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舞踏会、武道会3

 舞踏会、武道会3



 マリアカリアはもはや完全に奴隷と化した書記のメガネ君に学園交流部の部長を紹介してもらった。


 部長の名は白河院玲子。

 高等部の3年生で、すでにとある大学への推薦が決まっている。学園で人気のある生徒らしく元華族の直系に当たる家柄で、母方の祖母はアメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストンの名家マーシャル家の出だった。

 もちろん母の薫子も学園の有力OGのひとりである。

 ただ、本人の容姿・雰囲気は深窓の令嬢というものではなく、活発で健康的な背の高い女の子のものだった。


「ハーイ。3年生だからといって別にかしこまる必要はないわよ。気軽に玲子と呼んで」

 玲子はマリアカリアに屈託のなく微笑みかける。まるで太陽のようだ。

「うちの部に興味があるんですって。

 いいわよぉ、小さい子達は。可愛らしいし。

 まあ、ここの子達はちょっとおとなしめのしかいないけれどもね」


 マリアカリアはある意味度肝を抜かれていた。

 予想では、上品に取り澄ましたいかにもなお嬢様が出てくるものとばかり考えていたからだ。不覚にも、部長のフレンドリィなヤンキー娘然とした態度に戸惑いを隠せなかった。


 戦場で動揺などしたことのないマリアカリアが少々戸惑い気味に部長に普段使っている校舎とは別棟の大きな木造建物の2階にある部室へと案内される。


「まずは部室のなかを案内するわね。ちょっと古臭い感じのする部屋だけど、気楽に寛いで頂戴」

 部長がドアの前で立ち止まって、いたずらっぽく付け加える。

「ただし、部屋のコーディネードをしたのは私ではなく、副部長がやったことだけは頭に入れといてね」

 


 マリアカリアは部室の中に入って思った。

 確かに古臭い。


 品のある薔薇色の漆喰の壁。

 その壁に飾られた金色の額縁に入った本物のウイリアム・ターナーの風景画。

 金糸をふんだんに使った重いカーテン。

 床には青い絨毯が敷き詰められ、ゴブラン織りのクッションの置かれたコロニアルスタイルのアンティーク・ソファーがそこかしこにある。

 そして、部屋の真ん中にはグランドピアノ(高価なスタインウエイ)が鎮座する。


 もちろんソファーの上では金のフチ取りのあるティーカップを皿ごと手にとった制服の少女たちが思い思いの姿勢で談笑し、くつろいでいた。


 その部室にはまるで南北戦争前の南部諸州のサロンのような雰囲気があった。


「ハーイ。みなさーん。今日はお客様として最近に外国からこられたマリアカリア・ボスコーノ様をお迎えしました。

 みなさんがちゃんと淑女としての振る舞いをして気に入ってもらえたなら、今後部員として参加して下さるかも。仲良くしてもらいましょうね」

 部長の白河院玲子が知らずに恐ろしいことを言う。


 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。


 部長の声掛けで集まってきた部員たちはいずれも良家の子女たちで、しかも美人さんぞろいだった。後述するように一部例外はいるが、部活ではこのような花に例えられる可憐で気品に満ちた淑女たちがその育ちの良さから醸し出される優しい雰囲気で純粋無垢な幼子たちを見守っているのだ。


 そんな美しい花園に一匹の野生の女豹が闖入した。マリアカリアである。


「マリアカリア・ボスコーノです。本日は厚かましくも見学に罷り越しました。よろしく。マドモワゼル」

 マリアカリアはそう言って踵をつけ古い軍人の礼のように軽く頭を振る。


 マリアカリアは状況判断から猫をかぶり男装の麗人のふりをした。

 実際にマリアカリアは乗馬ズボンを履いた男装の麗人なのだが、淑女たちの興味を引くように物語に出てくる秘密の理由からあえて男装をしている女性のように振舞ってみせたのだ。

