第三十二話 来襲
二話連続投稿です。こちらから読んだ人は一話戻って読んでください。
時間軸――――決勝戦開始より四時間前。
場所――――【戦死の闘技場】
ライウル・ブリューナクは、シャテン王国最強の騎士である。
魔法と剣を両方使用する魔騎兵として、火力は大したことがないものの、まともな対人戦能力では、人外揃いの極上級冒険者に届くと言われるほどだ。
エークイル共和国の『叡智の本棚』から学んだ、【雷】魔法身体操作による高速精密戦闘。同時魔法展開術。
それはすでに大陸に数多ある流派の中でも、白眉となるほどの技術であった。
しかし、数年前、彼はある【無】属性の少年に敗北し、殺害される。
特殊な少年だった。
別格な少年だった。
されど、彼ならば無力化することは容易かったはずなのだ。
なのに、敗北。そして殺害。
追手はついたが撃退され、次に足取りを掴んだ時は、極上級冒険者の一人に保護されていた。
王国騎士団とはいえ、世界を股にかける冒険者ギルドに手を出すことはできない。
自らを鍛え直すため、特殊な攻撃にも対処できるよう対策を練り、そうして挑んだエークイル共和国の武闘大会。
年齢はすでに四十を超えていたが、彼の強さは未だ成長を続け、王国最強の騎士の名は動じることがない。
そしてなんと、あの少年も参加していることを知る。
前半の二回戦で勝ち進んだことを確認し、決勝で再び一対一で戦う――――そう思ったけれども。
「はぁ、はぁ、くっ……!」
「ドナドナドーナードーナ……♪」
追い詰められていた。
極上級冒険者第九位、『歌歌いの死神』ルート・アッシュ。
失われたはずの、【死】魔法使い。
どこの民謡にもない不吉な歌を歌いつつ、敵を狩る。
「わかるのだーろーかー……『火玉・死』」
「ぎ、ぐ、うぉおおお!」
飛んでくる火の玉を、全力で回避。
火の玉に大した威力はない。子供で行使できるほどの魔法だろう。
その中に濃密に込められた、【死】の魔力がないならば。
【死】属性は、総じて『死の灰』を撒く。
人間が常に発している微弱な魔力が、【死】属性魔力によって灰のような物質へと変質し、周囲に散布されるのだ。
弱い人間や小動物であれば、触れれば即座に死に至る。
だが、ブリューナクほどの戦士であれば、全く効果は現れない。
しかし、それは魔力が凝縮されず、無造作に散布されているからだ。
凝縮し、制御を完璧に行えば、特上級モンスターすら一撃で屠ることができるだろう。
そう、例えば彼の目の前で血色に輝く灰の鎌のように。
「『流血の処刑鎌』」
「『電撃剣』、電磁加速!」
ブリューナクは超高速で電撃を纏う剣を振るい、鎌を弾き飛ばす。
鎌が砕け散り、灰のようなものが舞う。
「……む。『砕骨の処刑斧』」
無音で灰が再度凝縮する。
三メートルはあろうかという大斧と化して。
「ドーナードーナ……♪」
まるで重さが無いように――実際重さがないのかもしれない――斧が振るわれる。
肉体操作を使い、常人ではありえない反射速度で回避。
斧が地面にぶつかり、音もなく灰と化す。
「肉体操作&電磁加速!」
アッシュは斧を振り下ろした体勢、決めるなら今しかない。
そう思い、ブリューナクは全速で特攻する。
鉄靴が磁力を纏い、周囲に発生させた磁場によって加速される。
同時に、【雷】が多く輩出されるブリューナク家に伝わる、【雷】魔術の最高峰たる独自継承魔術を展開――――
「『勝利の雷撃貫槍』!」
騎士剣を突撃槍のように切っ先を相手に向けて構え、超速で走る。
剣は先ほどより遥かに大規模な稲妻を纏い、さらに、その稲妻は剣の周囲に上下右左、四つ同規模の物が発生する。
