鋼鉄の男5
鋼鉄の男5
「なんでこうなった?」
ナカムラ少年の絶叫が聞こえる。
が、無視だ。
物事に偶然などないのだ、愚者めが。すべてはお前が神様に化けた偽物の甘言に惑わされたせいだという自覚がまだないのか。
とはいえ、賢明な読者諸兄にはサッパリなので状況を説明すると、現在、わたしことマリアカリア・ボスコーノはエリザベス伍長とナカムラ少年を引き連れて不本意ながらも乙女ゲーム「白薔薇学園物語シリーズ4」の中にいる。
前回、永遠のヒモ詩人トマス・ベケットを追い払った後の事務所で「やられたら3倍返しは当たり前」を信条としているわたしが敵に対する先制攻撃の作戦を練っていたところに(わたしには軍事同盟国はいないので集団的自衛権行使の解釈問題は存在しない!そもそも超大国の大統領の場当たり的な発言に右往左往する必要性もないのだ!)、大会運営委員の藍采和という仙人と首に鋲のついた革バンドをはめたマルグリットが現れて講釈をたれつつ課題を与えていったのだ。
曰く、「夏姫が乙女ゲームの中の悪役令嬢役をしている。大尉は攻略対象を一人ゲットしたうえ、奴を粉砕せよ!そして王女を奪還してこい」
なんでも李鉄拐から我々のチームを任された藍菜和(歌って踊りながら予言をする仙人。破れた藍色の長彡を着て足には片靴しか履いていない女乞食の姿をしている)はモノグサで、仮想現実など作らず課題を出すのに適当な異世界へと我々をぶち込んだのだそうだ。それでも我々のチームは優秀すぎてほとんどの課題をこなしてしまい、我々の決勝進出への巻を願っている大会運営側の期待に後ひとつというところまでいっていたらしい。
わたしは全く自覚していなかったが、まあどうでもいい。
ちなみにその内訳はこうだ。
出された課題その1 魔王討伐 判定 クリアー(確かに現代兵器で魔王城ぶっ壊して奴を拉致った)
課題その2 悪龍の撃退 判定 クリアー(確かレッドドラゴンのウロコ掃除を魔王にさせたっけ。あれで撃退したことになるらしい)
課題その3 大侵攻の阻止 判定 クリアー(あれは勝手にディオニッソスが酒の泉を湧かせて狂宴状態を作り出しただけなのだが……)
課題その4 魔物の大量征伐 判定 クリアー(イソギンチャク型宇宙人に地図に線を引いて売った。大儲けをした覚えがある。野生動物を家畜として売ったところが詐欺めいていたが、クレームが無いので問題はなかったことにする)
課題その5 悪神の屈服 判定 クリアー(資本主義社会に適応できなかった女神を借金奴隷として拾った。奴は私に屈したのではなく金の力の前に自滅したはずだが、まあいい。私は大金持ちで資本主義社会では勝利者なのだ)
課題その6 王女の帰還 判定 未クリアー(女神に改造されかかった王女に代わって我々が勇者として召喚された時点でほとんどクリアーされていたと言ってよかった。が、ここが仮想現実とは違うリアル異世界の厳しいところであって、伏線を回収しないで放置していたのがいけなかった。王女は夏姫に乙女ゲームの世界へと拉致られ、夏姫は勇者と魔王のからくりを世間一般に公開することをネタに王家と女神を脅迫してわたしとシルヴィアの抹殺を図ったのだ。夏姫は愛する覇王項羽を後ろからミサイル攻撃した我々を相当恨んでいるらしい)
何はともあれ私は乙女ゲームの主人公として攻略をしなければならないらしい。
言っておくが、美少年たちに会えるからといってわたしは別にこの状況を喜んではいない。
アポロニウス君への不貞行為とも考えていなし、後ろめたい思いもなにもない。
だって多寡がゲームではないか!
これは厳しい現実に晒されてもたくましく生きているわたしへの当然のご褒美のはずだ!苦労しているわたしが薄い本の中でもトレンドで最も人気の高いジャンル(すぐ死んでしまう女子高生や力技で自分の運命をねじ曲げてしまう悪役令嬢の出てくる名作ぞろい!)の主役を張ることは世の中の当然の理なのだ!
今に見ておれ。
エロ要素の全くないこの乙女ゲームの世界でわたしが完成された大人の女の魅力を全開にして全ての美少年たちを征服し膝まづかせてやるぞ!
アハハッハ!遂に来たのだ、わたしの時代が!