 が、目論見はすぐに壊される。


「ハーイ。副部長のマリアン・ローズウオーターよ。よろしく」

 さっそく濃いめのブロンドの髪をしたダラス出身の美人が食いついてきた。

「あなた、乗馬が好きなの?私も家ではよく乗っているわ。自動車を乗り回すよりもね。それよりも聞いちゃったわよ」

 美人はマリアカリアの胸を叩こうとして、少しためらってから肩を叩いた。

「正門前で生意気な生徒会長をけちょんけちょんにしたんだってね。

『亜麻色天パーの平凡顔に喫煙を咎められる覚えはない。失せろ!マザコンめが』って言ったんだって。あなた、面白すぎるわ。

 ああ、奴のびっくりした顔が見たかったわ。アハハハ」


 ためらわれて少し気分を害したマリアカリアが部長の方を見ると、部長は手を広げて肩をすくめてみせた。


「副部長は生徒会長のことを嫌っているのよ。生粋の日本人なのに亜麻色で天然パーマの髪をしているうえ、16歳にもなって目の大きいベビーフェイスというところが気に入らないのよね」

 すかさずマリアン嬢が付け加える。

「見た目が気持ち悪いというのもあるけど、一番気に入らないのは、生徒会長なのにワイルドさというか覇気が乏しいところよね。アメリカじゃ、あんな奴はリーダーにはなれない。

 なんか人を寄せ付けない雰囲気を出してすましているけど、それって、他人のことは関心ありませんって言っているのと同じじゃない。あんな雰囲気出してたら誰も寄ってこないわよ。リーダーなんだから自分から困っている人の声に耳を傾けなくてどうすんのよ。

 わたし、まえは乗馬部にもいたんだけど、生徒会へ校長の馬を厩舎に入れないよう陳情しに行ったら、彼、苦り切った顔するばかりで何にもしないのよ。

 彼は結局、校長に媚び売るばかりの腰抜け。ほんと嫌になっちゃうわ」


 どうやらこの学園には生徒会長の敵が多いようだった。



 その後、マリアカリアは幾人もの令嬢たちと挨拶を交わし、さり気なく学生食堂の新規改装の宣伝をしたりした。

「なんでも詩の朗読と音楽のサービスでお客を楽しませることにしたそうで、今週は象徴詩で名高いXXX氏の朗読と世界的に有名なチェロ奏者XX氏の演奏があるそうですよ」「まあ、それは楽しそうですわね」

「夜も営業するそうで、学生以外の一般の人も利用できるのだそうです」


 令嬢たちにとりクイックサービスのフランス料理など別段珍しいものではなかったが、マリアカリアの話を聞いて少しは興味を引いたようだった。

 足さえ運んでもらえれば虜にする自信があったので、マリアカリアとしては内心してやったりの気分だった。

 ただ、マリアン嬢だけは「スシにも飽きたし、たまにはいいかも」ぐらいの乗り気のなさではあったが。



◆◇◆◇◆     ◆◇◆◇◆   ◆◇◆◇◆      ◆◇◆◇◆

 


 マリアカリアは部員たちを前に胸の隠しから手のひらにおさまる二連装の小型拳銃を取り出してみせた。


「これはデリンジャーという拳銃です。レミントンのではなくハイスタンダード社製の1962年型。

 見ての通り小型で軽量。隠し持つには最適な拳銃です。

 ご令嬢のみなさまにおかれましては、保護者、使用人、ご友人の方たちに常日頃から厚く御身を守られていることでございましょう。しかし、災難というものはいつ襲って来るかわからないものです。現代ではことに物騒なのです。地下鉄にサリンを撒かれたり、テロリストたちが今学校を襲ってくるということも十分にありえることなのです。杞憂という言葉はもはや通用致しません。

 自分の身は最終的には自分で守る必要があるのです」


 いきなり拳銃を見せられて、マリアン嬢以外の部員たち全員が目を丸くした。


「お言葉ですが、持っているだけで犯罪になりませんか?それ」

 黒髪をミツ編みにした古典的な純和風の美少女が質問する。


「遵法精神は尊いものです。ですが、緊急なときにあなたの命とどちらが大切なのでしょうか?あなたの命はあなただけのものではありません。あなたのお父様、お母様、ご兄弟、それにご友人の方々は自らを犠牲にしても守り抜きたいと思っておられるはずです。そんな些細なことにかまけて大切なことをおろそかにするのは、あなたのことを大事に思って下さる方々を裏切る行為といえないでしょうか。

