鋼鉄の男12
鋼鉄の男12
「イヒヒヒヒィ。
そうです。わたしが奴をこの手で殺してやった!
奴の癖で都合が悪くなると部下に責任を負わせて粛清しやがる。だから先にわたしが奴を殺ってやった!
このわたしを殺そうとするからだ!
ざまあみろ!ィヒヒヒ」
ベリアは狂ったように叫ぶ。
同じテーブルにいるマレンコフは暗い顔をし、モロトフを苦り切り、フルシチョフは冷ややかな顔をしていた。
シルヴィアはため息をついた。そして。
「……もういい。
セン!セン!こいつらにはもう用はない。拘束して外へ放り出せ!」
シルヴィアが吐き捨てるように命じると、ベリアたちの背後の床から白銀の腕が伸びてきて彼らの襟首を掴んで空中につるし上げる。
そして次の瞬間、ベリアたちが叫び声を上げる間もなく全身を白銀の膜で覆い尽くされ、ドアがぶち破ぶられて何処へと連れ出された。
シルヴィアは戦場で苦労したもと軍人だったので、ゲス野郎には我慢できない。同じ空気を吸うのも嫌だった。スターリンの失脚したことがわかれば、もう我慢はしなかった。
後には落ちてきたベリアのメガネの玉が一つ、白いテーブルの上を転がっていた。
「……タ、タバリシ・コマンジール。こ、これは一体、何なんですか?なんの化物がいるんですか?」
パーヴェルが震えてかすれた声でシルヴィアに問いかける。
「タバリシ。安心したまえ。
あれは我々の護衛だよ。センという名のロボットだ。君が監獄で助かったのも彼女のおかげだ。感謝するがいい」
言われてパーヴェルは昨日の異常な体験を思い出した。
何やら一瞬、監獄内が光ったと思ったら、すべての鉄格子も扉の錠もベットの金属部分も看守さえも消えてなくなっていた……。
センはシルヴィアたちがクレムリンに入る前から自身の体を膜状にして色を合わせながら建物内部すべてを覆い尽くしていた。
そして、案内役に誘導されてシルヴィアたちが廊下を進む度ごとに、後に残された護衛の兵士たちを片っ端から拘束してその所持している金属を吸収した。
小銃の金属部分。拳銃。ライター。腕時計。シガレットケース。制服のボタン。勲章。ベルトのバックル。エトセトラ、エトセトラ。
もちろん建物の外も抜かりがない。シルヴィアたちが今いる部屋に入ると同時に外に置いてある装甲車も自動車も重機関銃も小口径の大砲も鉄骨を組み合わせた障害物も鉄条網さえもセンは自ら体に吸収してしまっていた。
「おい、セン。スターリンと赤いライオンの居場所が分かるか?」
シルヴィアが問う。
「ウー、ゲップー。チョットタベスギヤナ。
アー、ハイハイ、マスター。バショネ。ワカルヨ。チカサンガイ二オルワ。
ユビデシメスカラツイテキテンカ」
床から白銀の腕が生え、人差し指が一本、クイクイとシルヴィアたちを招く。
「タ、タバリシ・コマンジール。死体を見に行くんですか?止めましょうよ。交渉する相手もいなくなったんですからもう帰りましょうよ」
驚くことが多く、何が何やら混乱して分からなくなりつつあるパーヴェルだが、死体など見たくもないので必死である。だが、シルヴィアは無情である。
「タバリシ。仕事はまだ残っている。スターリンは死んではいない。諦めて付いて来い」
◆◇◆◇◆ ◆◇◆◇◆ ◆◇◆◇◆ ◆◇◆◇◆
驚いたことにシルヴィアたちが地下三階の部屋へ入ると、スターリンが棺の上に座ってバラライカを弾きながら歌っていた。
♪ カリンカ カリンカ カカリンカ マヤ……
近くには9歳くらいの女の子がさらに幼い3歳ぐらいの女の子を膝の上に乗せてソファーに座っていた。
「ズドラーストヴィチェ。タバリシ・スターリン。赤いライオン。
わたしはシルヴィア。こちらはタバリシ・パーヴェル・レービン。貴様の被害者の一人だ。
今日、わたしは貴様を弾劾し、この世界の歪んだ社会主義を正しにやって来た。
まずは、貴様のしてきたことを暴露してやる。
タバリシ・レービン。NKVD本部で接収してきたレポートを読み上げてくれ」
シルヴィアはレコーダーのスイッチを押す。
だが、これに対してスターリンは笑って手を振る。
「ナンセンスだ。
わたしはタバリシ・シルヴィアと社会主義について討議する気はない。
それにわたしはタバリシ・シルヴィアの知っている世界のスターリンではない。
ほら。左手が自由に動くだろう?もちろんその影武者でもない」
「それでもわたしは貴様を弾劾する!
