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脱線6つづき5

 脱線6つづき5



 エリエールの長話にわたしは灰皿へシガレットの吸い殻を重ねる。


 話しをするエリエールの横顔を見ながらわたしは考える。

 わたしはなぜ嫉妬の念を覚えるのだろう。

 以前は彼女よりも美形(一般的な評価の)のエルフを見てもなんの感慨も浮かばなかった。わたしの異性を見る目が変わったからだろうか。無意識に恋愛の対象を取られるとでもおそれているのだろうか。

 なぜだ?

 わからない。


「……わたくしって、ほら。やさしいでしょ。大昔にある男の願いを叶えてあげると、それを聞きつけたひとたちが我も我もと急にわたくしを敬いだして、頼んでもいないのに神殿はできるは、神官と称する人たちがすまし顔で何か儀式みたいなものを執り行うはで大変な騒ぎになって。

 結局、女神とかに勝手に奉られちゃったんですの。わたくしは自分から女神と称したことが一度もありませんのにね。

 女神とかいって奉られても何もいいことがありませんのよ。はた迷惑なだけですし。特に困ったのが、信者とか称する人たちが自分勝手な願い事をしてくること。そりゃあ、疫病で村が全滅しそうだから救ってくださいとか戦争で困ってるので助けてくださいとかいうのは深刻でまだ同情する余地もありますけどね(願いを叶えるかどうかは別として。)。

 家庭円満だとか浮気する夫をどうにかして下さいとか、拾ったネコを飼いたいんで母を説得して下さいとか、何々君と結婚したいんですとか、お金下さいとか、そんな願いをわたくしに一体どうせよというのでしょうか。

 それに、特によくわからないのが願掛けというやつですわね。酒断ちするからなんとかの願いをかなえてくださいとか言われても、わたくしにとってなんの得があるのか全く不明ですわ。

 そもそもなぜわたくしが人々の願いを叶えなくてはならないのですか。

 神殿に供物が奉納されたり寄贈があったりしますけど、みんな神官が懐へ入れるのであってわたくしは一度ももらったことがございませんのよ。

 まあ能力のあったころはわたくしも欲しいとも思いませんでしたから、それはどうでもいいのですが」


 エリレールが困ったふうに語る。神殿から見放されている実情がこれか。

 まあエリエールの言いたいことは分かる。

 信仰と契約とは違う。仮に神様だとしても、勝手に信心されて願い事をされて必ず叶えないといけないなんて困るわな。そんなもの対価にもならないし。

 信仰とは個人の内面におけるなにかを敬う気持ちだろう。敬うことに何らかの利益を求めること自体おかしい。信者もご利益があるから信じているわけではない。信者の祈りは、自己に対する決意表明であったり他者に対する慈しみの現れであったりするものだ。決して自己に対して利益を呼び込むための儀式ではない。


 まあ、そんなことはどうでもいい。わたしが知りたいのはシルヴィアのことだからな。

 

 一か所気になるのは、エリエールが「能力があったころ」と言ったことだ。初めて会った時などギルドの受付から髪を引っ張って引きずり出せたほど彼女は弱かった。それ以前は違ったのか。なんらかの理由で失ったとでもいうのだろうか。あるいは……。

 とにかくシルヴィアを拘束するだけの力が第三者へ渡っているとしたら困ったことになる。


「でも、エリエールは女神というかどうかは別にしてこの世界を管理しているのではないのか?勇者を召喚して人間と魔族のバランスをとっていたのではないのか?」

「管理なんかしていませんわよ。わたくしにとって本来人間が増えようと魔族が栄えようとどうでもいいお話ですもの。

 わたくしはこの世界で突出して能力を持っていたというだけですわ。

 勇者召喚のはじまりはこの(ドン・カルロ)の先祖に当たるロクでなしに色仕掛けで騙されたのがきっかけですの。2000年ほど前に魔族の侵攻で人間が滅びかけたとき、ロクでなしが寂しかったわたくしに甘い言葉で未来永劫愛し仕えるとかいうものですからつい情にほだされてやってしまったことです」

「おかしいではないか。今まで何回か勇者召喚があったと聞く。それに魔王の誕生はなんなんだ。おまえが手を貸しているのではないのか」

「……そのロクでなしはわたくしを裏切り、わたくしとの間に儲けた子供を連れ去って他の女と結ばれましたの。ずるい奴で、そのうえわたくしとの子供に王位を譲り、肉親への情愛でわたくしが人間に対して攻撃できないよう仕向けましたの。

