赤毛の男 1
赤毛の男 1
事件が報道され、この都市の人間なら誰でもオギワラ少年の死とレナードの悪名を知るようになった。
この国には、ラジオがない。放送局も電波塔もないのだ。
しかし、新聞社は3つもある。たぶん改革派が流したであろう、詳細な事件の記録が各社の紙面に載っていた。
オギワラ少年が素直で優しい子供だったこと。保護した村人たちの彼に対する好意的な評価。
彼を預かった老人が可愛がっていたこと。彼もまた老人を敬愛し足の悪い老人のために大いに尽くしていたこと。
そんな彼をレナードたちが日常的に虐めていたこと。虐めの内容が暴行や恐喝にとどまらず彼に万引きやらの犯罪を強要するもので、拒否する彼をさらに虐めていたこと。
レナードたちが親しい友人を装い何度も老人の家にあがり込んでは物を盗んだり壊したりしていたこと。レナードたちが彼に何度も自殺を強要する真似をしていたこと。
何度も同級生たちが教師や保護者に虐めを訴えていたこと。虐めを知っていた教師たちが面倒を嫌って放置していたこと。
最終的にはレナードが彼を校舎の窓から突き落とし死に追いやったこと。レナードが自分のした行為をまったく反省した様子がないこと。虐めを止められず同級生たちが彼の死に自責の念を抱いていること。
そして、保身のため校長をはじめ虐めを知っていた教師たちが知らなかったとか喧嘩と認識していたとかと繰り返し自分たちの非の言い訳と事実の隠蔽に奔走したことなど。
どの家庭での食卓でも職場の雑談でも事件が話題にされた。
そこでは、専らレナードたちの残酷さと保身に終始した校長や教師たちの醜行に非難が集中した。
事件の内容が遠い異国の戦争といったものではなく、虐めという自分の子供たちが遭うかもしれない身近いものであり、人によっては苦い過去を思い出させるものだった。
このことが人々にレナードや校長たちへのおぞましさや怒りの念を植えつけた。
そればかりか、人々の目にはレナードや校長たちが攻撃の対象としていい存在にさえ映った。
対象が眼前にいるとできないことでも、少し距離があって対象が抽象化すると人は攻撃に歯止めが利かなくなる。
これは、対象を具体的に思い描けないと自分たちの行動の結果を想像することができなくなるためであろうか。
とにかく人々は慎重さを失った。
改革派はここぞとばかりに煽った。
そして、レナードの父親がかつて息子の問題行動を権力を使ってもみ消していた事実と今回の事件で息子を見捨てた事実をを流しはじめた。
自治警察の評判は悪い。権力を傘にしたい放題なことをする輩が多いのだ。
普段、人々は内心嫌悪していても、表に感情を出すとやっかいなことになりかねないから知らないふりをしている。
しかし、今回は署長が息子を見捨てている。
その証拠に保安局が息子に青色のバッチを渡しているではないか。庇うことを諦めたのだ。
そうであるなら、レナードや校長たちを責めたてても厄介なことにはならない。
人々はさらに歯止めを失って過激化した。
新聞社や学校、警察、市に対して抗議の投書が殺到した。そればかりか校長などに面談を求める者まで出はじめた。
人々はあきらかに自分たちの行為の正義に酔っていた。
冷静さを保っていたのは少数にすぎなかった。
しかも、人々の過激さに恐怖し、実際に自分の信念にしたがい行動した者はさらに少数だった。
アンドレアス・アトウッドは状況に満足していたようだ。
彼は警察内部の暗闘に事件を利用する気はなかった。
彼の狙いは最初から学校、ひいてはそれを監督する市長だった。
話題は市民にとって卑近なものであるほど盛り上がる。
そして、彼は事件を慎重に扱い、異世界人同士の虐めという限局されたものではなく、より普遍的な学校でよくある虐めの問題として誘導していった。
保守派はわたし(マリアカリア)の青色のバッチを事態の限局のために利用しようとしたが、彼によって単に署長が息子を見捨てた象徴として強調されてその意図をくじかれた。
アンドレアス・アトウッドにとって、異世界人との親和と協調を説くのは登場したすべての悪役が罰せられ事件が沈静化しだした後でなければならなかったはずだ。
まだ時機が早い。彼の最終的な目標である、異世界人に選挙権を与え、それによって権力を掴むのにはまだまだ時間がかかる。
奴はそう考えていた。