恋人たちよ、再び!3
恋人たちよ、再び!3
昼食時。
王女クリネックスはいつもと同じように体育館横のコの字型をした学生食堂に入り、ひとり、いつもの人のあまり来ない壁際の席に着く。
学園にはいくつもの食堂があるのだが、体育会系の部活があまり盛んでないこともあって、この学生食堂は人気がない。
王女はいつものように持参した、不格好なサンドイッチ、ヨーグルトの瓶、小さなりんご一個(季節によって西洋なしやさくらんぼに変わる)を敷いた布製ハンカチの上に並べる。そして、脇に紅茶の入った魔法瓶を置く。
王女が食堂で注文することはない。
ひとり、朝に手作りをしたサンドイッチをモソモソと食べる静かな食事。
これがいつもの王女の昼食である。
しかし、最近、この王女の静かな食事風景に変化が生じた。
正確には10日前から近くの席に漆黒の髪を持つ同学年の男子学生が座るようになった。
この闖入者はカレーなどの刺激物をよく注文してカチャカチャと音を立てて食べるので、王女は嫌った。
王女は死んだような静けさが好みなのである。
また来た。
王女は今日も男子がやってきたことに気づくが、反応を示さずにひたすら自分の作業を続ける。
スプーンで瓶からすくい、サンドイッチを囓り、紅茶を飲む。
音を立てずに。
今日は男子が王女の左ななめの席に座った。
トレイの上にはチャーハン・セットが載っている。
ズルズル。カチャカチャ。ズルズル。カチャカチャ。
王女の作業が一瞬止まりかけるが、王女は無表情なままいつもの静かな作業を続ける。
やがてりんごを囓り、今日も王女の昼食が終わりを告げる。
王女は思う。
やはり明日からりんごは皮をむいて小さく切って持ってこよう。
囓る音を聞かれるのは苦痛だ、と。
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昼食を済ませ、教官室でタバコ(缶に入ったピースの両切り)を吸いながら葛野貴子は思う。
校長が代わってからこの半年、実に妙な学生ばかりが編入してくる。
特に3日前に編入してきたあのマリアカリアとかいう奴。珍妙さが飛び抜けている。
授業開始前に奴が保護者連れで挨拶に来た時には本当に驚いた。
ドアをノックして入ってくるなり敬礼をした。
「教官殿。編入生マリアカリア・ボスコーノ。ただいま、ご挨拶に参りました」
そして、奴の連れてきた連中。
保護者然としたオールバックでヒゲの中年はともかくとして、9歳ぐらいにしか見えない栗毛の少女は「その妻です」と曰った。おまけに3歳児にしか見えない幼女までもが「ラプンツェルです。3歳。でも実は5歳だもん」と意味不明なことをつぶやく。
奴の体からアメリカタバコでない香りがした。もちろん日本のタバコのでもない。
「君の編入届けその他諸々の書類を見た。
どうもどの書類も一箇所、訂正する必要がありそうなのだ。
マリアカリア君。すまないが、今ここで訂正してもらえるかね。
訂正印を押す必要はない。斜線を引くだけで結構だよ」
わたしは奴に性別欄を示してやった。
奴は表情を変えずに言う。
「それが女性を示しているのであれば正確な情報であり、訂正する必要はありません。教官殿」
「そうか。それは失礼なことを言ってしまったな。謝ろう。
君の制服から私の吸うタバコとは異なる種類の匂いがするので、てっきり君が粋がった男子学生かと思ってしまった。すまんな。
ああ、ひとつ教えておこう。君は外国人なので知らないかもしれないが、この国では未成年の喫煙は禁じられている。確か法律があったはずだ。罰則があったかどうかは定かではないがな」
「ご忠告、ありがとうございます。教官殿。
しかし、わたしは教官殿のお考えに賛同できません。
一つ。喫煙に男女の区別はありません。男子学生しか喫煙しないというのは偏見であります。ジェンダー論の先生方に叱られます。
二つ。制服から匂いがしたからといって喫煙の証拠にはなりません。喫煙を嫌うものの前で吸いさえしなければ問題はないのであります」
「なるほど。それもそうだな。アハハハハ」
「分かっていただけて感謝します。教官殿。アハハハハ」
「って。貴様!あくまで喫煙をやめる気はないのだな」
奴は答えずに肩をすくめてみせた。
「教員として知る義務がある。どんなタバコを吸ってる!出して見せろ」
問答があって以降、奴は暇さえあればここ(教官室)へやってきて紫煙を吐き出す。
まあいい。奴の言うように見つからなければそれでいい。奴のタバコもなかなか美味かったし。
それに。わたしはなんとなく奴が気に入った。喫煙が嫌われるこのご時世、気合の入ったやつは貴重だからな。
フ。奴が来たようだ。長靴の音がする……。




