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脱線6

 脱線6



 シガレットが喫いたくてたまらない。早く休憩時間にならないものか。


 ふうー(ため息をついたのであって、紫煙を吐き出したのではない。念のために)。醜態を見せてすまないな。

 話のつづきをしようか。女神エリエールに契約書を突き付けたところからだったな。


 ギャースカ奴は喚いたが、わたしは髪の毛を引っ張ってカウンターから引き釣りだし、ケツを蹴っ飛ばして建物の外へ放り出した。

 奴はマンネリ化して退屈な神様仕事に嫌気がさして自分に似た亜麻色の髪の小娘を探しだし、拉致して催眠術をかけたうえで自分の身代わりとし、下界に降りてきて自由に遊びほうけていたのだ。


 フン。あのダメ女神。勇者召喚まで代行させやがって。おかげでわれわれはこの様だ。蓬莱山の仙人たちとも連絡がとれやしない。


 腹立ちが収まらないわたしはついでに勢いで二階のギルド・マスターの部屋に駆け上がり、昔、冒険者だったらしい片目のゴツイ老人を締め上げて頭を揺さぶり制圧したのち、指を突き付けてこう宣言してやった。


「よく聴け。たった今から冒険者ギルドはわれわれがもらった。これからはわたしに無条件で従え。

 言っておくが、この世界の冒険者ギルドは早期に解散することになる。代って職業安定所になるのだ。

 それまで大人しくしておれば(おまえは)このまま所長になれるだろう。だが、抵抗するようなマネを少しでも見せてみろ。その年で再就職探しに明け暮れるようになることになるぞ。分かったか?」


「シー。シー。セニョーラ」

 ギルド・マスターは首をカクカク縦に振った。

「わたしはまだシニョリーナだ。バカ」


 老人いじめはわたしの趣味ではない。しかし、あのダメ女神を雇っていたのだ。当然雇用者としての責任を負ってもらう必要があった。これくらいな目に遭わされても当然だろう。酷いと後ろ指を指されるようなことではない。女神が許さずともわたしが自分で許す。

 腰の抜けた老人には自称女神と結んだ契約書を投げつけておいた。


 で、わたしとシルヴィアは無事受付に就職をはたし、ナカムラ少年と魔王はギルドの雑役係となった。いわゆる掃除夫である。それからエリザベス伍長はわたしの夜の副業のマネージャー兼劇場の裏方となった。

 そう。あの演目が受けてわれわれは前の晩のうちに支配人とミュージカル女優やダンサーとしての契約を結んだのだ。


 この時点でわたしの異世界恋愛道の仕込みは済んだ。上出来と言っていいだろう。


 だが、それからの日々は大変なものになった。


 夜の副業の方はそれなりに順調だった。客も傷病兵にとどまらず居残っている商人や城の貴婦人たちもポツポツ観に来てくれるようになっていた。

 演目も単発の幕モノではなく、通しの「マイ フェア レディ」とか「Anything Go」をアレンジして出した。例の能力でこの世界の役者たちを往年のミュージカルの名女優や偉大な天才たちへと変身させた。楽師たちももちろん一流の音楽家に変えて楽団を結成させた。


 だが、戦争中なのでこれ以上に芝居小屋への客足は増えない。

 昼のギルドの受付も閑古鳥が鳴いているために暇だ。

 つまり、いい男との出会いがない。

 予定ではいい男たちがファンとなって楽屋へ押し寄せたり、ギルドの休憩時間にわたしに一目ぼれしたいい男たちが列を作って口説きにくるはずなのに、なぜだ?

 そのうえ困ったことに国土を荒らされた人間側は慢性の食糧難に陥っていた。いい男たちも飢えで恋愛どころの騒ぎではなかった。


 このわたしにとって都合のよくない状況の原因は端的に戦争が終わらないことにあった。

 魔族側は魔王が突然いなくなったため大混乱に陥り攻勢に出られない。一方、人間側は兵力が少なくとても魔族相手に攻勢に出られる状態ではなかった。

 結果は前線の膠着状態。戦場で双方ともにらみ合ったまま引くに引けない有様で、ダラダラと時間だけが流れていった。兵隊たちは家に帰ることもできない。

 そして、なによりも何もしないまま時間だけだ過ぎていく状態は兵站にとっては悪夢だった。軍隊はとかく飯を食う。徴発しようにももうどこにも当てはない。負ければ人間側はお終いだから金に糸目はつけないが、肝心の食糧がどこを探してもないのだ。


