コースを選ぼう
2014/12/25 プロローグ部分を全面書き換えしました。
前の1話と2話を合体させました。
暖かい秋の日差しの中、村の広場に置かれたベンチで佐藤千夏はうとうとと船をこぐ。空は快晴で気候も穏やかで絶好の昼寝日和だった。
千夏が座るベンチより少し先にある畑を耕している村人たちは、のんきそうに昼寝をしている彼女を見て笑みを浮かべる。
「領主どん、またお昼寝だべ。まぁ今日はいい天気だしのぅ」
汗をタオルで拭きながら空を見上げた村人の視界に黒い影がぽつりと浮かんでいた。その影は次第に大きくなり村の広場の上空を旋回した後、ゆっくりと降りてくる。2対の大きな翼を広げ広場に降り立ったのはライトグリーンの鱗を持つ全長5メートルほどの幼竜だった。
幼竜は大きな体を支える2本の脚をよたよたと動かし、ベンチで居眠りをしている千夏の顔を覗き込む。
「ちーちゃん、そろそろお昼でしゅよ。起きるでしゅよ」
幼竜が愛らしい声で千夏を呼ぶが、眠りが深いのか幸せそうに口を開けたまま千夏は眠り続ける。時折「もう食べれない……」などと寝言を呟き、ころりと寝返りを打つ。
――――この物語はぐうたら人生を歩んできた佐藤千夏の異世界転生記である。
(今日の晩御飯はトンコツラーメンな気分かも)
会社から帰りの電車に揺られながら、千夏は最寄り駅の人気ラーメン店をスマホで検索する。佐藤千夏は今年24才。中堅会社に勤める社会人だ。
趣味は食う・寝る・読書またはゲーム。ゲームはシューティングやシュミレーションなどは頭を使うのが苦手で、気楽に遊べるRPGが好きだった。できればぼおっとしながら「たたかう」を連打するだけで先に進めればいうことなしだ。
人の家に入って勝手に箪笥を調べるなど、人としてしてはいけない。というか、探すのが面倒でしたくない。村人全員に話しかけないとストーリーが進まないやつもヤル気が出ない。勝手にストーリーが進んでくれるゲームが千夏の好みだった。
また流行りの洋服やお洒落なカフェなど、若い女性が好むものはあまり興味がない。ネット通販の安くて丈夫な服とコンビニのお茶で十分だ。
ナチュラルを言い訳に化粧をしない。休日も近くのコンビニまで行くのすら面倒でネット宅配を使う。ネット様々である。
その結果運動をあまりせず食っちゃ寝生活の為かなりのぽっちゃりさんだ。
過去、彼氏がいた時代もあったが会うことすら面倒になり一年続かなかった。
完全な負け犬である。しかし本人は通勤時間さえもう少し短ければ、それなりに満足した人生を送っていた。
電車が脱線するまでは……。
「予定外です!」
額に青筋をたてた魂管理官が神に事故の報告をしていた。
本来なら閉まっている踏み切りを無理やり横断しようとした酔っ払い1人が事故に逢うはずだった。
その酔っ払いを迎えに行った死神が新人だったこと。初仕事にかなり緊張していたこと。緊張し過ぎて姿を消さずに電車の前に飛び出したこと。電車の運転手がややぼんやりと運転をしていたこと。踏み切りがちょっときつめのカーブの先にあったこと。それらの偶然が折り重なって電車脱線事故にまで発展してしまった。
「まぁ起きてしまったのは仕方ないだろう」
ソファにごろりと横になり、下界を見下ろすためにあるスクリーンで娯楽番組を見ていた神が答える。
神が人界に直接介入していたのは遥か昔のことだ。人が何かを行い、その結果世界が目まぐるしく変わっていった。脱線事故ごときで何をいまさら慌てる必要があるのか?
「きちんと聞いてください」
いい加減な神の態度に魂管理官は苛立ち、ぶちりとスクリーンを消す。
「……」
「本来人の死亡についてはこちらで全て管理しています。ここ1000年ほど多少の誤差はありましたが、最終的には予定通りの管理となっていました。予定外など発生していません。それなのに、今回は予定外死亡者が328名もいるんです。しかもうちの死神のせいで!」
生き物は決まった寿命があり、その定まった寿命を見守るのが魂管理局の仕事である。人が戦争を起こそうが、生態系を崩そうとしようが常に事態に介入し、予定通りの死を管理してきた。
予定通りの死に予定通りの誕生。膨大な生き物の生死に関する1000年程のスケジュールは1秒先まできっちり決まっている。このスケジュールに無理やり328名を割り込ませる必要があるのだ。もちろん割り込ませたことによる今後のスケジュール調整の必要も出てくる。
「お前が怒ったところでどうにもならんだろう。落ち着けよ。行先が決まるまでしゃあないから魂をこっちの世界で預かる他ないだろう」
むくりとソファから起き上がり、ぼりぼりと頭をかきながら神が答える。
「はい、ではそのように。早急に調査を進め再配置できるように尽力します」
魂管理官は神に一礼すると、神の神殿から自分の執務室へと移動した。
「あれぇ、ここはどこだろう」
ふと目を覚ますとやたらと広い講堂の様な場所に千夏はいた。
(電車に乗っていて、そんで何か急に視界が揺れて……それからどうなったんだ?)
