赤毛の男 2
赤毛の男 2
私はいつも間違ってばかりだ。
もちろん役目に違いないので、レナードへ青色のバッチを渡したことに後悔はしていない。
しかし、あえて保守派の意図に乗るはずだったのに結局改革派に利用されて終わった。バッチはレナードの役に立つばかりか、かえって窮地に陥れた。あまり気分のいいものではない。
それにしても、青色のバッチの利用が警察署で張られた保守派、改革派両方の罠だったとは気がつかなかった。
その前に襲撃があったから、私は最初から私の殺害を目的にしたものだと決めてかかっていたのだ。今となっては、誰が襲撃した連中に私の情報を漏らしたのかも謎だ。保守派の連中か。いや、わからない。
アンドレアスが警察署の前でした、私が殺されるとの警告も当然ブラフだった。
うまい具合に担がれてしまった。アイツがにやりとした時点で気づくべきだったのだ。
そして、気にしても仕方がないはずだけれども、レナードの語った、送り手の黒い塊の贈り物の意味がわからない。
私を苦しめるためのブラフの可能性も高いが、この世界に対する災厄だとしたらという思いで私は全国各所の保安局と秘密警察に調査の指示を出した。
レナードの語ったことをそのまま信じれば、少なくとも17年前に送り手は私の存在を予期して手を打っていたことになる。
17年前といえば、私がまだ少年行動団にいた頃だ。送り手は時間を超越でもするのか。本当にわけがわからない。
精霊たちや亀にまで相談したが、17年前から今日まで黒い塊の危険物など感じたことはなかったそうだ。
彼らが唯一黒い塊で思い出したものが日食だった。その日食もあと30年経たなければ出現しないとのことだ。ますますわからん。
黒い隕石でも降ってくるのだとしたら私ではどうすることもできない。
事件が広く知れ渡るようになると、自分の子供たちが転生者ではないかという相談が増えた。レナードの父親の二の舞になることを恐れたものらしい。
これまでは転生者の存在は隠されるのが普通で調査に難航していたことに比べれば喜ぶべきことなのであろうが、その現金さになんとも言えない気分にさせられた。
それにしても、この騒動を裏で操っているのはアンドレアスに間違いない。まったく面倒な奴だ。
奴のために市民は狂騒状態だ。
おかげで、エリザベス伍長がレナードを殴ったことなど何の話題にもならなかった。それがいいことかどうかは判らないが。
私が色々と考えていると、秘密警察のエスター支局長がやってきた。
「大尉殿。依頼されたアンドレアスたちの動きですが、やはり異世界人たちを集めて煽っているようです」
「どれくらい集めているんだ」
「都市部で1割程度。地方ですと2割弱くらいですか。なかなか苦戦しているようです」
エスター秘密警察支局長が報告する。
これを多いとみるか、それとも少ないとみるか。
マフィアや全体主義者の常套手段を知る私にとっては十分脅威になる数字だ。
この国の異世界人を除いた人口が60万人程度、把握している異世界人は4千弱。異世界人の多くは都市部に集まっており、3千を超える。つまり、アンドレアスが集めた異世界人は都市部で300人以上、地方で150人程度。
こいつらが洗脳されて自分たちの同胞に暴力をふるいはじめたら、異世界人4千は全員回れ右となりうる。
全体主義者のやり方は教室での虐めの拡大版と考えた方が早く理解できる。躊躇なく暴力をふるう少数の集団に嫌嫌ながらも全体が支配されてしまうという構造はよくあることなのだ。
アンドレアスはなにを思って異世界人4千を駒にしようとしているのであろうか。
さらに私がエスターに保守派の動きを尋ねると、
「どうやら市民の抗議で身動きがとれないそうで、当分本体の方は死んだふりでやり過ごすつもりらしいです。
その代わり、私たちとアンドレアスとを相争わせて漁夫の利を得ようと企んでるみたいです」
エスターはポニーテールを揺らして、実に聞きたくないことを報告する。
また工作を仕掛けてくるヤツに私が応対しなければならないのか。勘弁してほしい。
エスターは厚い報告書の束を私に手渡すと、ポニーテールを揺らして帰っていった。
私は苦々しく野暮ったいエスターの後ろ姿を眺めてエスプレッソを口に含む。
精霊たちの秘密警察は実に優秀だ。どういう仕掛けか私には理解できないが、彼女たちはどんな秘密でも探り出してくる。
彼女たちに隠しごとのできる人間なんてどこにもいないみたいだ。
ただ残念なのは彼女たちの服装だ。
秘密警察なら私服だろうと考え、私は彼女たちの自由にさせたのだ。
すると、よりにもよって彼女たちは独自の調査で調べてきたザールラントの秘密警察員の服装を基準にしてしまった。
なんでだ。あの野暮ったい奴らの真似をして何が嬉しいのだ。
アレを選ぶ神経が解らない。
糊の効いた固い白のカッターシャツ。いかにも田舎のおじさんが着てそうな焦げ茶色とか溝鼠色とかの面白みに欠ける色の上下のスーツ。そのうえに羽織るのが黒の不格好なレザー・コート。
しかもだ。彼女たちにはまったく必要ないはずの自動拳銃をホルスターで肩から吊るしている。それも、わざわざルガーをコピーして。私が好きではない拳銃だ。
そして、秘密警察の全員が髪の毛をポニーテールでまとめている。
意味がわからない。
そこまで画一的に揃えてしまうと、ひと目見ただけで誰でも秘密警察の者だと判ってしまうだろうが。何のために私服としているのか彼女たちは理解しているのであろうか。
私は秘密警察の仕組みとその役割りを大まかに説明しただけで、その組織・編成諸々のことは長官に選んだマルグリットというとても強い精霊に丸投げした。
だから、いまさら強く言える立場ではないのだが、これは酷すぎるだろう。
なんとかして欲しいものだ。
欲を言えば、私を取り巻く現状を含めてもだが。