 もうわたくし、腹が立って腹が立って。それで未来永劫魔族を使って人間とくに王族たちを苦しめてやろうと考えたのです」

「私怨で魔族を騙しているのか。それではおまえもそのロクでなしと同じ穴のムジナではないか」

「あら。お分かりになりません?この仕組みで一番得をしているのは魔族ですわよ。人間というのは欲深い生き物で欲の実現に対してはかなり執拗です。戦争で疲れさせないと、たちまち技術革新やらで強大に増殖して自分たち以外の生き物を絶滅させる凶悪な存在ですわ。逆に人間を本当に絶滅させてしまうと、対抗勢力である魔族もモチベーションを下げてかえって衰退してしまう。人間を生かさず殺さずの状態が一番魔族にとって都合がいいのですのよ。

 それに、もともと魔族は人間に住むところを追われて敵と認識していましたから、わたくしは耳元で人間というのは酷い生き物であると囁いてその認識を支持してあげただけですわ。

 もちろん魔王はわたしが作りましたがね。勇者召喚と対で。基本、勇者は魔王討伐だけしかしませんから」


 魔王を作れるか、か。嫌な予感がしてくる。

 それにしてもエリエールよ。随分普段の能天気でバカっぽい様子と違うではないか。


「だったら、おまえは魔王討伐だけでなく神様召喚して人間を保護したうえ人間の文化を底上げまでしてバランスを崩したわたしに強い恨みを抱いているわけだな?

 なにか特別な能力があるみたいだし、おまえが(シルヴィア誘拐について)一番怪しいことになりそうだな」

「いいえ。わたくしはシルヴィアさんの失踪とはなんのかかわりあいもありませんわ。だって、動機がないですもの。

 最近、勇者召喚してバランスをとるやり方についてはもうどうでもよくなってしまいましたし。人間を、特に王族をいたぶる別のやり方を見つけてしまいましたから。ああ、断っときますが、今すぐにはどうこうするつもりはありませんのよ。わたくしだって楽しい生き方をする権利があるはずですもの。いまはここでの生活が楽しいので、自分からわざわざ崩すようなまねはしませんわよ」

 

 随分とわたしの道楽に付き合わされてなったセックス・シンボルやファッション・リーダーの生活がお気に召したような口ぶりだな。

 しかし、それは本当のことだろうか。そういった存在に擬態してわたしや他の者を欺いていないと誰が言い切れる?バカっぽい振りをしてうしろからザクリとか。


 わたしにはマルグリットたちのように他人の頭をのぞける能力はない。エリエールに対して疑惑だらけだ。


 少し別の奴の意見も聞いて見極めてやるか。


「最近、別のやり方を見つけたとか言ったな。この(ドン・カルロ)はわたしに何かエリエールへ言いつけてほしいとの話しだったぞ。おまえは何をこの男にしたのだ?わたしはシルヴィアのことで忙しいのだ。決闘とか余計なことに巻き込むな」


 ドン・カルロが口を挟めるよう誘導してやる。この男も気になるのだ。わざわざ一昨日にこいつがわたしに会いに来たタイミングが臭い。わたしより先にシルヴィアの誘拐を知ってこちらを探りに来たとしか思えない。


「それはわたしが説明しよう。女神が王女クリネックスを連れ去り新たな女神エルモアに仕立てようとしているのだ。わたしは王女の護衛騎士だった。そして、王女の行方を追っている最中に女神に足を切られた。おかげで名誉も矜持もひどく傷つけられたのだ。わたしの願いは王女を返してもらいたい。それだけだ」

「しらじらしい。先祖のロクでなし同様、嘘つきなうえ自分勝手な男ですわね。

 5年前、わたくしが連れ去ったのではなく、男に騙されて妊娠した王女自身がわたくしのところへ頼ってきたのですわよ。

 口では王女の取戻しを言ってますが、この男の本当の狙いは王女の産んだ子供の方にこそあるのです。2000年前とまったく同じ。わたくしから子供を取り上げてよからぬことに利用しようという腹ですわ、きっと」

「女神ともあろうものが変な言いがかりはよせ。子供は王女が悲しむからついでにすぎない。それに本当に王女が外聞(妊娠がばれること)を気にして城を去ったと言い切れるのか。……その子の父親がだれであるかも本当に分かっているのか。王女が城から出ていった理由をわたしは知らない」