貴様は社会主義を歪めて使い人民を支配して多くの犠牲を強いてきた。その責任を取るべきだ!」
シルヴィアとスターリンはにらみ合った。
「あ、あのう。タバリシ・コマンジール(シルヴィア)。
これは一体どういうことなんですか?
なんでタバリシ・スターリンは生きているんですか?ベリアたちに殺されたのではなかったのですか?それに別の世界のタバリシ・スターリンって一体何なのですか?」
分からないことだらけに焦ったパーヴェルはカバンから取り出した書類を握り締めながら必死になる。
「わたしが説明してあげるわ。パーヴェルさん」
横でおとなしく座っていた外見9歳くらいの女の子がため息をつきながら説明しだした。
「あなたは知らないかもしれないけれど、わたしが『赤いライオン』と呼ばれているものの本体なの。信じられないかもしれないけど、精霊であってこんなこともできる」
少女が言い切ると、部屋の中に突然、口々に話す30人くらいの服装もバラバラの老若男女が出現した。
パーヴェルは唖然とする。
「何なんですか、これは一体。
自分の目が信じられない。昨日から殺されかけたり、突然床から腕が生えたり。一体何なんですか。おかしなことばかり起こりすぎる。
ああ。オレは遂に狂ってしまったのか。
分からない分からない。もう何がなんだか分からない」
パーヴェルはもう発狂寸前の体だ。
「少し黙って聞いてちょうだい」
少女は人々を消すと自己紹介を始めた。
「私の名前はグロリア。
7000年以上も前、とある別の世界で私は生まれ、当時の神殿に引き取られてそう名付けられた。
当時、神官たちの間ではヒトがユグドラシルのりんごを食べて精霊になることが解明されつつあったの。本当は逆にヒトが精霊に食べられていたんだけれどもね。神官たちにはそんなことはどうでもよかった。とにかくリンゴを食べて精霊に生まれ変わった存在は異常な力が使えたの。それで、神官たちは自分たちの研究のためになんとかその力を利用できないかと考えた。
その結果、数多くの幼子が神殿に引き取られ洗脳され実験に使われた。もちろん私もその一人よ。
私の場合、実験は成功して精霊となり、特殊な力を使えるようになった。
それから私は神官たちの言うがまま力を使った。それも長い長い間。
彼らは人間で寿命があるから死んでいなくなるけど、私は精霊だからずっと9歳の外見のまま存在し続けた。その私を彼らは代々使い続けた。
そして、彼らの生き残りがそこにいるヒゲのオジさんというわけ。ね。神殿長さま」
少女はスターリンに対してウインクをしてみせた。
「精霊はね。実体はエネルギーの塊なの。
イギリス人のスティーブン・ホーキング博士が言うように宇宙は重力と電磁気力で支配されている。
電磁気力は偉大よ。
光。熱。運動エネルギー。すべてが電磁気力。
原子の周りを電子が回っているのも電磁気力のおかげ。電磁気力を使えばあらゆるすべての物質を変えることだってできる。電磁気力がなくなれば人間なんてただのチリとなって消えてしまう。
その電磁気力を自由に支配して使える、電磁気力の塊こそが精霊なのよ。
私の力は、全ての生物の情報を読み取り記録し上書きしたり削除したりすることができるというもの。
いろいろなことに使えるのよ。たとえばそこにいる神殿長が執着した不老不死だとか。あるいは殺人だとか。人造人間の創造だとか。いろいろね。
私と神殿長はね。7000年前の精霊間戦争に巻き込まれて元の世界を追い出されたの。
それから長いあいだ、いろんな世界を放浪した。
3000年前くらいだったかな。とある女神のいる世界へたどり着いたわ。
彼女、頭が弱そうだったけど、気のいい女神だった。彼女は自身の存在する世界以外、もうひとつの世界を知っていた。
それで彼女と契約をしたのよ。家賃がわりに彼女の世界から出される不要になったゴミ(人間)を始末する代わりにここの世界に私たちが住んで自由に使ってよいってね。
私たちがやってきた当初、この世界には未開な人間の部族と獰猛な恐竜に似た野生生物しかいなかった。文明の度合いを上げて今の状態にするのにホント苦労したわ。でも、面白かったけれどね。
ここの世界には不思議なことに他の8つの異なる世界と繋がる扉があるのね。その扉から変な人や生物が投げ込まれてきたし、私も利用させてもらって他の世界へ調査しに行った。
もうお分かりね。ここの今の世界はシルヴィアさんのもといた世界を調査して作り上げた世界。
神殿長の好みなのよ。彼、ギスギスした暗い世界が大好きなのよ。
パーヴェルさん、ご理解いただけた?