ぽりぽりと頭をかきながら千夏は首をかしげる。
千夏の蹲っていた場所の目の前にロープが引かれていた。ロープは杭で囲まれた円状となっており、そのロープの中には千夏と同様にぼんやりとした人々が佇んでいた。
ロープで囲まれた円の中央には「残寿命70年台」というプラカードが立っている。よくよく周りを見回してみるとロープに囲まれたブロックが他に5個ほどあり、それぞれの円内に大勢の人々がいた。千夏は周りをきょろきょろ見回して隣の「寿命残20年台」というブロックにいたメガネをかけた中年男性を見つける。
(たしか、電車で私の隣に座ってた人だよね。飲み会の帰りか何かで、やたらでかい声で話しててむかついた人だ。ふむ。やっぱり電車が事故って全員どこか安全なところに運ばれた? しかし寿命ってなんなんだこれ……)
今千夏が居る大きな講堂の横には複数ドアがあり、その一つが突然開いて黒のパンツスーツをきた若い女性が出て来る。その腕には「案内」という腕章をつけている。
「あのぉ、すみません」
カツカツとヒールを響かせ歩みよってきたその人に向かって千夏は声をかける。彼女は千夏に気が付くと大企業の受付嬢のように隙のない笑顔を返し、ちらりと千夏の胸元をみて答えた。
「Dブロック、受付番号59番の佐藤千夏様ですね。すみません。只今12番の方が面談中ですのでもう少しお待ちください」
「はぁ……」
いつのまにやら胸に「受付番号59 佐藤千夏」というネームプレートを千夏はつけていた。まったく状況がわからないのはわからないが、とりあえず対応してくれる人がいるらしい。
若干安心した千夏はその場に座り込み、暇つぶしに鞄にいれていた小説を取り出し続きを読み始めた。
小説を読み終わると千夏は仕事の疲れから眠くなり、うとうとと舟を漕ぎ始める。すっかり寝入った頃に、先ほどの女性が千夏を軽く揺り起こす。
「お待たせしました、佐藤千夏様。こちらにお願いします」
「あ、はい」
千夏は寝ぼけた頭で返事をし、彼女の後についてロープの切れ目を抜け、会議室Dとプレートがかかれたドアをくぐる。そこは小会議室らしく、6畳ほどの部屋で中央に応接セットが一つあるだけの簡素な部屋だった。奥のほうのソファに黒いスーツをきたどこにでもいそうな平凡な男性が座っている。
「どうぞお掛け下さい」
彼にそう言われて、千夏はソファに腰を下ろす。ここまで案内してくれた受付嬢はドアを閉めてた後、入口の付近でぴしっと背筋を伸ばして控える。
「大変お待たせして、申し訳ございませんでした。さて、早速ですが現在の状況についてご説明させていだたきます。佐藤千夏様がご乗車されていた電車が脱線事故を起こしました。大変遺憾なことです」
「はぁ、やっぱり事故でしたか」
千夏はぼんやりと答える。大きな怪我もしていないし、事故と言われて正直実感がわかなかった。
「それにより佐藤千夏様はお亡くなりになりました」
「お亡くなりにって……あれ、私生きてますよね?」
「現在の佐藤千夏様の状態は魂だけの存在になります」
「魂?」
ちょっと話題についていけなくなった千夏が小首を傾げる。対応している男は千夏が混乱しているのをわかっていたが、あえて会話を続ける。きちんと理解する前に話を終えたいのだ。そうでないと面倒になることを最初の面談者で懲りたからだ。
「度重なる不幸が原因で佐藤千夏様はお亡くなりになりました。本来ですとこちらが定めた場所に転生されるのですが、佐藤千夏様の場合、寿命があと72年ありまして特例として転生後のコースを3つほど用意させて頂きました」
「はぁ……」
「まずはAコースですが、事故で亡くなったことをなしとしてその後寿命までご生活されるコースです」
「生き返れるんですか?」
死んだといわれたり、生き返ると言われたりで千夏の頭は混乱する。
「ただし、奇跡的な生き残りとしてご生還されますので上半身か下半身不随という状況になります」
「なんじゃそりゃ!」
それでは全くもって生き返る意味がない。つまり寝たきりになるということだ。生涯体が不自由なまま、余生を過ごすなんて千夏には耐えることはできない。
「残してきたご家族が気になる方はこのコースを選ばれる可能性がありますので。続きましてBコースです。こちらは過去を遡って再度佐藤千夏として生きるコースです」
