鋼鉄の男2
鋼鉄の男2
慌てたシルヴィアはケースの中に入っているマニュアルを探した。
「ダメだ。読めない」
手に取ったマニュアルを見てシルヴィアは絶望した。
マニュアルはすべて古代ギリシャ文字で書かれていたのだ。
魔女がそんなシルヴィアに向かって呑気そうな声をかける。
「へー。貴女、ユトリ世代なの?
昔はラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語は古典学習の必須だったんだけどな。
わたくし、困っている人を助けるのはやぶさかではありませんわ。
どれ、お姉さんが見てあげましょうね」
シルヴィアはキッとしてマニュアルを取り上げようとする魔女の手を掴む。
「わたしはユトリ世代とは何のかかわり合いもない!遅れてきてそのうえ大変なことをしでかしたのに何て言い草!
これは明らかに反革命的サボタージュで反革命的破壊活動でそのうえ反革命的ブルジョワジー的な言説だ!
社会主義に謝れ!そして自己批判した上であの兵器を直せ!」
「なになに。
この度は製品のご購入ありがとうございます。
インストールについての確認および注意事項
1.3GHz以上のプロセッサ
Doors7古代ギリシャ語版
256MB以上のRAM(512MB以上を推奨)
320MBの空き容量のあるハードディスク
旧バージョンは複数インストールできません
重要!ダウンロードやインストールができない場合には適当に叩いてください。たいていの場合はそれで治ります。
それでも修復しない場合にはへーパイストオスINC本社までご連絡の上製品の返送をお願いします。なお、修理代金につきましては後日請求いたします」
魔女はシルヴィアの抗議の声などどこ吹く風とばかりに淡々と読み上げる。
「なんだ簡単じゃありませんか。
あーあ。貴女、購入した電化製品のマニュアルを読まないタイプなのね。
読んだ方が結局、時間の短縮よ。
覚えておいた方がいいわよ。試験には出ませんけどね」
「……」
なにも言う気力のなくなったシルヴィアはケースからこぼれ落ちた銀色の筒を手に取る。
「ああ。最初から叩いちゃだめよ。まずはインストールを試さなきゃ」
「そんなこと分ってるよ!」
シルヴィアはいら立ちのあまりブルブル震える手で首から吊っている陶片を筒に差し込んだ。
すると、筒の上部が回転してせり上がり開口する。
「ガー、ピピピピー。ガ、ガガ、ピピピピ。ピー、ピー、ピー」
「見ろ。やっぱり壊れてしまった。魔女と酒に意地汚いコサックのせいだ。これは反革命的犯罪行為だ!」
「……シツレイヤナア。ウチ。コワレテヘンデ。
アンタガウチノマスターカ?ウチ、センチャン」
銀色の筒が突然しゃべりだした。
ここにナカムラ少年がいたら『なんで関西弁?』と突っ込みを入れていたであろう。しかし、シルヴィアは日本文化が大好きでも関西弁は知らなかった。昔レニングラードで観た地下出版のビデオはすべて標準語仕立てだったのだ。
「やっぱり壊れている。
あー、なんてことだ。苦労して借りてきたのに。
これでは、へーパイストオスに怒られてしまうではないか。
そこの二人。オリンポスまで行って一緒に謝ってもらうぞ」
「マニュアル通りに叩けばいいんじゃない?」「馬なら馬肉屋に叩き売るぞと耳元で怒鳴るのが一番だけどな」
全く反省のない二人から微妙なアドバイスが出された。
「ナアナア。ナーッテ。
サッキカラ、ウチ、アンタガマスターカドウカキイテルネン。イエスカドウカハッキリイウテヤ。
ナア、ドウヤネン」
「そうだよ。
わ・た・しがお前のマスターになるはずだったシルヴィアだよ。返品確定だからもう関係ないけどな!」
「ソヤカラ、ウチ、コワレテヘンッテ、イウトルヤン。
ヒトノハナシ、キカン、マスターヤ。ショウガクセイノコロ、センセイ二チュウイサレンカッタン?
ソンナコトヨリ、マスター。
ユーザーIDノセッテイシトクカ?
シトイタホウガエエデ。シトカント、ウチ、タニンサンニモエエヨウニツカワレテシマウカラナ。
ア!ウチ。イマハズカシイコトイユテシモタ。エエヨウニモテアソバレテシマウヤテ。アー、ハズカシイ。
モー、マスター。ウチニハズカシイコトイワサントイテヨ。マスターノエッチ」
この器械、関西仕込みの一人ボケ・ツッコミができるようである。
シルヴィアはこれで日本文化好きをやめてしまうかもしれない。




