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三枝香奏と立原郁也の日常

不変の小悪魔

作者: 南丘優

連載は続き書けない書かないのに短編は(略

小悪魔系な香奏が浮かんでどうしようもなかったので書いちゃいました。

するりと手を動かして頭を撫で、前髪にキスしてから顔を離す。

髪を指先に絡ませて弄んでいると、不意に彼女が目を開けた。

「郁哉ってさぁ」

くすり、と笑いながら続ける。

「すっごくキザ、だよね」

とても楽しそうに笑う香奏。

「昔は、って昔のことばっかになっちゃうけど、そんなんじゃなかったよね。」

けたけたとおもちゃのように色気の欠片もない笑い声をあげる香奏は、思ったより根っこは変わっていないらしい。

「照れ臭かったんだよ。初告白だし、」

笑われた仕返しに弄くっていた髪をぐしゃぐしゃにしてやると、もう!とかむくれてせっせと直し始めた。

「それになんか女っぽくなってたし…。可愛くなったよな、ほんとに」

分かりやすく真っ赤になり、動きが緩慢になる。

このぐらいしてやらないと気が済まない。さっきの上目遣いとか、微笑みとかほんと反則だ。

「…っほんと、そーゆーのやめてよね!」

ちょっと怒った顔して睨みつけてきた。

若干うるうるな瞳で威嚇されても全然迫力ない。むしろ必死な感じの上目遣いが可愛過ぎる。

本っ当に、反則だ。

…高校でもやってんじゃねーだろな、その顔…

香奏は幼少期から背が低く、加えて怖がりの泣き虫だった為、この殺人級の表情を喰らったのはかなり多かったはずだ。

それほど華やかな顔立ちではなく気さくな性格だから、男子の友達も多いが、信頼している相手にしか見せないような泣き顔と笑顔は、めちゃくちゃ可愛い。

結果ほとんどの男友達を陥落する。

泣きじゃくる香奏を宥めようとすると分かってしまう。

長い睫毛が濡れる様が色気を醸し出す事。ぎゅっと噛み締められた唇がどうしようもなく庇護欲を掻き立てる事。二重ではないのに大きな瞳が綺麗な事。

同級生の中ではいつも1番小さく、末っ子気質で甘えん坊な彼女は妹のように皆に可愛がられていた。

だからどこか女性らしい雰囲気を持った泣き顔とのギャップにやられるらしい。

ポカポカ胸の辺りを叩いてきた両手を簡単に片手で止めてやると、益々怒って今度は頭突きを食らわしてきた。

それも抱き締める形で止めると、うーうー唸り、それでもまだ当たり足りないのかぐりぐりと頭を押し付けられる。

「力強くなっちゃって…身体もおっきくなって…なんか遠くなったみたい…」

宥めるように髪を撫でていると、不意に香奏がそう呟いた。

俺が香奏により女の子っぽさを感じるようになって戸惑ったように、香奏も性差を感じたんだなと意識してくれて嬉しいような拗ねた口調が可愛いような、とにかく柔らかい気持ちが溢れる。

