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赤いライオン2

 赤いライオン2


エフゲニーと名乗る男は銃を突き付けられても落ち着いていた。


「コサークは嘘は言わない。嘘をつく頭の使い方はしないんだ。我を通すときはいつでも拳で決着をつけるからな」

「御託はいい。さっさと話せ」


 にべもないシルヴィアの反応にも男は動じない。目を細めて伸びた顎の無精髭をなでるばかりだ。


「敵か味方かについては、あんた方がなんの目的でやって来たかによるな。 でも、俺もあんた方と同じように別の世界からやって来た人間で、それも最近のことだ。今の時点では目的が相反するなんてことはおよそあり得ないね。まあ味方と思ってくれていいんじゃないのか。

 ボルシェビキの御嬢さん」

「嘘を吐くな。

 遺跡の奥の部屋は封印されていた。それに、もといた世界では銃の存在を知る者は限られていた。おまえがいたとは考えられん」


 シルヴィアは自分が自身より60年も前の人間を相手にしていることを知る。それも国内戦の敵方(白衛軍)のコサークだ。


「へっ!ボルシェビキは教条的だな。

 いいか。湖底の出口は共通してても入口は一つとは限らないんだぜ。いくつもの世界と繋がっているのさ。

 あんた方の前を俺も含めて何百何千という人間がいきなり水の中で驚いたんだよ。 

 自分たちだけが特別なんだと思うのは、思い上がりというもんだぜ」

「仮にそうだとして、ここら辺りには埋められたおまえ以外人っ子ひとりいないのはどう説明する。何百何千もの人間が訪れたにしては寂し過ぎるんじゃないのか?ええ?」

「へっ!その理由はもうすぐ分かるさ。

 俺はたとえ相手がボルシェビキで生意気な小娘でも恩人には礼儀をもって遇する性質(たち)なんだ。

 そん時が来たら、いいことを教えてやるぜ」


 自慢の馬も鞭もサーベルも銃も持っていないのにこの男の落ち着きぶりはなんだ。そして、一体何がやってくるというのだ?


 シルヴィアは油断なく辺りを警戒する。


「ほら。噂をすればなんとやらだ。お出でなすったぜ」


 エフゲニーの指し示す方角に白いプラトークで頭を包んだ少女が忽然と立っていた。


 シルヴィアはその存在に非常な違和感を覚えた。

 姿かたちは人間でも、少女から人の生気といったものがまるで感じられない。

 よく見れば椅子かなんかが置いてあったのにたまたま気付いたというのが一番近い感じだろうか。


「貴女は何者なの?皇帝陛下かしら?それとも王様?将軍閣下かも?靴屋かもしれないわね?はたまた村の大工?鍛冶屋?それともパン屋かしら?

 答えて。ねえ、答えて」


 確か10メートルは離れていたはずなのに、少女はシルヴィアの目の前にいた。


「いいか。ボルシェビキ。よく聴けよ。

 奴の質問にまともに答えようとするんじゃねえぞ。職業名を口にした時点であんた方は蒸発することになる。終りだ。

 口にしていい答えは一つしかねえ。

『わたしは何者でもない』

 そう言えば、奴は諦めて去る」


 男はここぞとアドバイスをする。

 だが、シルヴィアは男にも少女にも答えることなく、至近距離から銃弾を少女の頭と左胸へ叩き込んだ。


「お家の黄金色の玄関先で一杯人が待っているの。

 だから答えて。さあ、はやく答えて」

 

 少女は橙色の瞳を光らせながらシルヴィアに掴み掛らんばかりに迫る。

 シルヴィアの必中の攻撃も少女を少しも傷つけることはなかった。服に綻びすらない。


「分かったかい。ボルシェビキの御嬢さん。こいつが赤いライオンさ。

 そうさ。

 姿かたちは一定しないがな。俺んときは、杖をついた爺様だった。

 いや。俺たちにはそう見えるだけであって、本当にコイツに姿かたちがあるかどうかさえ疑わしい。

 へっ!まあ、煙みていなもんだ。

 サーベルでぶった切ろうが銀の弾丸を撃ちかけようが、こいつを傷つけることはできねえしよう。

 でも、安心しな。

 コイツの質問にさえ答えなければ、何の障りもねえ。コイツは攻撃を仕掛けることが出来ねえんだ。

 煙みてえなもんだからよ」


 薄気味悪い少女に詰め寄られても、シルヴィアは平然としていた。そして、彼女は銃に安全装置を掛けると地面に置き、腰に右手をやった。


「まだ無駄玉撃とうというのかい。ボルシェビキの御嬢さん。

 さっさと教えられたとおりに言えよ。

 身体に障りがないことが判っていてもコイツは薄気味悪い。

 早いところ追い払え」


 エフゲニーは嫌そうに顔を顰めてみせる。


「黙っていろ。

 おまえの言うことが本当だとして、ここでコイツを追い払っても、コイツは湖にいるナカムラ少年のところへ行くに違いない。

 ナカムラ少年は間抜けなうえおまえの話しを聞いていない。

 わたしにはナカムラ少年の身を守る義務がある。ナカムラ少年がやってくるまで時間稼ぎをしないでどうするんだ?」


 シルヴィアは愛用のデザート・イーグルのスライドを引くと、少女の眉間に銃口を突き付けた。


「失せろ」

 シルヴィアは引き金を引く。


 エフゲニーはシルヴィアらと出会ってからはじめて驚きの表情を見せた。

 轟音とともに少女姿が霧散したからである。


「くっ。しまった」

 誰かさんのおかげで内功の達人となっていたシルヴィアには、遠くで語るナカムラ少年の声が聞こえた。


「はあ。僕が何やっている人かって?

 えーと、ねえ。最近あまりそれは考えないようにしているんだ。精神衛生上悪いから」


「ナカムラ少年!それ以上しゃべるな!」

 シルヴィアは絶叫しながら湖の方へ駆ける。


「えー。どうしても聞きたいって?

 チッ。しょうがないな。正直に言おう。

 前世と違ってヒキコモリは卒業したけど、未だニートとさ。

 えっ。ニートの意味が分からないって?

 ううっ。説明に困るな。まあ言うなれば透明人間だな。社会から無視された存在。

 ちゃんと生きちゃいるんだけどね、人様から存在しない扱いを受ける人たちさ。

 前世で母さんが言ってたけどさあ。近所の人たちとの会話で僕の名前が挙がりそうになるたびに一瞬の間があってから露骨な話題転換があるんだってさ。

 あの頃、僕はまだ高校生でヒキコモリだったけど、ニートじゃなかったわけよ。もしかしたらこのままいけば将来ニートになるかもしれないニート予備軍でしかなかった。それでも、あの扱いよ。

 その僕が今じゃ正真正銘のニートさ。その扱いは推して知るべし。

 暴力女大尉には殴られるしさ。

 酷いと思わない?ひどすぎるよ。誰もニートになろうとしてなるわけじゃないのにさあ。

 えっ。まだ分からないって?

 つづめて言えば、なんでもない人!そういうことさ!

 赤の他人の君には僕がニートであろうとなかろうとホントどうでもいいことだろう。だったら、ほっといてくれよ!」

 

 ナカムラ少年が切ない気持ちになって叫んだ瞬間、少女は姿を消した。


「あれ!本当に放置してどっか行っちゃった。

 ひとにキツイこと聞いたんだからさあ、慰めてからどっか行けよ。馬鹿野郎!」


「バカは君だよ」

 ようやく湖岸にたどり着いたシルヴィアは呟いた。




 

 


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