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鋼鉄の男4

 鋼鉄の男4


「大尉さん。頼みがある。シルヴィアを救ってやってくれ」


 事務所に汚い中年男のトマスがやって来た。

 そろそろやってくる頃だと思っていたので、わたしには驚きはない。


「王家と女神は裏でつるんでいる。

 勇者はよその世界から召喚されるのではない。女神が王族の一人を勇者に仕立て上げていたんだ。

 王立公文書室で王家の秘史を見たのだから間違いはない。

 今回の勇者候補だったクリネックス王女は以前から王家のやり方に反対だった。彼女は遠い親戚のフランチェスコという護衛騎士と恋仲になったこともあって5年前に城から失踪している。

 勇者と魔王のからくりを邪魔して勝手に勇者となったアンタらの命が危ない。

 たぶん、大尉とドン・カルロの決闘は大尉抹殺のための罠だ。そして、シルヴィアにも罠が仕掛けられているのに違いない」


 トマスが唾を飛ばす勢いで語るが、その情報についても驚きはない。以前から分かっていたことだ。


「情報をたぐり寄せるのが遅いな。貴様は私をなんだと思っているのだ。わたしは現役の軍人で情報将校なのだぞ」


 疑ってやがる。

 トマスは私を間違った推理をして「よし。分かった」と手のひらを拳でポンと叩く警察署長を見るような目つきをしてやがる。


「そんな目つきでわたしを見るな。貴様はわたしが以前、就職の世話をした連中が仕立て屋や美容師、デザイナーや調香師であることを忘れたか。わたしは金持ちや権力者たちに対して多くの耳を持っている。特に王族に対してはな」


 私はシガレットケースから一本抜き取り火をつける。


「つまり貴様はこう言いたいのだろう。

 王家は永久にこの世界のヒトの頂きに立っていたいが為に、そして女神は自分の子孫である王家を保護するために定期的に魔王とその対になる勇者を作り出して危機を煽っては沈静化させていたのだと」


 トマスは私を見くびりすぎているようだ。そんなこと、少しの情報さえあれば小学生でも分かることではないか。

 女神は自分が王家に恨みを持つからその腹いせに危機を現出させているような口ぶりだったが、無理がありすぎる。本当に恨みがあるならそんな面倒なことをしなくてもいくらでもやりようがある。しようと思えば、それこそ魔王だけ作って王家をその奴隷とし子孫永永無窮にいじめ倒すことさえできるのだ。


「もっと噛み砕いて説明してやろうか。

 この魔王と勇者のお芝居は王家の潜在的脅威である貴族たちへの脅迫なのだ。

 魔族の侵攻が始まるとヒトは王家を中心にまとまるしかなくなる。そのとき、民衆の王家への支持は絶大となる。そんなときに貴族が王家に対する反逆の意思でも示してみろ。ヒト全体に対する裏切り者として民衆の袋叩きに遭ってしまう。気に食わない貴族がいたとしたら王家としては狂乱状態の民衆に捏造した証拠でも示して煽ってやればいい。

 つまり、これは数百年単位で行われる王家の貴族たちに対する裏切るなよという脅しなのだ。

 ここの王家が自前の官僚組織を整えて貴族たちに退場を願わないのは平時における民衆の憎まれ役を押し付けるためだ。反面、貴族たちは王家に対して良からぬ事を企まない限り身分固定を保証してもらえ甘い汁を吸い続けることができる。だから、両者はいつまでも蜜月関係を続けることができるわけだ。

 定期的な魔族の侵攻で民衆の資本の蓄積を許さないから市民革命に対する抑えも万全だしな。奴らは安心して暮らしていけるわけだ」


 これは、文明の発達を妨げることで自分たちの特権的な身分を固定化してしまおうという嫌なやり方だ。

 まっ。これよりひどいやり方など、どこの世界にでも転がっているがな。

 たとえば、ナカムラ少年やシルヴィアたちのもとの世界では、毛沢東の文化大革命とかスターリンの恐怖政治とかがあったしな。私のもとの世界でも、ザールラントの国家社会主義革命があった。