ああ、そうだわ。忘れていたわ。彼がベリアに毒の入った注射器で刺された上拳銃弾を何発も撃ち込まれてもピンピンしている訳はね。私が保存している彼の情報を彼の死体に上書きしてあげたからなの。つまり私がいる限り彼は何度でも生き返るということなのよ。
私の説明で満足頂けたかしら。パーヴェルさん」
赤いライオンこと精霊グロリアは微笑みかけたが、パーヴェルは気を失って倒れてしまった。
「あらあら。困ったわね。パーヴェルさんのことは後回しにしましょう。
では、今度はシルヴィアさんについて。
私としては女神との契約があるから今すぐにでもシルヴィアさんを消し去りたいわけだけれど、魔女さんの引き連れてきた亡霊さんたちとかロボットのセンちゃんとかがいてすぐに実行してよいか迷っているわけ。
どうしたらいいかしら。ね。シルヴィアさん」
「お前たちの都合など知ったことか。わたしはそこの男をスターリンとして弾劾しこの世界の社会主義を正す。そして、お前をぶち殺してこの世界を解放する」
シルヴィアは指差して宣言するが、精霊グロリアはせせら笑う。
「ハン。そして8つあるゲートのうち4つを閉じて残りをへーパイストスに引き渡す。魔女は勝手に賢者の石(私の排泄物)とやらを持ち去るかって。
ノンノンノン。あなたたちの計画なんてみんな筒抜けなのよ。
でも、あら、おかしいわね。そうだとすると貴女の言っていることはまるで侵略者の言葉ね。とても友愛の精神に富んだ社会主義者には見えないわ。あなたの嫌いな帝国主義者みたいだわね。シルヴィアさん。
まあ、出来もしない希望を叫ぶのはご勝手ですけど、あなたにその実力がお有りになって。シルヴィアさん。
なんなら今すぐここで消し去って差し上げてもよくってよ。
貴女はそのお持ちになっている拳銃とやらに多大な期待をお寄せになっている御様子だけれど、せいぜい私の分身をいくつか消すほどの力しかありませんことよ。同じ精霊が宿っているといっても貴女は人間で、マリアカリア大尉さんのとは全然違うのですから。残念ね」
シルヴィアの身に危険を感じてセンが白銀の腕をいくつも伸ばしてグロリアを攻撃するがすべてその体をすり抜けてしまう。
「センちゃんって、ホント、ポンコツね。私、さっき説明したでしょう。精霊はエネルギー体だって。それぐらいの物理的な攻撃なんて意味ないのよ。ロボットの癖にホント頭悪い」
グロリアは渋面を作ってみせた。
しかし、次の瞬間、グロリアの背筋が凍った。低い暴力的な雰囲気を持つ女の声が響く。
「そうかな。貴様の気をそらせたことはナカナカの作戦だったと思うぞ、わたしは」
背後にいつの間にか現れたマリアカリアがUSP拳銃をグロリアの頭に突きつけていた。
「赤いライオンことグロリア。お前を逮捕する。お前はいくつもの世界でテロリストとして指名手配されている。やったことの報いを受けるがいい」
「貴女、なんでここにいるの?乙女ゲームに取り込まれているはずじゃ……」
「これがわたしの第一の力、『ご都合主義』というやつさ。別名主人公力とも言う。
コラ。暴れるな。大人しくしろ、ガキが」
あまりに理不尽な状況にグロリアは駄々っ子のように暴れる。が、マリアカリアの容赦のない空手チョップを頭にもらい、痛みでしゃがみこんでしまった。
「大尉。あなたというひとは。いつもいつも、わたしを驚かせてくれる。言葉も出ない」
危うい状況だったシルヴィアは突然出現したマリアカリアに助けられて首を振る。
「何を言い出すんだ?お前らしくもないぞ。シルヴィア」マリアカリアが少し早口になる。
「それよりもすぐ撤退だぞ。今のうちにそこのヒゲの男をお前の得意の戦闘サンボかシステマでギッタンギッタンにのしとけ。後のことはほっといていい。へーパイストスの手のものがやってきて始末してくれるらしいからな」
「助けられてなんだが、大尉にいろいろ聞きたい。どうして大尉がこの世界へとやってきた?へーパイストスに頼まれてわたしを助けに来たのか?それになんだかかなり若返っていて変だぞ?」
「主人公には都合というものがあるのだ。モブのお前にはわからないさ。
そんなことよりお前はわたしと一緒に今すぐ来るんだ。
乙女ゲームの中で詩人が恋人を待っているんだとさ。恋人がいないと物語がはじまらないらしい。わたしには意味不明だがな。
とにかくその恋人とはお前のことだよ、シルヴィア。
詩人がトマス・ベケットだから仕方がない。あんな男に引っかかるお前が悪いのだ」
それからマリアカリアは自分の足にしがみついて「グロリアをいじめるな」とか言ってポカポカ殴ってくる三歳ぐらいの女の子を見てため息をついた。
女の子は騎士フランチェスコと王女クリネックスとの間に生まれた娘だった。 女神はいては都合の悪い女の子を王女から取り上げて別の世界でグロリアに預けていたのだ。
女の子には名前すら与えられてはいなかった。かりそめの名前として「ラプンツェル」と呼ばれ、何も知らずに育てられていた。
この女の子についての記憶を騎士と王女は未だに取り戻していない……。




