第二十二話 真技
『魔神』は、眷属を率いたり率いなかったりした。
今回、虫系のモンスターはいなかった。
『魔神』とは、本来神となるはずだった叡智ある存在である。
『魔神』は、とにかく世界を荒らす。
ここまでわかってたのになぜ俺は気づけなかったのか。
最初からああなることがわかっていたならば、ホームドラマだろうが何だろうが町を放って逃げたというのに。
※※※※※
重厚長大牙に全部魔力を使ったので、防御力強化とかなしにそのまま地面に落ちた。
どっかボキっていった。
「痛ったぁー!」
ギャー! と悲鳴を上げていると、姉御が走ってきてギュッと抱きしめられた。
「大丈夫かっ、ゼロ!」
「アッーーー! やめて! 姉御、やめて! アバラが折れてるんです!」
しかも姉御、鎧着てるから、柔らかさとか全くない!
「あぁ、ごめん。おーい、誰か回復魔法を使えるやつはいないか?」
姉御がそういうと周りに集まっていた人たちの内の一人がやってきて、俺と姉御に回復魔法をかけてくれた。
…………周りに集まっていた人たち?
「なんですかこの人たち」
「もうみんなモンスターを倒し終わったみたいだからな。援護しようと助けに来てくれたみたいなんだが、私たちは二人とも超近距離で戦うタイプだから中々横入りできなかったみたいだ。それに、やってきたのも戦いが局面に入ってからだったからな」
「…………へー」
全然気付かなかった。
一子相伝にしようとしようと思っていた「物体強化」も見られちゃってるんだろうか。
まあ、本気じゃないしいいか。
「じゃあ、帰りますか」
「いや、その前に勝どきをあげなくては」
「なんでですか。いやですよ恥ずかしい」
「いや、そういうもんだろう?」
「ええ? そういうノリなんですか?」
周囲を見渡す。
…………そういうノリらしい。
「じゃあ無視して帰りますか」
「いやのれよ」
「やーですって!」
「……! じゃ、じゃあお姉ちゃん勝手にみんなからの歓声を受けるからなっ!」
「どうぞ」
「…………」
あ、涙目になってらっしゃる。
「…………やりますから泣かないでください」
「! な、泣いてなんかないしっ! ネコアレルギーなだけだしっ!」
ネコなんてどこにもいねーよ。
「じゃあ勝ったどー、でいきましょう。せーの」
「「勝ったどー!」」
「ウォオオオオオ!」
歓声を聞きつけた他の冒険者たちも、駆けつけてくる。
姉御に賞賛を浴びせる人。
そして、俺に賞賛を浴びせる人。
「すげえな嬢ちゃん!」
「俺【無】属性のこと見直したぜ嬢ちゃん!」
「結婚してくれ嬢ちゃん!」
…………。
この期に及んで宇宙意思のバロチクショーは何がしたいんだ?
せっかく人も集まっているので、この機会に言っておく。
「皆さん、聞いてください! 勘違いしておられる方もいらっしゃるようなので言っておきますが俺はお」
「おいっ! なんだあれは!」
何しやがんだそこのモブ。
彼の指差す方向を見る。
何だあれ。
黒い触手のカタマリみたいなのが頭上に浮いて――――
「『 』」
わずかに聞こえたそれは、間違いなく呪文の詠唱だった。
そして。
集まった六〇〇人を丸々覆う、禍々しき魔法陣が触手の化物を中心に展開する。
「…………! 全員、全力で防御ッ!」
――――【魔導の扉】解放――――
「『物体強化』!!」
体内で凄まじい勢いで暴れる魔力を、全て「物体強化」に費やす。
魔法陣と同程度の大きさの空間を強化する。
「ッ!」
そして、魔法陣から暴虐的な夜闇が墜ちた。
夜闇が目の前の「空間」に当たり止まるが、夜闇の放出はいまだ続いている。
「いっ、づ!」
まだイメージトレーニングだけで、大して熟練もしていない「物体強化」で【魔導の扉】の魔力を消費しようとしたため、消費しきれず腕から血が噴き出る。
これまでに幾度か気を抜いて暴走を止めそこなった時と同じ現象だった。
防ぎ切る。
無論、自分だけ守るという手段もあったが、どちらにしろここで自分の魔力が尽きる以上、せめて周りの人を守るべきだろう。
攻撃を防がれた黒い触手のカタマリが、まっすぐに落ちてくる。
二体目の『魔神』。
今回の襲来に虫系のモンスターはいなかった。
モンスターを連れてきた『魔神』はこいつか。
