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脱線6つづき3

 脱線6つづき3


 わたしは事務所の一室で金髪の男と向き合っている。もちろん指にはシガレットを挟んで。

 ちなみにこの金髪はいつものトンチキ(ナカムラ少年)ではない。

 もっと年を食った、だらしない、腹の出た男だ。

 それに金髪といってもこいつのはきれいなブロンドではなく黒毛の混じったやつで、なんとも汚らしい。それに、少なくとも半年くらいは髪を切ってなさそうだし、櫛も絶対2週間くらいは入れていない。

 顔の半分は無精髭で覆われている。無精髭といってもわたしの好むカッコつけのためのやつではなく、正真正銘のただの無精髭だ。


「なんで呼ばれたか分かるか?トマス・ベケット君」


 わたしと相対して卑屈そうに椅子に前傾姿勢で腰かけている男は肩をすくめてみせた。


「さあ。……もしかしたら溜めている家賃のことですか?それともクリム(酒場の亭主)のところのツケ?ガルシアから拝借した小銭のことかな?

 まっ。いずれそのうちまとめて返しますよ。ボスコーノさん」

「いや、ちがうよ。

 しかし、どこからそんな発想が出てくる?なんでわたしが会ったこともない人間の取り立てに協力しなければならないんだ?

 みじめったらしい君の借金の返済のことなんか知ったことか」

「まあ、あちこち(借金を)してますからね。いずれ強面の人に会うことになると覚悟していたもんで」


 最低の男。

 しかも、聞き捨てならないことを言いやがった。言うに事欠いてわたしのことを強面だと。許せん。


「……なんでそういう誤ったイメージなのかな?冒険者ギルドの受付を辞めてからわたしは歌しかやっていないぞ」

「そうなんですか?

 聞いた話しでは、貴女に借金した連中は夜まともに歩けないとか。

 歩いていると、路地の暗がりから音もなく背後をとられてガツン。気づいた時には一発食らったうえ腕をねじ上げられて顔を冷たい壁に押し付けられているか地面とキスしているとか。そして『これは警告だ。次はないと思え』と冷たい声で囁かれる、と。

 清く貧しい人々の間では専らの噂ですがね」

「……」


 なんで噂になっているんだ。開業資金を遊びに使ってしまいそうだったもと冒険者をひとり懲らしめただけじゃないか。全員にしたわけじゃないぞ。


「……今日来てもらったのはそんな話じゃない。君は今何をして暮らしてるんだ?職に就いているのか?」


 トマスは職という単語を聞いた途端、渋面をつくり態度を豹変させた。

「あー。就職活動中かな」

「就職活動中の男が昼間からアルコール臭をさせてよれよれの服をだらしなく着ているのか?えっ?」


 トマスはニヤニヤしながら上半身を斜めに傾け椅子に座りなおした。そして、ベストの隠しから細い褐色のねじた棒状のものを取り出し、わたしに断ってから右の親指の爪で火をつけた(生活魔術の一種)。

