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赤いライオン 3

 前回投稿してからはや4か月以上が経過していたとは……。時が過ぎるのは早いですねえ。

 前回。なんだかウクライナ辺りがどうもきな臭いな、と思っていたら、案の定。最悪の情勢になってしまった。

 あの辺りの話しは帝政ロシアのコサック政策、レーニンやスターリンの負の遺産、ソビエット時代からの軍需産業、諸々の話しが複雑に絡んで本当によく分からないです。東側の住民と西側の住民とでは全く立場が違うらしいですし。民族主義者がうじゃうじゃいるし。結局、憎しみの連鎖はつまらない結果しか生まないようです。

 赤いライオン3


 エフゲニーと名乗る中年男のそばにはナカムラ少年しかいない。


 シルヴィアは身体を乾かすため近くの川柳の陰で衣服を脱いで、それっきり動こうとはしなかった。

 銃器の手入れはすでに終え、今ではナカムラ少年にとりに行かせたギターをつま弾いている。


「エフゲニーさんはどうしてここへ?」


 ナカムラ少年が声をかける。


 声を掛けられた中年男は勝手にシルヴィアの私物を漁って見つけたウオッカの小瓶を開け、十字を切って息を吐き、今まさに飲もうとしているところだった。


「……クウッ!へへへ。堪らんねえ、こいつは」


 エフゲニーは無精髭についた滴を右の拳骨で乱暴に払う。


「もう一杯飲んでから話してやるよ。待ちな、坊主」


 中年男はそう言うと、今度は曇ったグラスになみなみと注ぐ。

 眼が輝いでいる。酒飲みの眼だ。

 そうしてグラスを掴んだ右手の小指だけを立て、グイっと呷る。


 ごつい手だけになんだか妙なおかしみがある。ナカムラ少年もおもわず笑ってしまった。上品には決して見えはしないが。


「ウーム。効くな、コイツは」


 エフゲニーは飲んでしまってから顔を顰めた。


「フンっ。そういや、話だったな。

 時間がないから手短に言うぞ。俺はドン・コサークの一員としてカフカスにいた。そこで赤軍のやつらと戦っていたわけだが、1918年の夏に負けて仲間と敗走した。

 敗走の途中で霧に巻き込まれ仲間とはぐれた。コサークがステップで馬を走らせながら仲間とはぐれるなど本来ありえん話だ。しかし、実際にはぐれてしまった。

 俺は思わず十字を切ったぜ、なにか悪いものにとりつかれたんじゃないかと思ってよ。

 それから馬を延々と走らせたが、目にするものは草地と乾いた大地ばかりで何もない。

 霧が晴れて妙に赤い夕陽の中、気味悪いと思いながらも馬を走らせるしかなかった。

 それからどこをどう走ったか、まるで分からねえが、とにかく糸杉みたいな雑木がひょろひょろ生えた林に入った。すると、一軒の百姓家があった。

 結論から先に言うとだな。そこは魔女の家だった」


 中年男はナカムラ少年の反応を見るため、いったん話を止めた。


「で、魔女にチョッカイかけて、湖の中に沈められたと」

「チョイ待てよ。坊主。俺は紳士なんだぜ。俺が見境なく声かける人間に見えるのかよ。好みの女にしかしやしないぜ。人の女房寝取ったのも我慢して4回こっきりだしよ。あれ。いや5回だったっけなあ。

 とにかくおれは肉感のある、こうケツのでっけえ女しか好きにならないんだぜ。あんなガリガリの女には興味がない」


「おまえの武勇伝などどうでもいい。おまえがここへやって来た目的を早く言え。似非コサックが」

 

 中年男が調子づく前にシルヴィアが木の陰からどなる。


「おれは正真正銘のコサークだぜ。母親の名前にかけたっていい。それと聖母様の御名にかけて誓ってもいいぜ」

「なら、なぜお前の口調にウクライナ訛りがないんだ?同志ブレジネフでさえウクライナ訛りだったぞ。ウクライナ訛りのないコサックなんて、勲章をつけていない同志ブレジネフ位怪しい過ぎるぞ。

 それにお前は父称を名乗らなかった。わたしがロシア人であることに気づいていながらな」


「いちいち細けえ、御嬢さんだ。

 いいか。コサークと言ったって色々いまさあな。クバーニ・コサーク。アムール・コサーク。アストラハン・コサーク。エトセトラエトセトラ。そんなかでも大きくロシア寄りの連中とウクライナ寄りの連中に分かれているんだよ。そして、ドン・コサークは皇帝陛下に最も忠実で、税を免除してもらっている代わりに命でご奉仕しているわけよ。ロシア寄りのの最右翼、つうところだな。だから、ドン・コサークにはロシア語しかしゃべれん連中なんてゴマンといまさあな。

 それと、おれが偽名を名乗ってるのも用心のためさね。魔女に本名名乗ってえらい目に遭わされたからな。おれだってそれくらいの知恵はあるんだよ。偽名に父称なんて必要ねえだろう。分かったかい。ボルシェビキの御嬢さんよ。

 偽名を名乗られて気分を害したって?じゃあ、御嬢さんは本名を名乗ってんのかよ。そういうのをてめえ勝手というんだぜ。

 へっ。テメエの親玉のレーニンとかいう奴だって偽名じゃねえか。トロッキーとかいう奴もよお。

 あいこ、あいこ。細けえことは気にすんねえ」


「わたしは偽名を名乗っているわけではない。かつての名前は捨てたんだ。過去と一緒にな!」


「へーえ。それは大変な過去をお持ちで。おみそれしやした。

 しかし、こう話の腰を折られたんじゃ話しづらいな。

 知らねえぜ。おれの貴重な忠告を聞かずに後で後悔してもよ。

 正確にはあと1時間くらい後に小部屋の中で内務人民委員会の青帽野郎に囲まれて、ガツンガツンやられてもな」


「どういう意味だ?」


「おれも中継監獄で聞いたんだが、ここは御嬢さん方ボルシェビキのいうところの地上の楽園だそうだ。99人が泣き1人が笑う、歌と踊りの天国だとさ。

 早い話がヨシフ・スターリンとかいう髭野郎が独裁体制を敷いていて、なんでも奴の言うとおりなんだよ、この世界ではな。

 なぜそのスターリンとかいう野郎が赤いライオンに気に入られたんだか全く謎だが、とにかく気に入られていて忠実な部下を無尽蔵につけられていてさ。この世界では誰も奴に反抗できない仕組みになっているのよ。

 外の世界から来たやつらはまずは赤いライオンに蒸発させられちまうか、おれや1時間後のアンタらのようにジェルジンスキー広場の建物の中で尋問受けた後、よくてラーゲリ送り、悪くてその場で銃殺となるというわけさ」


 中年男は意味深に片目を閉じてみせた。


「なんでお前は銃殺されなかったんだ?」


 不信感で一杯となったシルヴィアが問う。


「されたさ。何度もな。

 殴られもしたし、水にもつけられたよ。一か月くらい飯抜きにもされたな。

 でも、おれは死なない。

 なんたって魔女に呪いをかけられてるからな」


 中年男は不敵に笑いかける。


「で。おまえさん方はどうなの?おれと同じで不死身とかなのかい?不死身でなかったらチトやばいぜ、この世界では」




 

 

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