第十話 戦闘
「やはり抜け出してきたか」
「うわーあっさり考え読まれてるー」
早めに寝て、魔力を全快させ、真夜中に牢屋をぶち破って脱出した。
え? 魔法を封じる輪? こっちから魔力流したら壊れたよ。
夜中の街は全く人気がない。
街頭などが無く、真っ暗だからだろう。俺は視覚を強化することで周囲を見れているが。
そんな暗闇の中、尋問官のおっさんと相対している。
尋問の時は持っていなかった片手半剣を装備している。
尋問官のおっさんもしっかりこっちを見ているので、何らかの魔法で暗視を可能にしているのだろう。
「君の保護者として言う。牢屋に帰りなさい」
「やなこった」
「では実力行使だ」
バチバチ、とおっさんの青い鎧から紫電が放たれる。
かっけえ。超サイヤ人2みたい。
「いくぞ。雷――――」
「――――知覚強化&神経系強化、発動!」
時間が間延びする。
自分のみが加速する。
全てが置き去りになる。
さて、あのおっさんの属性は【雷】で間違いない。
雷のスピードは時速三億キロだと聞いたことがある。
そんなものを、どれだけ肉体を強化したところで回避できるわけがない。
ならば、撃たれる前に避難する。
しかも発射方向を変更されないよう、発射ギリギリのところで動かなくてはならない。
おっさんの口の形がゆっくりと変わる。詠唱は伸びきって、意味のない音にしか聞こえない。
口の形が「二」になる。
「ン」。
「g
「今ッ!」
ライトニンg、まで言ったところで、横に跳ぶ。
すぐそばで何かが光り輝き、通り過ぎる。
地面に着地し、脚を筋力強化して、ダッシュ。
未だ間延びする視界の中、それでも俺は脅威的なスピードで駆ける。
そして右手に魔力を込め――――
「奥義――――汚物、消毒拳!」
――――拳は、ガントレットに受け止められた。
「なっ…………!」
すぐさま後ろに跳ぶ。
なぜかわずかにビリビリと痺れる手を抑えつつ、おっさんを見据える。
「人づてに聞いてはいたが…………凄まじい速度と力だな。次から攻撃は回避しなくては」
おっさんが何か言っていたが、耳には入らない。
どうやって反応した? 勘か? 実力か? それとも魔法か?
殴った瞬間痺れた右手と【雷】属性――――
「まさかアンタ――――神経に直接電気を流して肉体を操作しているのか!?」
「その年で、神経と電気信号の関係性までも理解しているとは…………君は一体何者なんだ?」
言葉で言うのは簡単だが、実際これはとんでもないことだ。
まず、知覚する。
その瞬間、魔法は発動し、体は自動的に動く。
これはつまり、脊髄反射のパターンを自分で構築しているということと同意。
しかもそのパターンを、魔法に組み込むという所業。
まさかこのファンタジーな異世界で、こんな発想をする者がいるとは。
「…………むしろアンタの方が何モンなんだよ…………認めてたまるか、こんなエセ科学」
ポツリと呟く。
これは、マズイ。
まず、スピードが必要。
しかしこちらのスピードでは、あの知覚した瞬間即行動できる、某フラスコ計画最強の男みたいな動きを打ち破ることはできない。
筋力強化では動きが直線的にならざるを得ないし、神経系強化では電気信号の速度がある限界ラインを超えられない以上、速度は頭打ちだ。
「今度はこっちからいくぞ。電撃剣」
――――抜刀した剣が電撃を纏い、それと同時に水の弾丸が飛来し、加えてもう片方の手が指パッチンをした瞬間つむじ風が迫ってきた。
「は!?」
水の弾丸を回避し、つむじ風を殴り飛ばし、振り下ろされた電撃を纏う剣を後ろに飛んで避ける。
この世界の魔法は、無詠唱、詠唱、動作、道具のいずれかの方法で発動できる。
当然、それぞれの方法によって発動できる魔法は違うし、全く種類の違う魔法を同じ方法で同時に発動することは不可、違う方法を使ったとしても、人外じみた思考の分割をしなければ同時発動はできないのだが――――
「電気信号を使って無理矢理体を動かせば、それも可能…………ッ!」
「そう。今私は無詠唱、詠唱、動作の三つの方法で魔法を発動した」
一ターンで三回攻撃とか、なんなんだよコイツ。完全にラスボス級じゃねーか。
「そして、電気信号による肉体操作は、能動的に使うこともできる」
何気ない動作でおっさんがコチラに近づき――――気がついた瞬間体が吹き飛ばされていた。
ビリビリと体が痺れる。
「ぐ、がはっ…………!」
「終わりだ。もう動けないだろう? 安心していい、殺すつもりはな――――!?」
――――回復力強化。
立ち上がる。
「クソがっ…………!」
「…………驚いたな。パワー、スピードに加え、タフネスまで兼ね備えているとは」
おっさんの余裕そうな表情がムカつく。
「だが、徒労としか言いようがないな。結局君では私に勝てんよ」
おっさんの驕った態度がムカつく。
「もう諦めて――――」
ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく!
「――――降参した方がいい」
「うっせぇ黙れ。もう怒った。今から本気出す」
怪訝そうな表情のおっさんを無視し、魔法を行使。
――――呼吸器強化。
――――声帯強化。
――――口腔強化。
――――鼓膜防御力、強化。
「何を――――」
「■■■■■■■■■■ァ!」
夜の静寂をぶっ飛ばし、俺の咆哮が世界に響く。
周辺の建物の窓ガラスが砕け散る。
俺を中心にして、地面に同心円状の砂模様が描かれる。
おっさんの耳から血が吹き出る。
「もういっぱぁつ!」
――――筋力強化、脚。
震脚。
脚による地面の連続打ちつけ。
ボン! と地面から砂と土が浮き上がる。
凄まじい量の砂煙と土煙で、視界が全く効かなくなる。
「…………視覚と聴覚を塞いじまえば、知覚も反射もできやしねえよなぁ?」
「が、ぐ」
こちらからもおっさんは見えないが、位置は覚えている。
体全体に魔力を行き渡らせる。
「超奥義――――」
おっさんの位置にダッシュ。
「――――弱肉、強食掌!」
掌底を叩き込んだおっさんの腹から、ベキ! グシャ! という何かが折れて潰れたような音が響いて、おっさんは三メートルほどぶっ飛んだ。
多分死んだ。
これで何が起こったか、知る者はいない。
「よっし、逃げるか」
この街の門がある方に走る。
追手がくる前に逃げなければ。
それにしても、随分魔力を使ってしまった。
…………逃げ切れるかな?




