帰還
「なんかすごく久しぶりな感じがする」
千夏は目の前に建っているバーナム辺境伯別邸を感慨深く眺める。
さきほど港町マルタにたどり着いた一行は転移で一気にここまで戻ってきたのだ。
すぐにタッカーが一行に気が付き、慌てて出迎えに走ってくる。
「お帰りなさいませ」
「久しぶりだな、タッカー」
アルフォンスは深々と頭を下げる別邸執事に声をかけ、屋敷の中へと入っていく。
千夏達も後に続き、応接室でタッカーにお茶を淹れてもらう。
「ああ、紹介が遅れたな。彼はレオンだ。タマと同族だ」
アルフォンスは簡単にタッカーにレオンを紹介する。
タマと同族と言われたタッカーは、ぴくりと一度だけ反応したが、すぐに普段の慇懃な態度に戻り、レオンに軽く会釈する。
「この別邸を任されておりますタッカーです。御用の際はお呼びください」
「レオンだ。よろしく頼む」
レオンはすまし顔でお茶を飲みながら、挨拶を返す。
その横に座るリルは浮かない顔をしている。
ついに王都まで戻ってきてしまった。
セラに言われたのは千夏達と一緒に南国諸島へ向かうこと。その旅が終わってしまったのだ。
「どうした、リル?」
沈んだリルに気が付いたレオンが声をかける。
「セラ様にチナツ達の旅についていくように言われたんだけど、旅が終わってしまったなぁと。俺、治療部隊に戻らなきゃいけないのかな」
カップを両手で包み込み、うなだれたようにリルは答える。
「帰りたくなければ帰らなければいい。何が問題なんだ?」
レオンはリルに不思議そうに尋ねた。
「えっと仕事には契約というものがあってね。それが終わったら元の仕事に戻らなきゃいけないんだ」
リルはうまく回らない頭で考えながらレオンに説明をする。
「でもリルは帰りたくないんだろ?」
重ねてレオンが尋ねる。
「うん。もっとみんなと一緒にいたい。でもこれは俺のわがままだから」
しょぼんと耳を垂らし、リルは答える。
「わがままじゃないだろう?リルは俺たちの仲間なんだから。うちに好きなだけいればいい」
「そうなの。仲間なの」
アルフォンスとセレナは驚いたようにリルを見る。
リルがそんなことを言い出すとは全く思っていなかったのだ。
「リル、いなくなっちゃうんでしゅか?」
タマが寂しそうにリルを見つめる。
千夏はタマの頭を撫で、黙って成り行きを見守る。
治療部隊をやめて自分と同じ冒険者になればいい。というのは簡単だけど、冒険者はハイリスクハイリターンで安定した治療部隊とは全然違う。迂闊に誘えない。
(戻るも戻らんも、リルの人生や。好きにしたらええ。)
妖精剣から姿を現したシルフィンが、胡坐をかいてニヤニヤと笑いながらリルを見る。
「大丈夫いなくなったりしないわよ」
どんな地獄耳なんだ!と思うほど、タイミングよくセラが応接室へ現れる。
マルタの港についたときに一応遠話で戻るとは言ってあったが、行動が素早い。
「とりあえず、お帰りなさい。あらあら、アルフォンスもセレナも少し背が伸びたのね。チナツは全く日に焼けてないわね。どうやったらそうなるの?」
セラは全員を見回し、最後にレオンに視線を止める。
「初めまして、セラよ。あなたがレオンね?」
「そうだ」
なめまわすように視線を注ぐセラに、レオンは少し不機嫌に答える。
「あら、失礼。後であなたの本来の姿も見せてもらってもいいかしら?」
にっこりとセラは微笑む。
「何故だ?」
むやみに竜に戻ってはいけないとエドに教え込まれたレオンは、セラに不信の目を向ける。
「単純に見てみたいからよ。エド、問題ないでしょ?」
ちらりとレオンがエドに視線を送ったのをセラは見逃さず、くるりとエドのほうをみて尋ねる。
「問題ありません」
エドはセラに会釈して答える。
リルは話題についていけず、セラを茫然と見つめていた。
「ああ、ごめんなさいね。リル、あなたこのままみんなと一緒にいていいのよ」
セラは空いている席に腰を落ち着けると、リルに向かって笑顔で話しかける。
「いいんですか?」
思っていもいない話にリルは嬉しそう顔を浮かべ、セラに確認する。
「いいも悪いもいてもらわないと困るのよね。だって次はハマールなんですもの」
うんうんと頷きながらセラはさりげなく答える。
あまりのさりげなさに千夏達は気が付かず、リルによかったねーと声をかけて喜んでいる。
唯一セラの言葉に気が付いたエドは、頭の中でハマールまでの旅程を確認し始める。
誰からも反応されないというのも、それはそれで困る。
セラは苦笑しながらはっきりと今度は全員に伝える。
「次はハマールに出かけてもらうわ」
「えー!」
千夏はすぐに不満の声を上げる。
「ハマールの手前までは転移で移動だし、チナツは向うについても特にやることはないわよ。のんびりしていなさいな。忙しいのアルフォンスとセレナ。例の剣技を教えて欲しいのよ」
セラの説明で千夏は押し黙る。
単にアルフォンスとセレナについていけばいいだけであるならば、特に不満はない。
「教えるならシルフィンのほうが向いているの」
自信なさそうにセレナは答える。
「もちろん、シルフィンにもお願いするわ。でもあなた達も実際にその技を見せて覚えさせてほしいのよ」
「まぁやれるだけはやってみる」
アルフォンスも自分が教師として向いていないことは自覚している。
