恋人たちよ、再び!2
恋人たちよ、再び!2
ある晴れた初夏の海、空には小さな雲がいくつか浮かんでいる。
「力」と名乗る漁師が自ら操る小舟の上で、さっき釣り上げたばかりの魚のうろこをナイフ一本で器用に削り終える。
小腹も空いたことだし。どれ。今日の初獲物を食うか。
「力」はそう呟くと、うろこを剥いだ魚の切り身を海水で洗って口へ放り込んだ。
漁師「力」が食う。
「以上が説明だ。終わり」「ふざけるな!」
せっかく量子力学について話してやったのに、眼前の銀縁メガネが喚き出す。
表示では冷静7もあるのに、意外と沸点が低いらしい。
賞金の換金に成功したわたしはシルヴィアたちを連れて乙女ゲームの世界へ舞い戻った。賞金はざっとこの国の通貨で5兆円ほどあっただろうか。少なくとも昼食代には事足りる。
さっそく乙女ゲームを進めるため、わたし、シルヴィア、エリザベス伍長、ナカムラ少年の4名は学園の受付を通してから編入の手続きを滞りなく済ませた。 その結果、4名各人バラバラにクラス割り当てを受けることになった。
わたしの担任は葛野貴子という名の生物教師である。
着ている白衣に染み付いた匂いから察するに極度の愛煙家であることと、口調がわたしと全く同じなので、キャラ被りがこれで2人目となる。
どうにかならないものだろうか。キャラのインフレで、主人公の影が薄くなるのは由々しき問題である。
とはいえ、これ以上担任教師の印象を強めたところでわたしにはなんの得にもならないから彼女に関することは全てカットして本筋の話しをトットと進めようと思う。
さて、わたしが教室に通されると、早速、恒例の自己紹介というものがあった。
いわゆるイベントである。
2-Aクラス全員の前でわたしは以前住んでいた国(メラリア王国)では軍の士官学校に在籍していたことや他国(エルフランド連合王国)の大学(ベルエンネ大学)への留学経験があることなどを話した。あと、スポーツでは射撃、フェンシングが得意なこと。前の学校では近代5種で前人未到の高得点をたたき出したことも付け加えた。
全て事実であり、わたしは話しを盛ってはいない(コピー人間であるわたしには過去はなく、すべて本体のわたしの経験ではあるが)。
その後、授業を受けたのだが、テキストを持っていないわたしは已むなく隣の席のメガネに見せてもらうことになった(補正が付いているのか、不思議なことにわたしは日本語が読める)。
ここまではどうということもない。
メガネは薄く光り、その時点でコイツが攻略対象候補の一人であることにも気づいた。
厄介なのは、イベントの続きかコイツの性格が粘着質のせいなのだろうか、休み時間に入ったというのにメガネがわたしに色々と話しかけてきたということだ。メガネはどうもわたしの自己紹介が気に食わないらしい。
最初のうちはわたしもメガネの質問に淡々と答えていたが、そのうちバカらしくなった。所詮メガネはわたしの好みではないのだ。コイツに労力をかける必然性がまるで感じられない。
そのうちメガネもわたしの返しが気のないものになっていることに気づいた。
機嫌を損ねたメガネはわたしのベルエンネ大学留学時代に理系の天才集団との交流があったとの言葉尻を捉えて、イヤミを言おうと量子力学についての説明を求めてきた。
で、冒頭の小話がわたしの返しという訳だ。
せっかく洒落た話しをしてやったのにメガネはお気に召さなかったらしい。
「わたしには自分の休憩時間を自由に使う権利があると思うんだよ。これまで君は他人からウザイ奴と言われたことはないかね。メガネ」
この時点で、メガネのわたしへの好感度はダダ下がりになったらしい。
参考まで、メガネの横に浮かび上がった白い板の表示を列挙すると、以下のようになる。
姓名 崋山寺昇 綽名【副官メガネ】
性別 男
年齢 16歳
地位 私立白薔薇学園高等部2年生 生徒会書記 【攻略対象候補】旧男爵家・崋山寺銀行頭取の次男 病弱で心優しい長男の兄がいる。兄弟仲はよい。
統率 24
武勇 19
知略 30
政治 27
魅力 30(メガネ着用時-1?)メガネフェチに対しては+3
体力 18
運 21
義理 5
野心 7
口調 冷静(男)
勇猛 5
冷静 7
理想 万能
状態 腹心 【虜囚】✽状態異常
特技 今張良(策略全般・登用・流言の効果上昇) 参謀(助言の信頼率上昇 計略系戦術の成功率・回避率上昇)
所持 メガネ(メガネフェチに対してのみ魅力上昇小)
【好感度】-1080
「それは失礼したな。だが、これだけは言っておきたい。君が先ほど語った経歴ははっきり言って異常だ。今朝の正門での君の態度もとても高校生のものとは思われない。
僕個人としては君に対して全く興味はないが、生徒会の人間としては危険な人物から他の生徒を守るという義務がある。
警告しておく。校内でふざけたことをしてみろ、ただでは済まさんぞ。
あと。僕には崋山寺 昇という名前がある。メガネと呼ぶな」
なるほど。安全志向のメガネはわたしに釘を刺しに来たというわけか。ガキ特有の面倒くさいことである。
なに。これはわたしにとって珍しいことではない。
昔、幹部養成学校にいた頃にさんざんやられたことでもある。
まあ、たいていは当人たちと人気のないところで肉体言語で話し合いをすれば解決した問題であったが。大した問題ではない。
ただ、今朝の一連の出来事からひとつ気になることがある。確かめてみるか。
「メガネ。君にひとつ聞きたいことがある。君は私の性別についてなんと心得ている?」
メガネは一瞬怪訝な顔をしてから目を見開いた。
「……まさか。女性か!」
「正解だ。ひとつ褒美をくれてやろう」
わたしはメガネの顔を引き寄せると、その唇に濃厚なキスをしてやった。
メガネに口紅はついていない。わたしが口紅を使うようになったのはヒューと付き合うようになった頃からで、17の時には用いていなかったからな。
それにしてもメガネは意外と純情らしい。顔が真っ赤になっている。好感度の数値も大きく変化したようだ。
なにやら教室の後ろの方が騒がしいが、これも布石の一つだ。大したことではない。なにしろわたしは本来26歳の女性なのだから。