 甘いにおいがする。魔薬草だ。


 トマスは顎をそらし目を細めて舐めきった態度をとる。

 だが、それは虚勢だ。組んだ足が貧乏ゆすりをしているし、何も持っていない左手が微妙に震えている。


 トマスは長年同じことを言われ続けてきたのだろう。でも、わたしはセラピストでもカウンセラーでもない。知ったことか。


「選ぶがいい」

 わたしは引き出しから数件の書記とか手代の募集要項が書かれた書類を取り出して机へ投げた。


「もしかしてシルヴィアから頼まれた?ボスコーノさん」

「いや」

「答えがイエスでもノウでも、ものすごくお節介ですよ。ボスコーノさん」


 トマスは神経質に魔薬草を吸う。

 わたしも負けじとシガレットの煙りをまき散らせた。


 トマスはシルヴィアの現在の恋人である。わたしにはこんなやつのどこがいいのかサッパリだが、シルヴィアはベタぼれだ。


「君は司法学校へ行ってたんだってな」

「ええ。でも、なにやっていたかちっとも覚えていない。こいつ(魔薬草)をふかしてラリってましたから」

「君のお父上は立派なひとだったらしいな」

「ええ」


 トマスの父親は法衣貴族であり、清廉で博識な裁判官として有名だったそうだ。

 トマスも周囲から跡を継ぎ立派な裁判官になるものだと思われていた。だが、司法学校に入ったころから生活が荒れ出し、卒業と同時に就職もせずに家を飛び出した。その後、商人どもの嘆願書を作成したりして役所に出入りしていた時期もあったようだが、定職には就いていない。こっそりと詩を書いたりしながらあやしい店の女のヒモのようなことをしていたらしい。


「こないだの戦争のときはどうしていた?」

「威張り腐った奴におまえは秩序を乱すからと言われてずっと後方勤務でしたね。最後の決戦のときだけは、前線に出ていいが邪魔しないように一番後ろで立っとけとか言われたっけ。おかげでワインを飲み損ねた」


 なるほど。トマスとはこういう奴なのか。


「よくわかった。悪かったな。トマス君。もう余計なことはしない」

「ご理解いただけてなによりです。確認ですけど、本当にシルヴィアに頼まれていませんよね。ドアの陰から覗いているとかないですよね」

「ああ」

 わたしは頷いて見せた。

「彼女はいま物凄く忙しいからな。そんなことをしている暇はないよ。

 労働者の権利を守るのだとか言って俳優組合をつくって無期限ストライキしてるくらいだし。おかげでだれも劇場へ稽古に出てこない。

 とにかく彼女は関係ない。

 今日呼び出したことは忘れてくれ」


 わたしにはトマスがなにについて悩み、なんでこういう生活を続けているかわからない。知りたくもない。だが、自覚している者に他人はとやかく言うことはない。(ひっかけとはいえ)わたしは余計なことをしてしまった。


「最後に一つだけ聞いてよいですか。ボスコーノさん」

「ああ?」

 ニヤニヤしながらトマスが聞いてくる。

「あんたら(シルヴィアとわたし)、できてるの?」

「冗談は顔だけにしとけよ。負け犬」

「アハハハ。それじゃ、失礼しますね。ボスコーノさん。

 ああ。言い忘れてた。せいぜい今度の試合とか決闘とかいうやつ、頑張ってくださいね。もちろんくたばれと思ってますから応援にはいきませんが」


 口の減らないヤツだ。どうしようもない。


「詩集余っていたらくれないか。ばらしてトイレで使ってやるよ」

「売れっ子だからないですね。たぶん」


 トマスは戸口で振り返って捨てセリフを吐いた。

「一度だけあんたの歌を聞いたことがある。悪くはなかった。性格ほどにはね」


 ふん。


 最後のトマスの言葉にちょっとだけうれしく思った。もちろんトマスが褒めたのはわたしが精霊の力を使ってコピーしたオリジナルであって、わたしが喜ぶところは少しもないということを自覚している。わたしは自分が選曲したものについて彼が少しでも感動を覚えてくれたということをうれしく思ったのだ。言うなれば、貸したCDやDVDを友人が気に入ってくれたのと同じ気持ちさ。

 さっき詩集うんぬんと言ったのも、ズルしないで直球勝負している彼に嫉妬し同時に称賛したかったということ。有名なギターリストをリスペクトしながらエアギターで面白がるのと同じかな。


 まあ、そんなことはどうでもいい。

 われわれの情報を漏らしたり、シルヴィアを人質にとったのがトマスでないということだけはよくわかった。


 ホルスターの拳銃を確かめてみる。

 さてと。

 では、次の容疑者のところへ行くとしますか。わたしとしてはこんな探偵ごっこではなく、アポロニウス君のところへ行っていたいのだがしょうがない。


 エリザベス伍長はオリンポスのヘーパイストスのところへ行っていて留守を頼めない。わたしは自ら鍵を閉めて事務所を後にした。



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