世界は全てわたしのものなのだ!
わたしが拳を振り上げ自分の世界で絶叫していると、ナカムラ少年が声をかけてきた。
「もしもし、大尉殿。ヨダレを垂らして妄想にふけっているところ大変恐縮でございますが、現実世界に戻ってきてサポートする僕とエリザベスさんへ今後の行動指針をお教えください。
って言うか。さっさと行動してください。その格好で学園の正門前でボケーっと突っ立っていたらまるで不審者ですぜ」
「なに!?」(ゲームの世界で現実回帰とはこれ如何に!?)
わたしはエリザベス伍長に鏡を差し出され自分の姿を確認したところ、言葉を失った。
顔は別に変わっていない。主人公は学園への転校生(17歳の)との設定であり、私の顔もそれ相応に幼いものとなっている。
刈り上げられた短い銀髪。厳しい現実に真っ向から立ち向かっていこうとする挑戦的な眼差し。北の荒海と同じ色の青い瞳。行動力を示す日に焼けた健康的な肌。
別におかしいところはない。
だが、しかし。
……服装がおかしすぎるではないか!
チュートリアルの説明では制服はブレザーかセーラー服かの選択だったはず。しかし、私がいま着ているのは後ろ襟が立ち、肩パットがパンパンに詰め込まれて尖った白のジャケット。
白だぞ、白。
おまけに襟にはラメがふんだんにあしらわれている。下は乗馬ズボンに黒の長靴(これでは普段と変わらんではないか。わたしは格子縞の膝上ギリギリしかないスカートが履きたかったのに)。
これは何か。わたしに女性オンリーの歌劇団で男役しろということか。それともその手のバーの服装倒錯者の真似でもしろということなのか。あるいは大衆演劇場のど演歌歌手か。それだと、ご老人に1万円札で作った千羽鶴を首にかけてもらわねばならない‥…。
「大尉殿。これでは昭和の時代の少年漫画で出てくる不良の転校生(少年)の登場ですぜ」
「……」
ボスッ
わたしは思わずナカムラ少年を殴り飛ばしていた。
わたしは今まで悪事を働いた彼に対して矯正のため愛のムチを振るったことはあったが、状況の理不尽さから八つ当たりで鉄拳を振るったことはなかった。
それゆえ、悪いことをした。すまん!と内心では思っている(口に出して彼に謝罪する気はさらさらないが)。
だが、これも主役であるわたしが気分転換をするための必要悪だ。君の犠牲は決して無駄ではない。我慢して欲しい。
「軍隊には慰安婦は必要悪だ」で通る世の中だ。彼も納得してくれることだろう。
取り敢えず現状改善の行動指針を立てると、エリザベス伍長に制服の作製を命じるか、このまま学園へ強行突入して制服購入の手立てを探るかしかあるまい。
我々がぼんやり眺めていると、今は朝の登校時らしく、学園の生徒たちが我々に目をそらしつつ正門内へと吸い込まれていく。
設定では、この「白薔薇学園」は財閥の御曹司や貴族令嬢の通う私立の男女共学校らしい。
わたしからすればその時点で突っ込みどころ満載であるが、乙女ゲームなのでそれはそれで仕方がないらしい。
正門の通りを挟んで向こう側はすべて学園の駐車場であり、入れ代わり立ち代わり高級車がやってきては生徒たちを吐き出している。
「おい。お前たちはなんだ?そこで何をやっている?」
白塗りのリムジンから降り立った、亜麻色天パーで薄い褐色の瞳をしたガキからアルトソプラノっぽい声をかけられた。
薄く光っている所を見るとコイツは攻略対象の一人らしい。
しかし、白塗りのリムジンってなんなんだ。今時そんなものに乗るのは若くしてIT企業で成功した成り上がりものか、麻薬を扱う黒人のギャングだけだろう。あるいは韓国ドラマの登場人物か、だ。
わたしは急激にやる気をなくしていくのを感じた。
なんといってもわたしはこの手の生意気なガキどもを今まで4万人以上相手にしてきたからな。生意気なのはもうナカムラ少年で一杯一杯だ。子守はもうたくさんなのだ。
わたしは金のシガレットケースから一本取り出すと、いつものようにナカムラ少年に三下らしく火をつけてもらい深々と吸った。
フッー。
煙で輪っかを作ってやった。今日も元気でタバコがうまい。
うん?天パーのガキを筆頭に周りが何かに驚いているが。何か問題でも?