「そりゃ俺もずっと変わらないわけじゃねーよ…でも距離感じる必要はないだろ」

絶対今締まりのない顔をしている、と自覚があったので、香奏か顔を上げないようにさりげなく押さえつけながら囁く。

「…でも、男の子って感じになって、どんどん郁也ばっかかっこ良くなって…ずるい」

むくれた顔が容易に想像できるような声音がとてつもなく可憐で、ひたすら愛おしい。

…俺から言わせてもらえば、ずるいのは今も昔も香奏の方なんだけどな。

小さい時から香奏は最上級に可愛くて、これより愛らしい生き物はいない、を毎日更新していた。

いつの頃からか、それに綺麗さや強さをを感じるようになって、少女から女性になっているのだと思わせる。

「香奏の方がずっと可愛くなってるし、ずっと綺麗になってる…お前のがずるいだろ」

金に近い茶色の髪に顔をうずめてそう返す。日本人にしては明るい香奏の髪は、線の細い体躯と相間って彼女をひどく繊細に見せる。

全体的に色素の薄い香奏は、ふわりと消えてなくなってしまいそうな儚さがあって、抱き締める手に力を込めた。

「ん…」

息苦しくなったのかもぞもぞ身動ぎして顔を上げようとする。力を入れすぎたらしい。

「きつかったか…悪い」

人工的ではない甘い香りのする髪から名残惜しいが離れ、拘束している力を緩めてやる。

「…ふぁ」

クロールの息継ぎのように大袈裟に息を吸い込む。

「手加減して…酸欠になったよ」

ふぅ、と一息ついて落ち着くと、咎めるような視線を向けてくる。

「悪いって…つい、な」

さっきから怒らせてばっかりだなと自分の不器用さに呆れた。

「それにほら、上着崩れちゃったじゃん」

香奏が顔をくっつけていた部分に少し皺が寄っている。

この程度日常茶飯事なので特に気に止めないが、香奏は気になるらしく両手で直し出した。

その滑らせるような手つきがやけに妖艶で、1人で気まずくなって目を泳がせた。

きれいに伸ばすと満足したのか、仕上げに一撫でして手を離す。

「さんきゅ」

「いえいえ。にしても学ランかっこいいね」ジッと眺めながらそう言う。

「私の学校ブレザーだから、なんか新鮮だな」

ふと、手を伸ばして詰襟をなぞる。

「これ、きつくないの?」

単純な好奇心で溢れるその言葉に、探究心で生まれたその行動に、動揺したのが馬鹿らしくなった。

「慣れればそんなに気になんないよ。脱ぐとやっぱ解放感あるけどな」

へえぇ、と何故か感心したように香奏は言って、更に淵に指先を添わせたり摘まんだりと興味津々だ。

ほんの少し擦れる肌がこそばゆくて、でもそれだけではない感情で生まれた熱を逃がすように目を逸らす。

窓へやった視線で景色を捉え、まだ隣の駅にも着いていないことを思い出した。

流れる時間が優しくて心地良い。

でもだからこそ、それは唐突に、残酷に終わりを告げることを知っている。

騒がしい車輪の音が少しずつ大人しくなって行くのに気付き、香奏が制服の襟から外に意識を移す。

「私次で降りなきゃ」

ぼんやりと緩やかに流れる風景を瞳に映し、独り言のように吐き出す。

香奏がぱたぱたと電車に乗り込んだ時に定期が見えたから、隣で降りることは分かっていた。

でも、どうしても名残惜しくて、悪足掻きの様に香奏に聞く。

「俺と最寄り駅同じじゃなかったっけ?」

「私今寮暮らしなんだ。特待枠で入ったから寮入り強制なの」

なるほど。だから自宅がそれほど遠くないのに寮なのか。

「江戸崎特待枠とかすげぇな」

褒め言葉を口にしているとは思えないほど、沈んだ声音になったのを自覚した。

それを敏感に感じ取ったのか、香奏は困ったように笑ってありがとうと不自然に明るい声で答える。

電車が完全に止まり、賑やかしい音を立ててドアが開く。

「またね」

ホームに体を向け、顔だけ振り返って、その顔はまだ困り顔で。

彼女はその単語を落とすと、返事を期待せず電車から降りた。

最後の最後で気を遣わせておいて今更だと思うが、男の意地と思って声を出す。

「ああ」

自分でも情けないと思えるトーンだった。

不意に香奏が振り返る。

同じ笑顔だったが、今度は晴れやかな愛らしさを持った表情。

「大好きだよ」

その言葉を合図にしたようにドアが閉まった。

「ーーっっ!」

あれは、本当にずるい。

あの笑みで、あの声色で、あのタイミングで、あの言葉は。

反則過ぎて言葉がでない。

今までも、これからも、絶対に香奏には敵わない。

「言い逃げとかなしだろ…」

なんとか余韻を冷ましてからそう独りごちてみる。

今度絶対仕返ししてやる。俺の半分でもいい、動揺させてやりたい。

そう固く決意した俺が、メアドも携帯番号も聞いていないことに気づき、悶々とした日を過ごしたのはまた別のお話。

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― 新着の感想 ―
[一言] 寮のある進学校ですか。なんだか、すごそげですね。電車のドアがしまる寸前にことばを伝えるのが素敵です。
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