第十八話 準備
「【音】魔法、【視】魔法、【風】魔法によって、モンスターの群れを確認しました! 上中下級三〇〇、特級五〇、特上級三二、極級十、極上級一!」
「な! そんなに!?」
「極上級まで……本当だったのか……」
冒険者はこういう緊急事態には必ず参戦しなければならない。出なければ冒険者としての資格を失わされる。
モンスターの総数は約四〇〇。
冒険者とこの町の兵士の総数は六〇〇弱。
数の上ではこちらが大きく勝っているが、一個師団に相当する極上級モンスター、一度に一〇〇人を吹き飛ばす極級モンスターが相手である以上、その優位は容易く崩れ去る。
だが、こちらにもそれに匹敵する者たちが存在する。
極上級冒険者、第四位『月影』ノワール・クロ。
「では、私が極上級の相手をしよう」
おおお、と町の広場に集まった人々にどよめきが起こる。
次に現れたのは、極級冒険者パーティ、『大いなる風の剣』
「極級は私たちが食い止める」
「皆さんにはその間にモンスターを殲滅してほしい」
「頼んだぜ」
その他、特上級冒険者二名。特上級冒険者パーティ六組。
…………。
あれ、終わり?
町中で「お姉ちゃーん」なんて叫んで恥ずかしさに地面を転げ回り、それだけ体を張ったのにおね……姉御しか褒めてくれなくて、広場の隅で拗ねていた俺が振り返る。
つーか、え、少なすぎね?
集まった人たちを見ると、不安そうな顔がチラホラと身受けられる。
だが、よく見るとそれは初心者だけで、古強者になるにつれ、自信に満ちた顔が増えていく。
それだけ戦闘力に自信があるのだろうか…………と思ったのだが、違う。
彼らの視線の先にいるのは、姉御だ。
大陸最強の二十一人の内の第四位にして、高熱電離気体の剣と玉散氷刃の刀を操る、冷鳥熱羽流師範代、ノワール・クロの力を期待しているのだ。
…………。
…………うらやましい。
冒険者たちが次々と持ち場を割り振られていく。
「おい、そこの白頭! お前は最前線に出てろ!」
ゴリラみたいなでかい女の槍使いが、俺に指示を飛ばす。
白頭にはイラッときたが、実際事実だし、緊急事態だ。素直に頷いておこう。心の中でゴリラさんと呼ぶだけにとどめといてやる。
「あ、はい。わかり――――」
「いや、ゼロには遊撃に出てもらう」
同意しようとした俺に、姉御が割り込む。
「お、お姉様!」
お姉様ってゴリラさんアンタ。
「いえ、お姉様といえど、指示には従ってくれないと困ります! その娘がご友人で危険な目にあわせたくないというのはわかりますが…………」
娘じゃねえし。
「いや、友人ではない。妹分だ」
「誰が妹分だコラ」
「それに、遊撃といえどただの遊撃ではない――――主に極級の撃退をやってもらう」
その言葉を聞いていた人たちに、動揺が起こる。
『なぜ極級に「無能」を?』
『あの小娘に自殺しろというのか、クロ殿は!?』
『実は強力な属性を持っているのか?』
『いや、目まで白だ。他の属性など持っていないぞ?』
その言葉を静かに聞いてきた姉御が、俺に囁く。
「ゼロ、何でもいいからやれ」
「……うぃっす」
筋力強化して、震脚。
ズズン、と小規模な地震が起こる。
あたりの人々の顔が驚愕に染まる。
「次は、もうちょっと周りに迷惑のかからないものにしような。あそこで人が転んでいる」
「はーい」
姉御は、結構なレベルのドヤ顔で、人々に言い放つ。
「わかったか?」
皆、頷かざるを得ない。
そんな一場面を加えつつ、迎撃準備は進んでいく。
※※※※※
というわけで、戦闘開始。
「絶対、絶対に危なくなったらすぐ帰ってくるんだぞ? 分かってくれゼロ、お姉ちゃんは別にお前が憎くて極級に立ち向かせるわけでは…………」
「ああ、うん…………」
話半分に聞きつつ、「早く極上級んとこいけよ」とか思いつつ、話が終わるのを待つ。
つーかさっきのドヤ顔はどうした。
「じゃあ行ってくるから、気をつけるんだぞ!」
「あ、姉御」
ぶっちゃけそのまま行かせたかったが、これだけは言わなければなるまい。
「? どうした?」
「極上級、かなり強い。姉御でも勝てるかわからん」
「…………」
そう言うと、姉御は駆け出した足を止め、俺にこう言った。
「安心しろ」
普段全く見ないぐらいニッコリ笑い。
「私は、まだ一度もお前の前で本気を出したことがないんだぞ?」
それだけ言って、走っていった。
振り返りは、しない。
…………。
…………あー、いや、振り返ってるわ。もう見えないかなーってあたりでチラッチラ振り返ってはるわあの子。
「…………まあ、大丈夫かな」
気を取り直し、俺も別方向へ走り出す。
というわけで、今度こそ戦闘開始。




