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鋼鉄の男3

 鋼鉄の男3



「マーチ!」


 黒衣の魔女が箒に飛び乗って号令をかけた。


 すると、前方では辺り一帯に散らばっていた旗つきの中世のラッパが持ち上がって集まり出し、列を作って一斉に高らかに音を響かせた。

 右側では鼓笛隊の太鼓が誰もいないにもかかわらずナポレオン時代の行進曲を打ち鳴らし始めた。

 そして、左後方ではスコットランド連隊の無人のバグパイプがその独特の音色を響きかせた。


 すべてが一斉に加速的な動きを見せ始める。


 音に呼応するように前方では中世の西洋甲冑の部品がズルズルと集まり、やがて形を作り何千という数の騎士が立ち上がり、一斉に剣を抜き放つ。

 右側では銃剣付火打ち式銃をもったナポレオン時代の擲弾兵の制服が何百という縦隊をつくって行進を始めた。

 後ろからはハイソックスにスカート姿の集団が大きく腕を振る独特の行進で追い抜いていく。


 少し離れたところでは古代ローマの軍団が隊伍を組んで前進し始めていた。



「これがわたくし共の準備した軍隊ですわ。

 どうやらシルヴィアさんの兵器とやらは壊れていらっしゃるようですから、わたくしの側だけでお先に作戦を始めさせてもらいますわね。

 ごめんあそばせ。オホホホホ」


「亡霊の軍隊か!数えきれないほどいる」


 目を丸くしたシルヴィアが唸った。


「もっと驚いてくださってよくってよ。

 実際にその数、600万ですもの。

 ナポレオンのモスクワ遠征が40万。ナチスドイツのバルバロッサ作戦が300万。

 それに今は春。冬は遠く。敵に冬将軍はいない。

 しかも目的地はここからわずか20キロ先。

 負ける条件などどこにもありませんのよ。

 あ、これは協議会の部長の受け売りですけどね」


 黒衣の魔女が文字通り上から目線で、シルヴィアに向かって話しかける。



「……」


「あまりの数に圧倒されて言葉も出なくなりましたか。シルヴィアさん?」


「……」


「どうしたんです?一体。

 もっと驚いてくださっていいのですよ。渋面を作って無言では困りますわ」


 黙りこくったシルヴィアを見て黒衣の魔女が不審がる。


「なんとかおっしゃって下さいよ。ひとりじゃ疲れるんですけど」

 

「……前回からこの話は変だ。

 壊れた器械とか。あくの強い二人組とか。

 なんでこんな連中にわたしが振り回されなければならないんだ!

 ここはもっとシリアスな場面展開のはずだろう。

 このままこいつらと会話を続けるとわたしのキャラが崩壊してしまう。

 ああ。なんてことなんだろう。

 こういう立ち位置は大尉の仕事であって、わたしの受け持ちではないはずなのだ。

 わたしはクールな二番手にいるはずなのに!」


「見ず知らずのわたくしに身内の愚痴をこぼされても困りますわ。

 それよりチャンと会話して下さい、わたくしと」


「……」


「ねえ?また黙りこまれては困りますう」


「悪意を感じる。

 この話しにわたしに対する悪意を感じる。

 つまりなにか。わたしでは絶対に話しの主役は張らせてもらえないというわけか。せっかく家族の秘密とか、幼年期のハズカシイ過去とか、十代後半の苦い別れとか語った挙句がこれか!」


「ひとりでブツブツ言わないように。危ない人と思われますよ」


「フン。どうしてもわたしにセリフを言わせたいらしいな、魔女殿は。

 では、ご期待に添うように言ってやろう。話しを進める上では仕方がないからな。わたしはもう諦めたよ。


 言うぞ!よく聴けよ!


 あ・れ・はいったいなんなんだ!


 仕込だろ、お前の!」



 シルヴィアの指さす方には、吊った勲章の重みでよろよろと歩む老人の大集団がいた。

 補聴器をつけ老眼鏡をかけていても銃を担いでいるのはまだマシな方だった。中には点滴を受けつつ担架に乗った老人までいる。


「あっ。あれはですね。わたくしのせいではありません。

 それと、老害という名の亡霊とかという英国流のブラック・ジョークでもございませんわよ。

 実はわたくしの協会にもあわてんぼの組合員さんがいましてですね。

『古い軍服や銃ならいいやと術をかけたら、使用してらした方たちがまだ生存中で、道具に漏れなくついてきちゃいました。テヘ♡』だそうです」


「なぜに弁解から入る?おまえがそのあわてんぼさんじゃないのか?

 彼らはみんなお国のために尽くした人たちばかりだろ。尊敬して労わってやれよ。連れてきちゃダメじゃないか。

 わたしの国でも戦勝記念日だとかにあの手の勲章を着飾った老人たちが集まるけど、ファシストから国を守った立派な人たちで、決して鬱陶しがっちゃいけないんだぞ」


「あれ?少し本音が出ませんでした?」


 黒衣の魔女が目を細める。


「そんなことはないぞ。

 彼らの若いころの自慢話に耳にタコが出来そうになったとか、そんなことはみんな我慢して拝聴しなきゃいけないことなんだ。

『弱音を吐くな。わたしが若いころなんて……』が口癖でも口答えしてはいけないいんだ。

 彼らはな。彼らはな。

 若いころ国に文字通り生命をかけてさんざん献身したのに、今じゃロクな年金ももらえず満足のいく生活を送れない、本当の意味での被害者なんだぞ。

 多少鬱陶しくても、彼らの味方にならなくてどうするんだ!われわれもいずれそうなるのに」


「ナアナア、マスター。イイタイコト、ワカルケド、ハナシノホンスジカラズレテルデ」


「壊れた器械は黙っていろ。本筋からズラしたのは魔女の方なんだ。それにお前が壊れていなければ魔女なんかにデカい面をされずに済んだんだ。おまえにも責任の一端はある!

 ……。

 見ろ!話しのあまりの理不尽さに大尉の語調になってしまったじゃないか。ただでさえキャラがかぶっていると不評なのに!

 もう嫌だ嫌だ嫌だ!リューダ、もうお家に帰りたい!」


「へー。マスターノホンミョウハリューダトイウンヤ。カワイラシイヤンカ」


「あっ!」



 シルヴィアの本名はリュドミーラ(愛称リューダ 可愛い人の意)・アンドレエヴァ・プリヴィーコヴァという。

 過去を捨てた女の本名は意外と可愛い。



「わたしの本名などどうだっていいから早く話しを進めろ!魔女の名前も魔女の属している正体不明の協会も敵である赤いライオンの説明もなーんにもされていないじゃないか!」



 今日のシルヴィアは随分とご立腹である。なぜだかわからないが。





 




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