恋人たちよ、再び!6
恋人たちよ、再び!6
夕刻、学園の敷地の隅にある、背を張り合わせたベンチにシルヴィアとトマス・ベケットはお互い顔を見合わせないようにして座った。
「久しぶり」
「うん。久しぶりだね。見違えちゃったよ。17の君ってなんか初々しい。口調は変わらないようだけど」
「そっちこそ。お腹も出てないし。髪もきれいに整えているし。なんか詐欺にあった気分だよ。トマス・ベケット先生」
「まあ。うん。……うん」
相変わらず、煮え切らない奴。言いたいことがあればサッサと言えばいいのに。
シルヴィアは以前を思い出してため息をつく。
「で?」
「うん」
「それで、何?世話ばなしするためにここへ呼び出したわけではないんだろ、君は?」
「うん」
「聞きたいこととか、してもらいたいこととか、言いたいこととか、何かあるんでしょ。トマス・ベケット!あーあ、君を見てるとねえ」
トマス・ベケットは慌てて言い募る。
「あ、あの!……愛しているんだ。ヨリを戻して欲しいんだよ。身勝手だと思うけど」
「へーえ」シルヴィアは心底呆れ果てた様子で言う。「いや。呼び出された時からこういうこと言い出されるんじゃないかと予想はついてたよ。でも、実際に言い出すとは……」
「真剣なんだ。本気なんだ。君でなきゃ、ダメなんだ」
「詩人の先生にしては言葉があまりにも足りないんじゃないのか。トマス・ベケット。
まあ、いい。それよりも、だ。わたしが腹立つのは、だ。
最後のとき、君はなんて言った?『お互いにもう必要とはしあわない。これ以上付き合っても不毛だ』とか言わなかったか?その言葉にわたしがどれだけ傷ついたかわかっているのか?」
「……うん」
「うん?」
「君はなにか……俺にはよくわからない何かを真剣にやろうとしていた。意見に賛同してくれる人がいなくても君はぜんぜんめげなかった。俺は臆病者で、そんな君が眩しかったし、見ているだけでなにかに脅迫されている気になって疎ましかった。
別れた時、俺は口では君の重荷になりたくないようなことを言いながら心の中では自分のことしか考えていなかった。辛くなりたくなかった。しんどくなりたくなかった。それだけだった。
君は頑張っていたけど不安がなかったわけではないことを俺は知っていた。こんな俺だけど君を肯定することぐらいは出来た。それを自分が苦しいからといって見捨てた。本当にどうしようもないやつだと自分でも思う。
でも、マリアカリア大尉にきついこと言われて、後悔するだけじゃダメだと吹っ切れた。
よかったら、もう一度チャンスをくれないか。こんな情けない俺を肯定してくれるのは2つの世界を探しても君しかいない。今度こそ俺は変わってみせる。今度こそ本当に愛してみせる」
「わたしは騙されない。騙されてやらない。君は他人に優しい言葉をかけるが、いつも本心ではない。君は究極の自己中心主義者だ」
「……うん。その通りだ」トマスはそう言うと、うなだれた。「断られて当然だ。いや、すまない」
「うん、だと!」
シルヴィアは振り返りトマスの後頭部をポカリと殴りつける。
「そこは否定するところだろう、バカ。バカ。バカ。バカ」
シルヴィアにも他人に認められたいという気持ちはある。偉い人に褒められたいとも思う。しかし、なぜだか、この世間的に負け犬の、甲斐性のない、飲んだくれの男から優しい言葉をかけられるとなによりも安心できる。世の中にトマスさえいてくれれば生きていけるという気持ちになる。
シルヴィアはトマスの目を見て自分に問いかける。
いいのか?本当にいいのか、これで?
トマスと付き合うことで苦労することは目に見えている。わたしは本当に馬鹿だなと自分でも思う。でも、後悔はしない。これでいい。これでいいのだ。
しばらくふたりで言葉を交わしたのち、最後にシルヴィアが言った。
「トマス!今度、夏姫に色目を使われて鼻の下を伸ばしたら、コ・ロ・ス・ゾ!
見た目10以上も離れた小娘に夢中になるなんて変態だからな。世の中の害虫なんだからな。駆除されて当然の存在なんだからな。よく覚えておけよ!」
シルヴィアはトマスが女性に極度にだらしのない性格をしていることを忘れてはいなかった。トマスが震え上がったのは言うまでもない。後悔の二文字を頭の中で打ち消し、彼は必死になって唱えた。俺は選択を誤ってはいない。俺は選択を誤ってはいない。俺は選択を誤ってはいない、と。