そして動作の電磁加速、詠唱の『勝利の雷撃貫槍』の二つに加え、無詠唱で加速するための風の鎧を纏う。
約二名を除き、間違いなく人類最速の一撃。
しかし、極上級の人外たちは、その最速にすら対応する。
「かかった。『死没の罪人棺』」
斧を構成していた灰が、アッシュの操作によりブリューナクに纏わりつく。
そして凝縮。
出来たのは、灰色の棺。
速度は消え、灰は散る。
即死回避により死は逃れたものの、顔面蒼白となり、まるで一気に十歳も年をとったかのようになったブリューナクが倒れる。
倒れる瞬間、彼はこう言った。
「……なぜ、それほどにも強い」
アッシュは、顎に指をつけ、一秒ほど考えて言った。
「わたしが、たいせつななかまをまちがって殺したりしたからじゃない? ひゃくにんくらい」
※※※※※※※※※※
時間軸――――決勝戦開始より三時間前。
場所――――シャテン王国、冒険者ギルド本部。
「『月影』の蘇生は成功しましたかな?」
「大丈夫。完全に成功したよ。今はあの町の神殿に浄化結界を張って安置してある」
「しかし、『月影』が【無】属性を保護していることを知っていながらも、蘇生を引き受けてくださるとは思いませんでした」
「まー、あなたの、ギルドマスター直々の依頼だし、それに契約通りあの町に忌み属性はいなかったからね。契約上問題ないのに、無断で違約するわけにはいかんでしょ」
「公私の分別はつくと」
「別にそんなことは言ってないよ」
「ふむ……わかりました。それでは次に、忌み属性で構成されたテロリスト達のことですが」
「『黒灰白武装集団』だっけ? 第九位を幹部に引き込む予定だって聞いてたけど」
「『歌歌いの死神』がそれに賛同するかはわかりませんが、彼女の来歴を見る限り可能性は高いですね」
「どっちから潰す? 『黒灰白武装集団』? 第九位?」
「今のところはテロリストどもの方に警戒を寄せたいですな。『歌歌いの死神』は貴重な極上級冒険者ですし」
「はぁ。どっちもムカつくけど、個人的には第九位の方がムカつくよ。ああいうのが調子にのるんだ、早々にぶっ潰したいね」
「よっぽどの事態でもない限り、それは看過できませんよ」
「よっぽどって?」
「例えば……忌み属性と、それ以外の者たちのバランスが崩れるような事態。そう、もう一人極上級クラスの忌み属性が現れた時ですかな」
「……ん? あ、それ心当たりあるわ」
「なんですと? ッ! 今の音は?」
「あ、ごめん、私のマジックアイテムだ。【光】属性を利用しててね、離れた地域の仲間と連絡をとってるんだよ。あい、わたしわたしー。どしたのー?」
「……フリーダムですね」
「そのために『世界最強』になんてなったんだから。……おっけおっけ。りょーかい」
「お仲間はなんと?」
「心当たりが的中しましたー!」
「はい?」
「エークイル共和国にて、極上級クラスが二人、だよ。潰すけどいいよね? ローゼ、絶対に逃がしちゃダメだよ。追跡してて」
※※※※※※※※※※
時間軸――――決勝戦より二時間前。
場所――――異世界。県立神宮高校のある文化部部室。
私、副部長仁無有名は、今日は一年も二年も用事で遅れ、部室に部長としばらく二人きりというので、微妙に浮かれた心地で部室へと向かった。
「引」というプレートがつけられたドアを押し開く。
なんでこのプレートが貼られているんだろう。しかも誰も剥がさない。謎だ。
私も剥がさないが。
抵抗なくドアが開かれ、部屋の中の様子が露わになる。
あら、こんなところに死体が。
「って思ったら部長じゃない。驚かさないでよ」
