第三十四話 反撃
幸か不幸か、ショック死は免れた。
一度死んでいるせいかもしれない。
強いヤツ、賢いヤツ、偉いヤツをぶん殴るのが大好きな、性格の悪い俺だが、まさか相手がここまでとは思っていなかった。
再生力強化が無意識に発動しているからか、死ぬにはもう少しかかりそうだ。
「何か言い残すことはある? 三つまで聞くよ」
「姉、御は」
「第四位なら蘇生させといたよ。仕事だからね」
「なんで、こんな、こと」
「…………さあ。意味がないのはわかってんだけどね。もうダメなんだよ。黒灰白が怖いんだ」
「…………ざけ、んな」
「ごめんね。けど――――」
ミスティルテインは、様々な負の感情が混ざった顔でこう言った。
「――――誰も、止めてくれなかったんだよ」
スゥ、と「物体強化」の足場が消えていく。
それを見たミスティルテインが言う。
「最後に一つ、何かない?」
言い残すこと、か。
言い残すこと、言い残すこと。
再生力強化を、一瞬だけ喉に回す。
「…………俺の腰の魔道具を、魔法学校のレイナ・オブシディアンに届けといてくれ」
「わかった」
彼女が俺の腰に手を伸ばす前に、俺は、上空三キロから落ちた。
※※※※※
ところで、筋ポンプ作用と呼ばれる、ふくらはぎの筋肉が血液を循環させる作用がある。
脚は第二の心臓とか呼ばれる所以だ。
――――筋力強化。
「……ごふっ」
脚だけでなく、全身の筋肉を活動させ、貫かれた心臓に代わって強引に血液を循環させる。
当然、血が止まらない以上、そんなことに意味はない。むしろ早く死ぬかもしれない。
だから。
――――【魔導の扉】解放――――
――――再生力強化。
――――防御力強化。
血が止まる。
少なくとも、血は、止まる。
防御力強化もあるから、これで三キロから落ちても死なないかもしれない。
…………。
なんだってわざわざこんなことをしてるんだ、俺は?
別にいつ死んだっていいだろう。
どうせ転生するんだ。
これでもうゲームオーバーだけど、それはある意味俺が招いたことだと言えるし、結局ニューゲームは始まるんだ。
むしろ今回は神殺しなんて一度も企んでない以上、今世よりもっといい「設定」で生まれ変わるかもしれない。
ふむ。
死んでもいいんじゃないか?
だってあれだけ圧倒的なんだ。勝てるわけがないだろう。「時間停止」だぞ? 冗談じゃない。諦めよう。
うん。
まあけど、剣の速度と移動距離から判断するに『無詠唱での時間停止効果時間は一定』、『それもコンマ一秒もない極めて短い時間』、その短さゆえに『詠唱して効果時間を伸ばさなければ回避や攻撃などの動作は行えないと考えられる』、すなわち『無詠唱では防御しかできない』つまり『高速の攻撃』を『予備動作無し』で『防御突破可能なレベルの威力』でぶちかませば、倒せると見ていい。
なんだ。なんてことないな。
音響攻撃、叱咤激励殺。
効くかどうかは分からないが、極級モンスターには通用したんだ。自分の声帯が消し飛ぶぐらいの魔力を込めれば気絶させるぐらいはできるかもしれない。
そこまで思考したところで、背中に強い衝撃を感じた。
「げふっ」
血を噴く。
ああ、地面に激突したか。
闘技場のようだ。上空で結構大立ち回りをしたにもかかわらず、同じ場所に戻ってきていたらしい。
流石に三キロから落ちれば多少ダメージはあったようで、内臓のどこかが傷ついたのが分かる。
だが、肺は無事だ。咆哮はできる。
だが仮に。
ここであのミスティルテインの鼓膜を破壊したところで、両手足がない以上、もはやどうにもならない。
あの女が回復すれば俺は確実に死ぬ。
だから、「勝てた」ところで全くもって意味はない。
しかも、発生した衝撃波で周囲の人々が死ぬ。
数年前に騎士のおっさんに使った叱咤激励殺とは段違いの量の魔力を使用しなければ、ミスティルテインには通用しないだろうから。
今の体勢から見える限り、バリアが破れた時から避難したのか闘技場観客席内に人はいないが、闘技場から出たところで俺の咆哮から逃げられるとは思えない。
…………ミスティルテインに一泡吹かせるためだけに大勢の人を殺す。
カス野郎だ。
無関係の人がどうなってもいい? 他人がちょっと幸せそうにしてるの見るだけで必死になるやつがよく言えたもんだ。俺はきっと人を殺すときずっと目を閉じていたんだろう。
ダメだなあ、気分が落ち込む。いやいや、分かっている。死ぬんだから何しても一緒で、何しても変わらない。なら、何もしないほうがいい。無駄だ。
だってもう別に、大切な人も守るべき人もいない――――
そう思いつつ、隣を、ルートの死体があるであろう場所を見たその時。
絹製の傘をさし、深紅の美麗なドレスを着た、黒髪の少女が死体の奥に立っていた。
彼女は「この場」を冷ややかな眼で見つめながら、その眼差しとは正反対の、燃やし尽くすように苛烈なオーラを纏っていた。
「なんで…………」
ありえない。
なんでここに君がいる。
頼むから嘘だと言ってくれ。
「なんでここにいるんだよ仁無ぃいいいいいいいい!!」
体内を刺し貫かれているというのに、凄まじい絶叫が溢れ出た。
黒髪の少女、副部長仁無有名は、怪訝そうな目でこちらを見てこう言った。
「…………部長?」
そして――――。
上空からこちらに接近してきていたミスティルテインが、仁無の方を向き、その目に混濁とした殺意が宿った。
やめろ。
やめろやめろやめろやめろやめろ。
「【天】【剛】――――『天罰・」
「やめろぉおおおおおお!」
強化も使っていないのに、知覚がヴンと加速する。
気絶など生温いことを言ってはいられない。
コイツはここで殺す。
殺す。
叱咤激励殺はダメだ。仁無が死ぬ。
(『予備動作無し』! 『超スピード』! 『防御不可の威力』!)
声にならない声で絶叫。
思考の渦が、無いモノを追い求め、求め、求め、求める。
三つの条件を満たす方法を。
――――【魔導の扉】解放――――
――――【魔導の扉】解放――――
――――【魔導の扉】解放――――
――――【魔導の扉】解放――――
――――【魔導の扉】解放――――
思考の渦が放つ欲求が、求めるモノのために無意識に力を手に抱く。
魔力が体の中から噴き出す。
止めどない力を、俺は感情に逆らうことなく放出する。
ただし、それを正しく殺意のベクトルへと一致させて。
白い光が凝縮していく。無属性の魔力は各々が各々を強化し、その性質を純粋なるエナジーへと昇華させる。
白光は凶悪なまでの力へと変わり――――
――――一刹那の後、光芒で織られた白銀の矢が現われた。
予定調和的なほどに自然に、その白銀は誕生した。
それはまるで、元々世界に刻みこまれていたかのように。
だから、これにはきっと名前がある。
この魔法には、神様の付けた名前がある。
多分それは単純に――――
「魔力矢!」
白銀の一閃が、ミスティルテインの心臓を、時間を止める時間もなくぶち抜いた。