(最初からやりなおしコースか。学校面倒だなぁ……)
千夏はぼんやりと中学の期末テストを思い浮かべた。
「ただし、過去への遡行はかなりのパワーをつかいますので、戻られて3年ほどでお亡くなりになります」
「意味ないじゃん!」
ドンと千夏はテーブルを拳で叩く。
3年といえば物心がつくかどうかの怪しい年齢だ。産まれ直しても訳が分からないまま即死亡コースとなってしまう。
「ですよね……。では最後のCコースですが、とある異世界への転生となります。転生と申しましてもすでに出産予定のスケジュールは500年は埋まっていますので、新しい体を造り今の魂のまま転生していただきます」
「なんで異世界??」
「Cコースに選ばれた異世界ですと、戸籍管理等がかなり杜撰で新しく人が増えたとしても問題がございません。あまり排他的な世界ではないのです。冒険者ギルドで登録さえしましたら身分証明が可能になります」
「どこかで読んだテンプレ小説のような……。あのお、正直どれのコースも嫌なんだけど……」
小説の世界の話ならいいのだが、実際に自分がそのような生活を送るとなると躊躇する。近くのコンビニですら出かけるのが面倒な千夏に、冒険者の生活など出来るとは思えない。
「どのコースも選ばれない場合、申し訳ございませんが昆虫か植物またはミトコンドリアなどの転生となります。ちなみになんと転生先は地球ですよ」
「意味わかんないよ!」
千夏は興奮しながらバンと目の前のテーブルを手で叩く。
「さぁ、どうなさいます? あと5分くらいで決めてください」
本当はこんなに高圧的にいえる立場ではないことを死神省事務官は十分に理解していた。しかし、何十人と泣き叫ぶ人々を相手にずっと同じ説明を繰り返ししてきてたので疲労もピークに達している。できればさっさと帰って一杯やりたい。
千夏はさらに混乱していた。5分で決めろと言われても……。ミトコンドリアになる気はさらさらない。一番ましなのがCコースであるが、やはり冒険なんて危険すぎる。あまり危険なことはやりたくなかった。
「Cコースって危険なんでしょ?」
千夏はおずおずと面接官の顔を上目づかいで覗き込む。
「そうですね、佐藤千夏様がいらっしゃった日本という国に比べて人間の命の重さは羽毛のように軽いですね。こちらのミスでの転生ですのである程度佐藤千夏様のご意見を頂いて、異世界で使えるスキルなど考慮させていただきます。あ、スキルってご存知でしょうか?」
「ゲームのなら」
「はい。Cコース異世界は佐藤千夏様の世界にあったゲームと同じような世界です。モンスターがいてそれを狩る冒険者。倒せば経験値となりLVが上がります。ちなみにお亡くなりになった場合、復活の呪文はありませんが……」
「死んだらそれで終わりってこと?」
「はい。あと先ほどスキルについてご相談といいましたが、Cコースを選ばれる方が多いため、世界のバランスを崩すほどのものは無理ですのでご了承ください」
うーん、と千夏は悩む。
「とりあえずCコースでよろしいですか?もちろん、向こうの世界の大陸共通語については、不自由しないようデフォルトスキルとして追加します。あとせっかく転生したのですから、すぐにお亡くなりになるのは厳しいでしょう。日本と比べるとかなり衛生面が悪いので疫病など病に強い体をご用意いたします。追加したいスキルはございますか? 5分以内にお願いします」
「また5分とは!とりあえず私は食っちゃ寝したいの。だらだら過ごしたいの。
あまり危険なことしたくないし、できれば仕事もしたくないの」
「……今までにない回答ですね」
あまりの千夏のやる気のなさに男は呆れた様に答える。
「いきなり無一文で異世界へ放置はしませんので、一応支度金を出しますが微々たるものです。何もしなければそのうち餓死するしかないのでは?」
「餓死はちょっとキツイなぁ。じゃあ、ちゃちゃと仕事するしかないよね。3日だらだらして1日だけちょっと頑張るとか……」
うーんと再び千夏は考え込む。
(なんか生きていくのすら面倒そうな人だなぁ……)
適当するぎる千夏をみて男はこっそり溜息をついた。
「とりあえずスキルどうしましょうか?」