 わたしはあなた方にこれでテロリストたちと正面きって戦えと申しているのではありません。御身の命や貞操を守るためのギリギリの最終局面で切り札としての使用をお奨めしているのです。

 また、そうであるからこそ隠し持つ意味があるのです。つまり、隠し持つ限り違法を問われることもなければ、相手の油断を誘うという効果も期待できるというわけです」

 バレなければ何をしてもいいというマリアカリアの基本が表明されているのだが、勢いに押されて令嬢たちは目を白黒させるにとどまった。


 この演説は、マリアカリアが冗談で彼女たちをからかってしているのではない。

 自身の特殊な経歴を買われ部員たちを前に『安全』についての講義をするよう部長の玲子嬢と副部長のマリアン嬢に頼まれたことによるもので、本人としてはわりと真剣であった。


「デリンジャーは22口径という威力の小さい拳銃ですが、隠し持って相手に向かって接射するという仕様の性質上問題はありません。特殊な安全装置がなく引き金を重くすることで暴発を防ぐという仕様上、射撃の正確さにやや欠けるところがありますが、接射することでそれも問題ではありません」


 マリアカリアは弾丸を抜いたデリンジャーの引き金を引いて撃鉄のおりるカチャリという音をたててみせた。


「でも、部活では子供たちがいるんだし、危なくないかしら。聞いたところによると、アメリカの射撃場で9歳の女の子がもたせてもらったサブマシンガンを暴発させて人身事故が起こったというし」

 今度は優しそうな顔をした髪の短い少女が常識的な質問をする。


「それは大変不幸な事故でしたね。おっしゃるとおり、銃は人身にとり大変危険なものです。しかし、銃も道具のひとつにすぎません。他の道具と同じように使用に必要な状況で的確な注意のもと正しく操作すればなんの問題もありません。あなたのおウチには包丁や草刈り機はございませんか。それと同じことですよ。

 お世話をしている子供たちの安全にしても、注意していれば限りなくゼロに近づく保管上のリスクと緊急時のリスクのどちらを取るべきかは言うまでもないでしょう。

 わたしが言いたいのは、結局、人が銃で人を殺す世の中では、自分の身や自分が最も大切に思うものを守るには自ら銃を取るほかない、ということです。

 部員である貴女は目の前でテロリストがお世話をしている子供たちを襲おうとしている場合、どういう行動に出られるのですか?優しそうな貴女のことだ。きっとご自分の身を呈して子供たちを守ろうとするはず。しかし、徒手空拳では守りきることはできません。

 この世界の超大国の憲法には、人民は自ら銃を取って自衛する権利があると書かれているそうです(修正条項2条「武器を所持して携帯する権利」)。

 人が自らの権利を守るために戦う、ということも当然の権利であり、人としての本能なのです。

 超大国の識者たちも『人を殺すのは人であって銃ではない』『銃を持った悪人を止められるのは銃を持った善人だけだ』と言ってます。

 決して暴力主義を賛美するものではありませんが、不必要に行動を抑制することもまた害悪なのです」


 マリアカリアの言葉にマリアン嬢は歓喜して盛大な拍手を送る。

 マリアン嬢のご両親も本人も全米ライフル協会の会員であったのだ。彼女にとってマリアカリアの演説は日頃から思っていることで、我が意を得るものであったらしい。

 マリアン嬢につられて少数だが部員たちの中からパラパラと拍手が起こった。


 マリアカリアがあとで部長の玲子からマリアン嬢を調子づかせないようお小言を食らったのは言うまでもない。

 マリアカリアの暴走はまだまだ続く。学園交流部はこれからどうなってしまうのであろうか。大変不安である。



 

 テーマは異なりますが、右の人はマリアカリアと大体同じ論の運び方をしますね。

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