こちらの世界でも竜種として扱われ、騎士団にいるワイバーンよりも上位の中位の竜として数えられる。魔物としてもAランク上位の魔物だ。
分隊長は黙り込んだまま考え込む。
かなり厳しい相手だ。あくまで訓練としてこのダンジョンに来ただけで、死人を出すわけにはいかない。
それにテトラザウスと戦うにはスペースが狭い上に、こちらの人数も少なすぎる。せめて倍の人数がいれば勝機もあるのだが。
その間にお弁当を食べ終えた千夏達が立ち上がる。動かない騎士たちに千夏は近寄っていく。
「そちらは階層主に挑戦するのですか?されないのでしたら、私たちが行きますけど」
千夏の呑気そうな言葉に、分隊長はかっとして怒鳴り返す。
「階層主はテトラザウスだぞ。わかっているのか?」
「はい」
実はさっき名前を知ったばかりではあるが、千夏は平然と頷き返す。
「冒険者ふぜいが!勝手に食われてくるがいい」
吐き捨てるように分隊長が怒鳴り散らす。千夏のパーティはたった4人。しかも女子供ばかりだった。
勝機がないことすらこいつらはわかっていないと分隊長は侮蔑の視線で千夏を見下ろす。
言質をとった千夏は上機嫌でパーティメンバーの元に戻ってくる。
「一回恐竜のお肉を食べてみたかったのよね。今夜は焼肉だね!」
なるほど。千夏のめずらしいやる気の原動力はそこなのか。リルは思わず笑い出した。
Bランク程度の魔物だとほとんど脅威にならないようです。