 フン。どれもこれもプロパガンダつきだが、要は特権階級にしがみつきたい、あるいは成り上がりたい者たちの権力闘争の手段だったわけだ。そのおかげで何千万人もの死者が出たが、当の本人たちは良心の呵責は爪から先も感じない。権力にしか関心がないからな。大方、他人へ共感をする能力のない特殊な精神病患者だったのだろう。ひどい妄想付きのな。


「今まで民衆側にこの単純なカラクリが知れなかったのは、歴史に触れることのできる知識階級を身分的に限定することで徹底した情報統制を敷いていたからだ。王族や貴族が漏らすわけがないし、神殿の関係者には女神が表面的に神殿との距離を置くことで、たとえ弾劾するものが出たとしても女神に対する嫌がらせのデマということで片付けることができる。もちろん女神と神殿は裏でつながっているわけだから弾劾したものは異端審問か何かで消されてしまう。

 しかも事は数百年単位で行われるのだから、知識の蓄積のない民衆にとっては全てが御伽で通ってしまう」


 私はトマスの顔を見やった。苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「貴様はさっき王家の秘史を見たとか言ったな。随分と危ない橋を渡ったものだな。

 でも、どうやってやったのだ?

 私としてはそちらのほうが気になる」


 トマスの顔がますます苦虫を噛み潰したかのようになる。


 わたしにはわかっている。

 見てくれからは信じられないが、この男はある種の女に非常によくモテる。どうやらヒモ生活を長く続けていると、女の気持ちがよく分かっているかのように振る舞えるものらしい。

 世間では、女性は共感の生き物で、男性は夢という妄想しか見ない生き物だという。

 たまに共感しあえそうな珍しい男(あくまでフリだが。)がいると、寂しいオンナなどイチコロなのだ。


「……事務官の彼女とは以前付き合いがあった」

「それで貴様はその彼女さんとやらとベットを共にして寝物語に王家の重大機密を聞いたわけだ。

 それでは、まるで西山記者事件ではないか。この世界でも特定秘密保護法が制定されるかもしれないな」

「いや違うよ。いくらなんでもオレはそういうことはしない。彼女と寝たこともない。司法学校の同級生で考え方が同じだったからウマがあったんだ。普通の付き合いだ。借金はいくらかしているが……。

 それにしてもなんだ?そのニシヤマキシャっていうのは?」

「うん?知らないのか?

 ナカムラ少年のもとの世界で昔あった事件だよ。リークした機密自体は真実であったのだが、聞き出したやり方が汚いというんで世間の関心がそちらに向いて取材の自由や報道の自由が結果的に軽んじられるようになった事件だよ。一般の人間はスキャンダラスな話しに弱いからな。世間とはどうしようもない。

 まあ、わたしが世間一般に対する皮肉で口走っただけだ。ヒモの貴様が気にするようなことではないさ」

「大尉さん。さっきからオレに対する風当たりが少々きつくないかい?心配して情報を持ってきてやったのに」

「ハン。何を言っている。

 貴様の心配はその事務官の彼女さんの安全と自分自身の保身ではないのかね。魔王と勇者のからくりが世間一般に知れ渡ると、王室から機密を漏らしたものへの追求の手が伸びうる。だが、情報の発信源がわたしやシルヴィアということにすればどうだ。自分たちには目が向けられずに安全でいられる。特にわたしは世間から事情通とみられているから、誰もが発信源と信じやすい。おまけにシルヴィアの命の危険云々と言っておけば、わたしのシルヴィアへの捜索にも力が入り、貴様の別れたシルヴィアへ対する良心の呵責も少しは軽くなるというところか。

 わたしは貴様のリスクなしで何かをやろうとするところが全くを持って気に食わぬ。

 少し教えておいてやろう。

 シルヴィアの居所も無事なのも知れている。オリンポスの定食屋で先に帰らされたナカムラ少年を保護してすっかり事情がわかったのだ。

 シルヴィアに餌をまき私とシルヴィアを消そうとした相手がこの世界の王室でも女神でもなく外部のやつということもな」

 

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