自由落下を遥かに超えたスピードで落ちる『魔神』。
まずい。
今の魔力が全くない状態じゃ避けれない。
「ゼロッ!」
姉御が走ってきて、俺を抱えて触手の落下点から離れる。
落下音がして、土煙がまき起こる。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。他の人たちは?」
「ああ、みんな大体避けたみたいだ。吹っ飛ばされたヤツはいるみたいだが」
「そうですか。じゃあ逃げましょう」
「先に行ってろ。私はアイツを食い止める」
「何言ってんですか。姉御もボロボロじゃないですか」
「さっきの回復魔法である程度は治った。時間稼ぎぐらいできる」
「…………死なないでくださいよ」
「安心しろ、私は死なない」
姉御はそう言って、駆け出していった。
他の低ランク冒険者や兵士たちと一緒に、俺は逃げる。
どうせ俺なんて魔力がなくなればただのチビガキだ。
何もできないのならせめて足手まといにならないようにしなきゃならない。
ここで、これ以上姉御に逃げろなんて言うわけにはいかない。
姉御がいなきゃみんな死ぬんだから。
姉御はそれが嫌なんだってことぐらい、わかるから。
ザクン。
「ぐあ!」
振り返ると、黒い触手に貫かれて倒れる兵士が見えた。
ダメだ。振り返るな。
ザクンザクン。
「ぎゃあ!」「がはっ!」
振り返るな。
ザクンザクンザクンザクン。
「がっ!」「ぐはっ!」「づっ!」「があ!」
振り返るな。
ザクンザクンザクンザクンザクンザクンザクンザクンザクンザクンザクンザクンザクンザクンザクン。
「が」ご」「あ「ぎい」ぐ「!」ご」う」がは「あ!」「ご「づ」が!」「ぎ」あ!!!」
振り返るな。
ザクン。
「こふっ」
振り返った。
振り返ってしまった。
「――――――――」
姉御が、胸のど真ん中を触手で貫かれていた。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
なぜか俺の視界が、真っ赤に染まる。
もういい――――
――――せっかくだからここで死のう。
※※※※※
あの日、ラナ・オーネイト・ミスティルテインにから逃走した日。
【魔導の扉】というものの存在を知った俺は、あることを思いついた。
それは、【魔導の扉】を連続で開くということ。
「物体強化」を思いついたのは、もっと最近のことだ。
俺はこれをその日試そうとして――――その日、諦めた。
いつだったか、【魔導の扉】のことを家具の隙間に手を伸ばすようなモノ、と解説したことがあった。
要は、構造的限界なのだ。
腕が一定の長さまでしか伸びないような。
だが、その時の俺はこう考えた。
なら、「腕」の関節を外せばいいと。
そして、無理矢理にそれを試し。
寿命を削るほどの凄まじい負荷を受け、即座に中断した。
本能で解った。これは命を削る技だと。
俺は造ったその日を以って、この技術を封印した。
※※※※※
「だけどもういい――――ここで死ぬから」
腕の関節を外せばある程度腕が伸びるように。
「それ」は【魔導の扉】の、「奥」へと届く。
「腕」を伸ばす。
無理矢理に。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛ィいいいいいい」
まだだ。
止まるな。
「あああああァアッ!」
――――【魔導の扉】解放――――
――――【魔導の扉】解放――――
――――【魔導の扉】解放――――
――――【魔導の扉】解放――――
――――【魔導の扉】解放――――
五枚。
限界突破の限界点。
魔力が暴走し、体中から血が噴き出る。
無属性の白光が、俺の全身から吹き荒れる。
――――筋力強化、全身。
――――防御力強化、全身。
――――回復力強化、全身。
――――神経系強化、全身。
――――知覚強化、全身。
――――「物体強化」、全装備。
ありとあらゆる強化を使う。
血が噴き出、回復し。皮が破け、回復し。肉が裂け、回復する。
気を失いそうになる激痛の中、間延びした世界で俺は何本かの触手が俺に迫ってきているのを確認する。
そして、俺は。
「究極奥義」
駆けて。
「唯我――――」
触手を蹴散らし。
「――――独尊覇!」
『魔神』を一撃で爆散させ、意識を失った。




