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舞踏会、武道会1

 舞踏会、武道会1



 マリアカリアによって買い取られた名も無き学生食堂は午後の数時間の間にすっかりと様変わりをしていた。

 東向きの壁にはアールヌーヴォー調の彫刻や装飾で縁どられた大きなアーチ状の窓が並ぶ。反対側の壁は同様に縁どられた飾り窓が並び、真紅のベルベット地のカーテンで閉められている。そして、金銀を惜しげもなく使った装飾が蔦のように壁から天井を覆い、その天井からはいくつもの絢爛豪華な大シャンデリアが吊られている。

 すべてエリザベス伍長が仕上げたものである。


「天井の壁画はパリ・エポック時代の風景を描いたものだよ。

雰囲気が出ているだろう?

パリ・リオン駅にあるル・トラン・ブルー(レストラン「青列車」1901年開業)の大広間を模したものだからな。ハハハハ」

「エッヘン。私のことを現代のミケランジェロとでも丹下健三とでも呼んでくださいな」

 マリアカリアとエリザベス伍長の得意げな声が響く。


「300億円ほどかけたかな。今にサザビーで落札した印象派の名画が壁を飾ることになる。傘立て、帽子掛け、仕切りのための衝立ての調度品はすべて本物のアールヌーヴォーで統一する。雰囲気が一番大事だからな」

 

 何なんだ、こいつら。

 無理やり同席させられている書記のメガネ君は驚きのあまり固まってしまった。


「あー、大尉殿。イマイチ状況の把握ができていないんですけど。解説プリーズですです」

 食卓についている面々のうち、ツッコミ担当のナカムラ少年が尋ねる。

「いいか、ナカムラ少年。わたしは閃いたのだよ。

敵(夏姫を中心とした一味)は中華料理しか食べない。西洋料理にも西洋風な社交にも疎いし、避けている。しかも、半年前に来た校長が幾多の改革をしてここのOB連中に嫌われており、彼らの不満が高まっている。当然、その子弟であるここの学生たちも同様に不満を抱いている。

 ならば、この状況を利用して成金趣味のOBたちや学生の大部分を味方に付け、本来アウエーであるはずのこの空間を一気に我々のホームグラウンドに作り替えてしまえる、とな。

 乙女ゲームはもともとお姫様に憧れる女の子の夢を叶えることをコンセプトにしたものなのだ。お姫様と言えばマリー・アントワネット。マリー・アントワネットと言えば贅沢三昧。おフランス風の贅沢な空間をここで再現してやれば、我々は乙女ゲームの正統派として認められ一気に波に乗れるのだよ」

「いや、あの。大尉殿。お気は確かですか。意味不明なのですが。

そもそもマリー・アントワネットごっこをしたからといってどれだけ攻略対象の好感度を上げられるというんですか。そんな無駄なことばかりせずに地道にいきましょうよ。もう少し建設的なことをしましょうよ」

「ええい、黙り給え。ナカムラ少年。

 先に乙女ゲームの様式美を無視したのはあっち(夏姫)だぞ。悪役令嬢役なのに嫌味を言ってくるイベントを怠るなんてどういう了見をしているんだ。中華料理中心主義者めが!

 あっちがアクションを起こさないというのなら、わたしがおフランス風の贅沢空間を作り上げて逆に夏姫の奴にチクチク嫌味を言ってやるのだ。

 わたしが主人公と悪役令嬢役の兼業をしてやる!