返事もなく、うつ伏せにぶっ倒れている部長の頭をグリグリと踏んづける。
…………楽しい。
「また先々代部長の式神が暴走したのかしら……」
足をどかし、棚の上のジャム瓶に入れられた式神の様子を見るが、暴れた様子はない。
「あれ?」
とりあえず念のため破魔の札を投入しておく。式神が悲鳴を上げるが、蓋をして封印。
「じゃあ、ひーくんとがっくんがこないだ奈良県の石上神宮から盗んできた十拳剣が呪われていたとか?」
部屋の隅のちゃちい傘立てに入れられた刀剣を見ていく。
ひーくんがスイス銀行の特別金庫で見つけた、賢者の石製のアゾット剣。
坂本龍馬と邂逅したタイムトリッパーが部長に託した、天逆鉾。
オメガちゃんがピレネー山脈でロッククライミングした時に見つけたデュランダルなどを一本一本確認するが、どれも別に見た感じは呪われていない。
「じゃあ部長がおかしくなったとか?」
額に手を当てる。
なんかやたら冷たい。死んでるみたいだ。
「熱はないようね」
そのまま体をまさぐる。
ちょっとえっちい気分になったので、一旦離れる。
「ふう。……ん?」
石ころが落ちていた。
そして光っていた。
確か部長が「ゴッドキラー・プロトタイプMK-3」とか恥ずかしすぎる名前をつけていた石ころだ。
その石ころは、透明度が徐々に上がるように存在が薄くなっていく。
拾ってみるが、消失は止まらない。
そういえば、未完成って言ってたわね。そうそう、多分あれは私的には特殊相対性理論の――――
「っづ!」
急に頭痛がした。
シナプスを局地的に焼き切っていくような、鋭い頭痛だ。
「ぐ、う……」
思わず、石を握りしめる。
その瞬間、石を中心に球状に輝く幾何学模様が現れた。
「な、なにこれ……」
いや、確かにこの謎石ならなにが起こっても不思議じゃないけど、こんなのは――――
バシュン。
――――次の瞬間、私は床に魔法陣が描かれた、石造りの儀式場のようなところにいた。
頭痛は、消えていた。
※※※※※
時間軸――――決勝戦より一時間前。
場所――――真っ白な空間。
「あ、逃げられた」
上も下も右も左も前も後も真っ白な、目の痛くなりそうな空間で、後光を背負う茶髪の美青年がぽつりと独り言を漏らした。
「うっわマジか。あー、エークイル共和国の召喚陣のせいか。石が魔力的性質を帯びていたから魔道具として判断されたか。前にもそんなことあったよな。余計なことしてくれんなークソ。どんな確率だよありえねえだろオイ。こっちじゃ基本は魔力がないから所有権なしと判断されて、ついでに記憶操作中の女の子もついてったと。うーん、必要な人材がいないから、あの石は完成しないだろうが……まずいな。あそこの神は亜神とつながってるから場合によっちゃ、神界に影響も出る。あの女の子ほどの存在強度なら、世界のバランスも崩れかねない。うむ。女の子はさっさと帰還、石は破壊と。くっそ、神が論理法則とかカチ無視した全知全能ならこんなことに悩まなくてもいいんだけどよ。あーあ、面倒くさい!」
ある世界を司る神は、別世界を司る神にコンタクトを取り始める――――
※※※※※
時間軸――――決勝戦より三十分前。
場所――――エークイル共和国、アナネクルア王城召喚陣。
どうも、ファンタジーっぽい異世界に来てしまったらしい。
言葉はわからなかったが、なぜか私の立場が悪いことはなんとなくわかった。
髪が問題みたいだった。
そこそこたくさんの人が儀式場にいたが、黒髪は一人もいなかった。
