第十二話 最強
ギルドに行く前に、書店に寄った。
魔法の本を買う。
家ではトレス姉さんしか持っていなかった上、トレス姉さんは決して俺にそれを見せようとしなかったのだ。なぜかわからんが。
あとで読もう。
…………それにしても、もう奴隷服は着ていないのに周りの目が痛い。
これはあれだ。【無】属性の雑魚を見る目だ。
今までだったらもうみんな死ねよ、って感じだったが、実は自分が結構強いっぽいとわかると何とも思わなくなるな…………。
いや、それでもちょっと、いや結構不快だが。
叱咤激励殺(おっさんの時に使った大声)で全員気絶させようかな、と思ったあたりでギルドについた。
冒険者ギルド。
モンスターを倒して日銭を稼ぐ人たち、冒険者が集まる、小説家になろう頻出のぶっちゃけ何やってんのかよくわからん施設だ。
周囲の建物より一際大きいその施設の扉を開ける。
中は広く、当たり前のように武器を装備した人たちがたくさんいる。
そして、俺に集まる視線と、同情の眼差しと、侮蔑の感情。いやもう本当に叱咤激励殺使おうかな、と準備段階に入ったあたりで、それは再度中断される。
「叱咤激励――――」
「お嬢ちゃん、ここで何してるの?」
…………。
宇宙意思ェ…………。
気づいているのか? お前が気まぐれに手を出したその領域が地雷原だと。
そろそろタグに「男の娘」が追加される頃なんじゃないだろうか。
そんなことを思いつつ、しゃがみこんで話しかけてきた人を見る。
女性だった。
美人だった。
ラノベを読むたびに、プリキュアを見るたびに「戦う美少女なんかいねーよ」とか思っていた俺だったが、その考えは今日を持って事象の地平面にポイすることになった。
いや、超光速でぶっ放すのはやり過ぎかもしれんが。
綺麗な淡い金の髪、大きなグリーンの瞳、壊したいくらい美しい顔、細やかな白い肌、モデルさんでもなかなかいないだろうスタイル。
なんで俺は六歳児なんだと心の中で深く深く悔やんだ。
「いや、髪長いだけで男です…………」
「え? そうなの?」
キョトンした顔でこちらをまじまじと見る女性。
俺は悪気がなかろうが美人だろうが何者だろうが、イラッとした相手には純然たる正拳突きを放てる人種なのだが、ここでそれをやると面倒なことになるのでやらない。
それにこれは宇宙意志の仕業だからな。
「えっと……冒険者っていうのになろうと思って」
「冒険者は十歳にならないとなれないよ?」
「えぇ……ポケモントレーナーじゃあるまいし……」
どうでもいいけどあの主人公、絶対十歳じゃないよな。
「ぽけもん……?」
「いや、それはいいんです。じゃあ俺が十歳だったってことにするのはどうでしょう?」
「『じゃあ』って…………流石にそれは無理があると思うし、もしそれで無理だろうけど受付の人を騙せたとしても、ギルドのマジックアイテムで本当の年齢はわかっちゃうよ?」
「まじっすか。そんな都合の良いものがあるなんて……」
くそ、ファンタジーめ。
俺はなんとかできないかとあたりを見渡す。
「あの」
「うん?」
「あそこの掲示版にかかってる紙ってモンスター退治の依頼ですよね」
「そうだね」
「あれを引き破って勝手に依頼をやってくるっていうのは」
「職員の怖い人に連れてかれちゃうからやめた方がいいよ」
怖い人がくるんだったらダメだな…………。
「それに、モンスターは【無】属性の子供が倒せるような弱い生き物じゃないよ」
道中バンバンぬっ殺して無双してましたけどね(笑)
それより聞き捨てならないことが一つ。
「子供はともかく、【無】属性は関係ないですよ」
「無理だよ」
ニッコリ笑って、何の邪気もなさそうな顔で彼女はそう言った。
「子供じゃなくたって君は無能だよ。火も起こせないし水も出せない。ちょっと力が強くなるだけ雑魚が、私たちみたいな『ちゃんとした』のと同じことができるわけがない」
「…………」
キレそうなんだけど。
ぶん殴っていいかなこの女。
奴隷生活の間嫌なことは多々あったが、それは「自分が奴隷だから」我慢してきたんだ。なんでこんな見ず知らずの女に貶められなきゃならない?
「……よくもまあ本人の前でそんなこと言えますね」
「事実じゃない?」
「シネ」
間違って死んでもいいかな、ぐらいの気持ちでパンチを彼女の耳元に掠らせようとして――――
――――止められた。
三日前のあの尋問官のおっさんとは違う。俺が動く前に先じられた。
圧倒的だった。絶対的だった。
思わずすぐそばにある顔を凝視する。
狂者の表情で、強者の眼差しだった。
これは、勝てない。
「ダメだよ、人を殴ろうとしちゃ」
「…………!」
「そんな子にはオシオキ――――」
筋力強化で、握られた手を振りほどき、無理矢理飛び退る。
「…………なんなんだよアンタ」
「私的には君の方が気になるけどね。『忌み子』のくせにこの私を殴ろうとするなんて」
だから、なんでお前なんかにそんなことを言われなきゃならない…………ッ!
「…………アンタのことなんか知らねーよ」
「じゃあ教えるよ、私は一応この国最強の冒険者、『極上級冒険者』ラナ・オーネイト・ミスティルティン。好きな物は子供、嫌いな物は【無】【闇】【死】。よかったね、君が子供で。大人だったら殺してたよ?」
ゾッ、と。
普通に殺意を向けられた。
同情や侮蔑の視線にはもはや前世から慣れきっている俺だが、こんな真っ直ぐな殺意を向けられたことなんて、ない。
「けどまあ…………」
美女にあらざる口端の釣り上げ方をする彼女。
「『殴りかかってくる子供』は……嫌いかな?」
「ッ!」
俺は。
逃げた。