 それに、ナカムラ少年よ。わたしはなあ、乙女ゲームの主人公としての本分を忘れているわけでは決してないのだ。この国の新聞社で、本分を忘れて目的が正しければ何やってもいいとばかりに戦後捏造事件を三回もやらかしたところがあるが、あんな連中の顰に倣っているわけではない。そんなことをすれば、右の連中に鬼の首を取ったみたいに騒がれて事件の本質を誤魔化されてしまうからな。本分を忘れて事をいい加減に扱うと、自分の首を絞めるばかりかオウンゴールになるといういい教訓だよ。まったく。

 とにかく、好感度急上昇の秘策をこの灰色の脳細胞がキッチリクッキリ弾き出しているのだ。ナカムラ少年が心配するようなことは何もない。

 なあ。メガネ」

「なにゆえ、僕に振るのだ。なぜこの場にいるかも把握できていないのに」

「君を尋問するために決まっているではないか。メガネ」

 マリアカリアは書記の髪の毛を左手でいじった。


 マリアカリアとナカムラ少年たちとが意味不明な会話をしているうちに夕食の料理の数々が運ばれてくる。


「おっ。ロゼのシャンパンか」

「ブリュット ロゼ プルミエ・クリュでございます。シルヴィア様」

 支配人兼給仕長の富田氏(昼間、マリアカリアに深々と頭を下げた紳士)自らがコルクを抜いて注いでまわる。

「オードブルは秋の気配を感じさせる無花果のベニエ、キャビア、鮭のマリネとなっております」


 サラダ、さつまいものポタージュ、パンが順に出され、魚料理として鯛のシャンパン煮が運ばれてきた。

「鯛は春が旬のお魚でございますが、明石海峡でとれる鯛に限っては9月からのものでも大変おいしゅうございます」

シャンパン一本まるまる使われた贅沢な料理である。


 口直しにパイナップルのソルベが出されたあと、いよいよ肉料理が運ばれてきた。


「シュークルート・ア・ラ・シャンパーニュでございます」

 目の前で鉄皿を炙りつつシャンパンをまぶしていく。これもまた白ワインの代わりにシャンパンで煮る贅沢な料理である。

「本来は冬のお料理でございますが、開店のお祝いの特別料理としてお出し致しております」

「店の名前はロワイヤル通りで『マキシム』と対に並んで評されていた『カフェ・ヴェベール』をそのまま使わせてもらうことにした。ここは夜の社交場というより社交界の貴婦人や詩人たちが昼集う場というのがふさわしいからな。

 さあ、諸君。乾杯だ!」

 マリアカリアが音頭を取って気勢を上げる。


「大尉殿。興ざめかもしれませんが、聞いてください。乙女ゲームの中ではみんな未成年なんですから、お酒を大ピラに飲むのはまずいのではないのですかい」「マリアカリア!生徒会書記の目の前で校内の飲酒が許されると思っているのか!」

「ああ。うるさいな、お前たち。取り敢えずこのカナール・テュシェーヌ・グラン・キュヴェ ブラン・ド・ノワール(黒葡萄のみから作られたシャンパン)を3本いっとけ!」

「「3本!」」

「今日はシルヴィア生還のお祝いなのだ。異論は許さん!シルヴィアも手伝ってこいつらに飲ませてやれ」

「大尉殿。死にますからやめてください。普通に死にます。や、やめれ」



 書記のメガネ君とナカムラ少年とが酔い潰されたあと、少しばかり酩酊したシルヴィアがマリアカリアに話しかける。

「大尉。喜んでくれ。わたしはトマスとヨリを戻したぞ」

「ふーん。そうか。だったら無職ニートのヒモ復帰を祝って乾杯!だな。

 とりあえずおめでとうと言っておこう」

「あ、ああ。ありがとう。

 でも、ヤツもこの世界では学園の教師だからまるっきり無職ニートというわけでは……」

「しかし、シルヴィアもひどい奴だな。わたしがアポロニウス君と会う暇もなく働いているというのに、自分は元カレとヨリを戻してキャッハウフフか。しかも、これからそれを見せつけるとわたしに宣言しに来るとは、な。

 あ。でも、とりあえずおめでとうと言っておこう。わたしは心が広くて、心の底から友人の幸せを願うタイプの人間だからな」

「う、うん。まあ、ありがとう。

 かなり引っかかる物言いをされているように思えるのだが……」

「でも、シルヴィアってチームワークとかいうものを考えないよねえ。もとから。

 ちょっと考えれば罠だとわかるナカムラ少年の冒険について行ってしまうし。今日はその生還祝いをしているんだったけ。

 わたしが攻略しない限りチーム全員が乙女ゲームから抜け出ることができないことも、トマス・ベケットが一応『詩人』だとかいって攻略対象の候補であることも知っていながら主人公のわたしを押しのけて自分で囲い込んじゃうなんて、何を考えているのだか。