 ドン・カルロは言いにくそうにしながらも暗い熱のこもった目で言いきった。


「あら。なにをおっしゃりたいのかしら。男がもと婚約者だからといって王女を婚前に妊娠させても立派な行為として通るとでもおっしゃりたいわけ?甘い言葉に騙され結果だけ背負わされて人前でのうのうと生きていけるほど王女は強かったのかしら。

 おまえは王女王女と言うけれども、実際に気にしているのはしでかしたお前の弟と自分の(王女に逃げられたと評判になる)名誉のことしか考えていないはず。

 あさましい。

 おまえの名誉など王女が妊娠させられた時点で終わっています。

 それにおまえが足を失ったのも押しかけてきて守っている森の木々の罠にそれこそ勝手に引っかかっただけ。

 同情の余地すらありませんわ。

 ご主人様。生まれた子供はわたくしともと王女が大切に育てています。塔の中でね。貴女さまはある世界のラプンツェルという童話をお知りにならない?あの童話では魔女が世の男たちへの復讐の道具にするためにラプンツェルを閉じ込めていましたが、わたくしは世の男たちから王女たちを守るためにしているのですよ。

 どちらの言い分が正当か、貴女さまならお分かりになりますよね」


 どちらが正当どころかどちらの話しも信用できない。

 二人の話しが一致する以上、妊娠した王女が城を抜け出しエリエールのところで出産したことまでは事実だろう。だが、それ以上のことは何もわからない。王女がどういう動機で城を抜け出したか。子供の父親はだれなのか。 わからないことだらけだ。

 しかも、肝心のシルヴィアとの関係についてなにひとつ二人の話しから出てこない。

 ええい。まどろっこしい。

 このままエリエールとドン・カルロの言い合いを聞いていてもらちが明きそうにない。持っているカードを一枚切るほかないか。容疑者かもしれない連中にできれば書置きと要求の内容は知らせたくはないんだが。


「わたしは家庭裁判所の調停委員でもなんでもない。それに、どちらの言い分が正しいかなどどうでもいい。わたしが知りたいのはシルヴィアのことだけだ。

 ドン・カルロよ。おまえは『赤いライオン』の意味が分かるか?」

「……古くからあるおとぎ話の一つに出てくる獣のはなしだ。赤いライオンは子供をさらう凶獣で、何度討伐で傷つけられ殺されても翌日には完全復活してどんな英雄でも苦しめたという。最後は知恵者の罠にかかり海へと流されて退治される。でも、いつかは海を渡って帰ってくるとも語られている。子供を脅かすために使われている誰でも知っている話しだ」


 わたしはエリエールに実際に赤いライオンなどの魔物がいないことの念押しをする。

 それで、ようやく分かった。シルヴィアは『赤いライオン』を喩に使ったのだ。

 何度も何度も復活するもの。そしてどんな英雄でも苦しめ、さらにいったん消えてもまた海を渡って帰ってくると不安に陥れるもの。

 それは、わたしの勘だと噂を意味するはずだ。

 悪意のある噂。

 これほどやっかいなものはない。噂されたものが躍起になって消そうとしても周りに根を張りどうすることもできない。否定しても否定しても他人の口から無限に紡ぎだされるものだ。いったん消えてもまたいつ誰かの悪意で流されるか分かったものではない。


 シルヴィアはこんな難敵と戦おうとしているのか。でも、どこで何に巻き込まれて?それに誰についての噂だ?エリエールやドン・カルロに関係あることなのか?

 まだまだ情報が足りない。


 わたしはシガレットをさらに一本取りだすと火をつけた。


 わたしはふと思う。なぜこんなにシルヴィアのことが気にかかるのか。わたしは彼女のことなど何も知らないのに。

 彼女は謎だらけだ。彼女(本体)の本名すら知らない。もちろん彼女の家族の名前もかつて彼女が住んでいた場所の名前も飼っていたペットの種類もなにも知らない。知っているのは、彼女がかつて軍人で前線に出ていて人並みに苦労したということ。それと好みの料理と酒の種類だけだ(ロシア料理はどれもわたしの舌に合わない。油臭くてまずい。もっと上品なオリーブ・オイルを使え。ウオッカはまあいいだろう。しかし、へべれけになるまで飲むものではない。)。

 つまり、わたしは変わったのか。以前だと自分本位で他人のことなどどうでもよかったはずなのに。不思議だ。本当に不思議だ。




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