 これはわたし的には最悪の状態だった。

 仕方がない。


 言っておくが、わたしはどちらの味方でもないし、責任のない世界での殺生も御免こうむりたい。

 しかし、わたしのいい男探しのためには行動を起こさざるを得なかった。


 わたしは恐ろしいことが起こる予感に苛まれつつもオリンポスから酒神ディオニッソスを呼んだ。


 おかげで、この世界に大量のオリーブ、干し葡萄、ワイン、ヤギのチーズが流れ込んだ。

 そのほかディオニッソスが気を利かして呼んだ別の世界の商人(大きなイソギンチャクの姿をした宇宙人だった。知的な生命体でわたしと会話ができた)からは生きた羊、牛、豚、鶏などの家畜や家禽そして小麦大麦などの穀物類(いずれもクローン製品。食べた人間の遺伝子に悪影響が出ないとの保証はどこにもなかった)が大量に送られてきた。


 最初のうちはわたしが窓口となり商業ギルドを通してこの世界の金貨や銀貨で代金の決済を執り行ってきたが、すぐさまそれでは足りなくなった。

 すると、決済の3回目で売り手はバーターを要求してきた。

 オリンポス側から要求された代物はこの世界だけにあるという希土類だった。なんでも鍛冶の神ヘーパイストスが製作中の恒星間戦争用の惑星破壊兵器に必要だそうだった(完成した兵器が使われないことを切に望む)。

 イソギンチャクの宇宙人からはこの世界の魔物だった。奴らが魔物を食料として用いるのか博物館や動物園の展示用として欲しがっているのか不明だったが、ともかく欲しがった。

 追い詰められていた人間側にこれらの要求を拒むことはできなかった。

 すぐさまオリンポスからはティターンという巨人たちが送られてきて国土を掘り返し始め、宇宙人の葉巻型の大宇宙船からは小型円盤が無数に降下してきてチューブで迷宮や森林、草原の魔物たちを吸い取り始めた。


 売り手たちは大変有利な商売ができたとしてご満悦だった(わたしも仲介料が入り大金持ちとなった)。


 だが、おそろしいことがそれから起こった。

 機嫌をよくしたディオニッソスがリップサービスとして人間側に参戦したのだ。

 彼は神さまだ。実物は情けないオヤジだが、それでも神さまだった。言っておくが、酒神ディオニッソスは別名、狂宴の神様。

 結果は最悪だった。


 彼は戦場に赴き持っている杖で地面を突いた。

 と、突然そこかしこで地面が割れワインが吹き出し無数のワインの泉が湧いた。そのワインが曲者で、およそ理性の強い者か鼻が詰まったもの以外は飲まずにはいられない香りがした。そして、飲んだものは例外なく狂乱状態に陥った。

 普段上司からパワハラを受けていたものは上司にしつこく絡みだす。別に悲しいことがなくとも飲んだだけで泣き出す。あるいはケラケラと笑い出す。気分が悪くなって小間物を広げる。急性の中毒となってそこかしこで寝出す。

 まさにこの世の地獄であった。地獄に魔族も人間も問われない(中には種族を越えて肩を組んで騒ぎ出す馬鹿までいた。)。みんな、ディオニッソスに苦しめられた。主に翌朝の二日酔いの痛みに……。

 そればかりかディオニッソスはみんなが酔っぱらっていることをいいことにやりたい放題をし出だした。エントとかいう植物の巨人を葡萄の木に変えたり、酔わせた淫魔の女性たちにセクハラをしたりした。


 ……カオスであった。


 だが、すべて奴がしたことで責任はすべて奴にある。わたしは悪くない。戦場なのに急性アルコール中毒で何人か死んでいたが、それは奴の責任であってわたしの責任ではない。わたしは悪くない。死んだ人の上司がいたらどうか名誉の殉職扱いにしてあげてくれ。そうじゃないと死んでも死にきれないからな。たぶん。わたしは奴を呼んだだけ。決してわたしは悪くない。


 結局、ディオニッソスが引き起こした混乱のせいで人間、魔族ともやる気をなくし戦争は終結した。戦争を続けたりしたらまたディオニッソスがニコニコ顔で寄ってきて地獄を再現しかねないからな。誰だってそれは避けたいと思うだろう。


 戦後処理は大変うまくいった。主に私にとってはな。

 食糧の輸入は未だ続いており、人間側は窓口となっているわたしの機嫌を損ねるのは得策でないと判断したようだ。だれも暗殺者を送ってこない。

 それに、魔物が宇宙人たちのせいで激減し冒険者たちはほとんど失業してしまった。冒険者ギルドの解体も時間の問題となる。いいことだ。

 わたしはギルドの受付けの業務として他の職業を斡旋し、例の能力を使ってその道のプロに仕立て上げた。

 デザイナー。裁縫職人。美容師。調香士。画家。建築家。彫刻家。楽器製作者などなど。


 どうしてこんなことをわざわざしているか。これはわたしの深慮遠謀がなせる業だよ。


 いい男は高い文化のもとでこそ映える。


 たとえば読者の皆様特に女性の方々は男のシルエットのどの部分にセクシーさを感じられていらっしゃるだろうか。

 わたしは肩の部分だ。特にスーツをピシッと決めた男の肩にはえも言われぬ男の香りを感じる。

 わたしの考え方だと、いい男はその香りをスーツの肩のシルエットで魅せて女を惹きつける。

 だとすると、いい男には魅せる上等のスーツが必要。

 だが、中世ヨーロッパもどきの異世界ではそのままでは手に入れられない。しかも、金持ちや貴族だけが手に入れられても困る。そういった連中だけにしかいい男が存在しないとは言い切れないからな。ぜひとも価格を下げて紳士服を普及させる必要がある。

 そのためには?