「それでいつ出かけるのですか?」
嫌と言っても断れないので、すでに具体的な話をエドは詰めていく。
「明後日。期限は全員覚えられるまでと言いたいところだけど、向き不向きがあるだろうから、そこは相談ね」
「向うでの宿は?」
「王城に泊まってもらうわ」
セラとエドの二人で今後の予定について細かく詰めていく。
「またお出かけでしゅか?」
タマは千夏の手をひいて尋ねる。
「みたいね。あ、シャロンにお土産か」
「そうでしゅ。シャロンに渡したいでしゅ」
こくんとタマは頷く。
「じゃあ、これから向うのおうちに行ってこよう。出発は明後日だから今日泊めてもらえそうだったら、明日の夜迎えにいくよ。たまにはゆっくりとシャロンと遊びたいでしょ?」
千夏の提案にタマはキラキラと目を輝かせる。
「クー」
コムギもすりすりとタマに身を寄せ、自分も連れていけとアピールする。
「もちろん、コムギも一緒にいくでしゅ。シャロンに紹介するでしゅよ」
タマはコムギを抱きかかえる。
「ちょっとシャロンのところに行ってくる」
千夏は他のメンバーに断りをいれてから、そのままタマを連れてシシールへと転移する。
転移先はジャクブルグ侯爵邸前だ。
千夏は門番にギルドカードを見せ、しばらく待つように言われる。
まだまだ暑い夏が続いている。
千夏はアイテムボックスから麦わら帽子とアイスキャンディーを取り出し、タマとコムギに渡す。
10分ほど待つと、遠くに見える屋敷の扉が開き小さい影が飛び出してくる。
「あ、シャロンでしゅ」
タマは駆け寄ってくるシャロンに向かい手を振る。
「タマー!」
息を弾ませシャロンはタマに抱き付く。
「元気でしゅか?」
タマも嬉しそうに少し背が高くなったシャロンに抱き付く。
遅れて追いついてきた侯爵家の執事が千夏に向かって会釈をする。
「ようこそ、いらっしゃいました」
「突然お邪魔してすみません」
千夏もぺこりと挨拶をする。
「お気になさらずに。いつでも大歓迎です」
執事は嬉しそうに笑う子息を見てにっこりと微笑む。
「あ、この子がコムギだね。初めまして、シャロンです」
シャロンはコムギに気が付くと、屈み込んでコムギに挨拶をする。
「クー」
コムギはすりすりとシャロンの脚にまとわりつく。
「可愛いね」
「可愛いでしゅ。タマの弟なのでしゅ」
タマとシャロンは互いに目を合わせると楽しげに笑う。
「シャロン様、どうぞ中へ。お客人を待たせては失礼にあたります」
執事にそう言われて、やっとそばに立っていた千夏に慌ててシャロンは会釈する。
「失礼しました。お久しぶりです。どうぞ中へ」
「うん。お邪魔します」
千夏はしゃちほこばったシャロンをみて微笑ましげに笑う。
「久しぶりだね。旅立ったと聞いていたが、いつ戻ってきたのかい?」
屋敷に入ると、まずは侯爵の執務室へと千夏は足を運んだ。
侯爵は急な来客に驚いたものの、にこやかに千夏に話しかけてくる。
「先ほど戻りました。突然訪ねてきてすみません。また別の場所に移動することになりまして、時間がなかったもので」
「また旅立つのかい。それは大変だね」
侯爵は千夏へ椅子を勧める。
千夏は会釈したあと、ソファに座る。
「明後日にはハマールに出発するとのことです。その前に一度、シャロン様とタマを会わせてあげたくて来ました。ずうずうしいお願いですが、今晩タマを泊めてもらえないでしょうか?明日の夜に迎えに来ます」
千夏のお願いに侯爵は「もちろんだよ」と笑顔で快諾する。
「ハマールは長いのかい?なんだったら、タマをその間預かるのでも問題ないよ」
以前アルフォンスにタマを育ててもいいと言い切った侯爵だ。
息子の笑顔が見れるなら竜の一匹や二匹、屋敷にいても問題はない。
侯爵の提案に千夏は少し考え込む。
タマにとってそのほうがいいのだろうか。
だが、長期間タマに会えないのは千夏も寂しい。
国内であればすぐに会いにもこれるが、他国だとそうはいかない。
「ありがとうございます。でも、他国なのでなにがあるかわからないので、連れていこうと思っています」
千夏は一瞬躊躇したがそう答える。
「そうか、それは残念だ」
本当に残念そうに侯爵は言った。
そのあと簡単に挨拶を済ませ、千夏は執務室をお暇する。
その頃、バーナム辺境伯別邸の庭で元の姿に戻ったレオンをみて「大きいわ」とセラが呟いていた。
「もういいですか?タマと違って彼は大きい。目立ってしまいます」
エドはレオンを見上げているセラに向かって問いかける。
「ええ。ありがとう」
セラがそう答えるとレオンは人の姿に戻る。
「ハマールではすぐに竜だとばれる可能性が高いわ」
「なぜです?」
「ワイバーンがいるのよ。ハマールの有名な竜騎士。下位竜だといっても同族。気が付かないわけがないわ。まぁ竜ほど知性はないからしゃべったりはしないけど。代わりに竜使いがいるのよ、あの国。ワイバーンの鳴き声で何を言っているのかわかる人のことよ」
竜だとばれたらどんな騒動が起きるのだろうか。
セラは少し考え込む。
「まぁばれたらばれたときに臨機応変に対応しましょう。今回は私も一緒にいくからよろしくね」
セラはにっこりと微笑んだ。
セラってジャイ〇ン並に強引すぎる・・・と今更気が付きました。