 まっ。とりあえずおめでとうと言っておくわ。三銃士もダルタニアンも『みんなは一人のために』とか言っているし。わたしはいつでもシルヴィアの味方だよ」

「うう、ありがとう。

 って、そうじゃない!何が友人思いだ。大尉はわたしをさっきから責め倒しているではないか。そんなにトマスが欲しかったのか。そんなにわたしに妬けるのか」


 マリアカリアはシルヴィアに向かって右手でフルート型のシャンパングラスを掲げ、ウインクをしてみせた。

「別に。

 わたしはトマス・ベケットの詩人としての才能は買うが、ヒモを恋人にする趣味はない」

「フン!」


 マリアカリアはシルヴィアに妬いているのではなく、心のいらだちを言葉の暴力にかえてシルヴィアにぶつけ八つ当たりしているだけである。

 まだ乙女ゲームの初日とはいえ、マリアカリアは手詰まり感に苛立ちを覚えていたのだ。


 マルグリットから知らされた攻略対象の候補は5人。

 一人目は『王子』の生徒会長。二人目は『腹心』の生徒会書記。三人目は『詩人』のトマス・ベケット。四人目は『騎士』のフランチェスコ(もと魔王)。五人目は『英雄』(誰なのか現在不明)。

 しかし、一人目と二人目の生徒会長と書記には【虜囚】という意味不明な状態異常がついていて迂闊に手が出せない。現在、エリザベス伍長を使って手立ての手探り中である。

 三人目の『詩人』トマスにはシルヴィアが、そして四人目の『騎士』フランチェスコには王女がそれぞれ付いていて攻略には格段の難易度がある。

 五人目はそもそも誰だか分かりもしない。


 これではなにをどうしろというのか。マリアカリアにも打つ手が思いつかない。


 だから、冒頭のマリー・アントワネットごっこも相手の弱点を探るため夏姫をこちらへと引きずり出す、マリアカリアにとっては実は真剣な作戦であったりした。決してお遊びのつもりではなかったのである。


 だが、救いの神というものも世間にはいる。


「ハア。秋だし、園遊会でも開いて相手の出方を見るべきか」

 マリアカリアがため息をついて思わずしたつぶやきに、そばで目立たぬように控えている壮年の紳士がその苦衷を察して反応する。

「それはよきお考えかと存じます。卒爾ながら助言をさせていただきますれば、いっそのこと仮装舞踏会をお開きになることをお勧めいたします」

「なるほど。仮面に隠れて夏姫がなにか仕掛けてくる公算が大きいと」

「はい」


 相手の動きがなければ行動をとりようがない、か。

 虎穴に入らずんば虎徹を得ずのことわざもある。多少のリスクはやむを得まい。


 マリアカリアは目を細め、偶然自分の駒になった、出来るオーラ満載の壮年の紳士を見た。


 頼りにならないチームの面々に無い知恵を絞らせるより、今はこの時折鋭い眼差しをするムッシュ・トミタの力を借りるべきだ。


「わかった。委細全てムッシュ・トミタに任そう。200億ほど自由に使ってくれ」

「はい。必ずやオーナーのご満足いただけるよう仕上げてご覧に入れましょう。

 ところで、こちらのご友人様をどのようにいたしましょうか」


 気が少し楽になったマリアカリアは酔いつぶれて寝ている生徒会書記に気づいてニヤリとした。


 そうそう。今日はまだ、趣味と実益を兼ねた本格的な尋問という楽しみが残っていたな。わたしとしたことがうっかりだな、と。



 書記のメガネ君に危機が迫る。彼はどうなってしまうのであろうか……。





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