 当然服飾業界を振興させなければならない。一流のデザイナーや職人の増産は必須。


 お分かりになったろうか。

 一事が万事そういうわけで、わたしは文化を底上げする方面ばかりを重視して冒険者たちの転職を斡旋している。

 わたしはナイセイ厨ではないので一般の内政のために精霊の能力を使ったりなどはしない。なんといってもわたしの異世界恋愛道のためにしていることなのだからな。興味のないことはする必要がないのだ。そもそもそれはこの世界の住人が考える問題でもあるしな。


 そういうわけで今では公私ともに順調だ。夜の副業の方も盛況でファンがついた。プライベートの方面でも成果が上がった。なんとダンス絡みで当年19歳の美少年アポロニウス君と知り合いになれたのだ。喜んでくれ。彼は仕立て屋職人の弟子で……。


 ちっ。ひとが休み時間までの楽しい感慨にふけっていたら、もと受付で現在数の少なくなった冒険者を続けていらっしゃる女神のエリエールさまが来やがりましたぜ。


「これ、みんな買い取って頂戴」

 女神はわたしの前のカウンターにゴールデン・メリッサ草というハーブを大量に置いた。


「断る。おまえはわたしが嫌いだし、わたしもおまえが嫌いだ。買い取ってほしくば、隣のシルヴィアのところへ持って行け」

 わたしはカウンターに置かれたハーブをみんな払って床に落としてやった。

 こいつは頭が悪いダメ女神のくせしてわたしになにかと仕掛けてくるのだ。そのまま受け取ったら絶対に厄介ごとを招いてしまう。それはシルヴィアに任すべきなのだ。


「あのね。わたくしも貴女とは口も利きたくないんですけどね。シルヴィアさんは今お休み中で、仕方がなく貴女のところへ回ったのよ。勘違いしないでくださらない」

 ダメ女神が憎たらしい口を利く。


 衝立の上から隣をのぞきこんだらダメ女神の言う通りシルヴィアはカウンターに左の頬をつけて寝ていた。

 なんだ。シルヴィア。

 ここへきて旧社会主義国の国営デパートの売り子のまねか?

 どんなに働こうが働かなかろうが親方国営で給料一緒だから働くのは馬鹿らしい。首にもならないし、というやつですか?

 そんな悪い子にはおやつはあげないぞ!

 

 わたしは衝立を肘で殴りつけてシルヴィアを叩き起こす。

「起きろ。シルヴィア。ご指名だぞ」


「ムムム。大尉。無理だ。起きれない。わたしは精霊でないから睡眠が必要なのだ。ミュージカル女優業との兼業は限界だ」

 シルヴィアはピクリともしない。使えないヤツだ。


 くそっ。そうこうしているうちにどデカい生命体がこちらへと高速で向かってくるのを察知した。

 とうとう厄介ごとが来てしまった。


「おい。ナカムラ少年。ドラグノフを持ってきてくれ」


 わたしは銃を掴んで扉を開け放った。


 すると、厄介ごとが空から舞い降りてきた。地響きがしてほこりが舞い散る。

 わたしの前に現れたのは巨大なレッド・ドラゴンだった。

 そいつは瞳を細めて殺気を振りまきつつ、わたしに言い放った。


「痒いーの!」

「おーい。アパム(ナカムラ少年)。RPGを持ってこい。ロシア製の最新版のやつをな!爬虫類の額にもう一個口をこしらえてやる!」


 ……

 ……


 冷静になってドラゴンの話しを聞いたところによると、協定で不可侵となっている縄張りに不法に侵入したものが寄生虫除けのハーブをみんな持ち去ったそうだ。ドラゴンはそのハーブ(ゴールデン・メリッサ草)に寝っころがらないと、うろこの裏にへばりついた寄生虫のせいで身体中痒いのだそうだ。


「わかった。犯人の目星はついている。そいつを引き渡す。ブレスを吐きつけるなり、噴火口に突き落とすなりなんなりしてくれ」

 わたしは逃げ遅れたダメ女神の髪の毛を引きづってドラゴンの前に立たせた。


 だが、ドラゴンはこう言った。

「要らね。それより痒み何とかしてくんね。そいつ冒険者なんだからギルドで責任取るのが筋でしょう。ね」


 やはりダメ女神は厄病神だった。

 魔王によるうろこのモップ掃除・剪定(ドラゴンのトリミング?)3回分がギルドの負担となった。

 

 ダメ女神め。早く帰って仕事しろ。仕事。






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