そして、なんやかんやで持っていたカバンやら何やらを没収され――石は取られなかった。見た目完全に石ころだからだろう――幾枚かの金貨を握らされ、着の身着のまま、制服のまま雨の降る屋外に放り出された。
金はくれたが、傘はくれなかった。
…………。
とりあえずその辺を歩く。
ヤクザな男に襲われかけた。
チンピラに攫われかけた。
酔っぱらいが触ろうとしてきた。
潰れるぐらいの金的をして、逃げた。
酔っぱらいが恍惚とした表情をしていたのがちょっと気になった。
…………。
何だこれ。
部室で気になる男子と二人っきりって予定だったはずなのに、何だこれ。
…………雨が、鬱陶しい。
近くの服屋の店主が、哀れみの目でこちらを見ている。
…………。…………。…………。…………。…………。
キレた。
「どーん!!!!!」
叫んだ瞬間、手にしていた石が赤い閃光を放ち、上空の雲を大爆発でぶっ飛ばした。
「ついでにあっちもどーん!」
さっきまでいた、王城の上部がぶっ飛んだ。
ッハ、ざまあ。
近くで呆然とそれを見ていた服屋の店主に石を突きつけ、脅す。
「ちょっと服を譲ってくれないかしら?」
※※※※※※※※※※
時間軸――――決勝戦より一分前。
場所――――首都城壁門。
「ん?」
首都城壁門の衛兵をしている彼は、遠くの夜空に何か金色に光る物を見つけた。
「何だあれ?」
そう言いつつ、目を凝らして遠くを見る。
それは、輝く金色の翼を持つ何かだった。
「…………近づいてきてないか?」
心なしか、音も聞こえるようだ。
いや、確かに聞こえる。
高速飛竜が飛ぶときのような、それよりももっと鋭く高い、キーンと空を切り裂く音。
光は、凄まじい速度で迫ってきていた。
「おい、誰か伝えろ! 首都に未確認飛行物体が接近中! 恐らくは高ランクの鳥型モンスターだと思われる! 対空魔法で迎撃…………ッ!」
彼のそんな叫びを嘲笑うかのように。
金の光は、真っ向から首都結界をぶち破った。
※※※※※※※※※※
時間軸――――決勝戦開始直後。
場所――――【戦死の闘技場】
【戦死の闘技場】のバリアが外からも内からも閉ざされたその時。
俺は、背後にある気配を感じた。
目の前の少女も、同じものを……いや、もしかしたらすでに見えているかもしれない。
彼女の持つ血色の灰鎌がみるみる内に巨大化し、闘技場の天井に届くほどになる。
彼女の呼吸は荒く、迫りくるモノに対する臨戦態勢をとる。
俺は、動かない。
そして、背後から届く金色の光が闘技場内を埋め尽くし――――
「おい、ルート」
「…………ぐ、ぅううう」
「先制攻撃は愚策だぞ。カウンターで返される。まずは相手に先手を――――」
「うぁあああああああああああ!!」
俺の忠告を無視し、ルートは跳んだ。
俺の頭上を飛び越え、長大な鎌を引っさげて。
そして俺も、後ろを向く。
そこには。
灰の鎌を携えた『歌歌いの死神』ルート・アッシュと――――
――――闘技場の結界を蹴り砕く、金色の翼を携えた『世界最強』ラナ・オーネイト・ミスティルテインがいた。
「殺しにきたよ、お二方」
「あぁあああああああ!」
「死神」が鎌を振り下ろし。
「最強」が。
「最強」が、少女の首にラリアットを叩き込んだ。
あのタイミングは回避不可能だったはず――――
首の骨が折れる勢いで、闘技場の床にルートの体が叩き付けられる。
バリアは壊れたが、即死回避の効果は生きていたのか、死んではいない。
「えい」
そこに、ミスティルテインが降り立ち、両足裏でルートの頭を潰した。
脳味噌が吹き飛んだ。
ミスティルテインは血を払い、ニヤニヤ笑って俺にこう問うた。
「悲しい?」
「いや別に」
怒りはしたがな。




