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脱線5

 脱線5



 今は冒険者ギルドの受付を勤務中でシガレットが喫えない。習慣性があるからきつい。


 王都スコッティに着いてから今日で2週間目となる。

 色々なことがあった。何から話そうか迷うほどだ。


 うん。そうだな。できるかぎり初日から順を追って話そうかな。


 まず、王都の門にたどり着いたわれわれはすぐには中へ入れてもらえなかった。夜のとばりが降りていたというのにな。


 門番に何度、われわれが勇者で魔王城を倒壊させて魔王を捕まえてきたと言っても信じてもらえなかったのだ(勇者一行と名乗るのが恥ずかしく、すべてシルヴィアに説明させた。)。


 まあ、そうだろう。

 門番からしてみれば、女3人と間抜けなガキがろくな武装(門番は銃なんて知らない。わたしの軽騎兵用サーベル1本だけを武器とみなした。)もせずに凶悪な魔王を倒したなど冗談でしかない。しかも、捕まえてきたと称する魔王は一切攻撃魔法を使えずタンゴ・ダンスしかできない無精ひげを生やしたイケメンなのだから。


 ダメもとでわたしも大嘘をついてみた。

「オイこら。わたしの被っている帽子の色(空色)が見えないのか。われわれは国連の平和維持軍である。われわれの入場を拒否することは国際問題を引き起こすぞ」、と。

 だが、ダメだった。無知な門番に首をすくめられただけで終わった。


 最後はやりとりに飽き飽きした門番に身分証明のため何かして見せろと言われてわたしと魔王がタンゴ・ダンスを踊ったら、「なんだ。旅芸人の一座か」とアッサリOKが出た(暗かったからか兵員輸送車は芝居用の山車と勘違いされた。まあいいけど。)。

 魔王は騒いだが、わたしは勇者より芸人と言われた方がよかったのでそのまま通してもらった(ちなみに、そのとき名前を聞かれたので、われわれは劇団「勇者」と名乗ることにした。)。

 ついでに、魔王を騎士団の詰所に引き渡すのもやめた。連れて行っても信じてもらえないからな。


 入れてもらった王都は閑散としていた。戦える人間のほとんどが最終決戦のため戦場へ出ていたからだ。

 残っているのは飢えた女子供に老人たちだけ。


 われわれは旅芸人だと勘違いされたまま門番になぜかテント小屋へ連れて行かれた。

 そこは巨大で継接ぎだらけのテントの芝居小屋だった。


 幕を開けて入ると、中はありったけの蝋燭の火がともされ隅々まで明るかった。観客席も一杯だった。

 だが、場内から歓声の一つも聞こえてこない。寒々と静まり返っている。

 それもそのはず。観客はすべて傷病兵たちだった。

 手足を失ったもの。背中や腹に深い傷を負ったもの。

 全員、足手まといになるというので決戦に連れて行ってもらえず、王都が侵攻にさらされたら座して死を待つしかない者たちが二百人ばかり平土間に寝かされていたり椅子に腰かけてただただじっと舞台を眺め続けていたのだ。


 そこには芝居小屋特有の陽気さはなく、重苦しい沈黙しかなかった。

 わたしのよく知っている雰囲気だ。正確にはわたしの本体だがな。


 中に入ったわれわれを見つけて劇場の支配人だか座長だか知らん男が寄ってきてわれわれを目立たぬよう舞台裏へ引っ張って行った。


 その疲れ切って額のしわの目立つ中年男がわれわれに声を潜めて訊いてくる。

「君たちは前線からの伝令だな。どうなった?撃退できたのか?

 それとも……負けたのか?」

「いや。われわれは伝令ではない。ハッ!(われわれは)ただの旅役者の一座らしい。支配人にも見知ってほしいものだ。名前は劇団勇者だよ。アハハハ」

「伝令でないとしたら君たちは何者なのだ?私には少なくとも君たちが役者には見えないんだが」

「ふーん。支配人は慧眼の持ち主だな。だが、われわれの正体などアンタが知る必要はない」


 わたしは指で合図してエリザベス伍長にシガレットの火をつけさせた。

 まわりを見渡すと、舞台のそでで音楽をやっているのがリュートにギターに古めかしい木管であることを発見する。そしてタンバリン。


 ……タンバリンだった。ここでわたしに天啓が降りた!


 わたしは鬱陶しい雰囲気が大嫌いだ!また、他人のうちひしがれた姿を見るのが大嫌いなのだ!


「話しは変わるが、支配人。随分な雰囲気ではないか。まるでお通やだな。芝居小屋の雰囲気ではないな」

「仕方がないだろう。こんな状況ではだれも陽気に出来るものじゃない。どんな芝居をしても重苦しさを払えやしない」

「ハン!踊りもなければ音楽も古楽のカルテット。

 そんな舞台でだれが勇気づけられる。だれが気分を高揚させられる。

 おまえはエンターテイメントが分かっていない」


 わたしは男の胸を突いてやった。


「どうだ!おまえはその目で芸術の革命を見たくはないか。エンターテイメントの神髄を見たくはないか。わたしに任せてくれるならば思う存分に見れるぞ。どうする?」

「……」


 男が明確に頷いたかどうか確かめなかったが、許しを得たものとしてわたしは行動を起こした。


 何と言ってもわたしはつい最近までニューヨークでブロードウェイ・ミュージカルをかぶりついて観ていたからな。歌も踊りもない世界などでは暮らしていけないのだ。耐えられん。

「パンがなければ、お菓子を食べればいい」「物がないならつくればいい」

 この中世ヨーロッパもどきの異世界文化に衝撃を与えるべくわたしは行動した。精霊の能力を使った(まさにチート。わたしはファンタジーでチートを使うことを否定したりはしない。争いごとにチートを使うことはゲーム厨の趣味であって、わたしの趣味ではないというだけ。)。


 カルチャー・ショック。

 いい響きだ。


 ……

 ……


 曲目は「Be Italian」を選んだ。ブロードウェイ・ミュージカル「NINE]で娼婦サラギーナが歌うアレだ(2009年のアメリカ映画「NINE]でも有名。)。


 幕が上がる。

 わたしは椅子を引きづり舞台の中央に立つ。

 そして、椅子の上で仰け反り。足を組み。足を交差させ。伸ばし。手を広げ。

 歌う。



 ♪イタリア男なら


  イタリア男らしく


  チャンスに乗じて火のようなキスを盗め


  イタリア男なら


  イタリア男らしく


  私を抱くなら、普通ではダメ このように抱くのよ アハハハ


  センチメンタルに 優しく


  ためらわずに


  わたしの頬を叩くがいいが


  何も気にせず 大胆にな


  つねるときは


  脂肪のついたところをつねろ



 椅子の上で手に掲げたタンバリンを細かく揺らしながら鳴らす。

 円を描く。

 急転、タンバリンで肘を撃つ。足を撃つ。肩を撃つ。胸を撃つ。腰を撃つ。



  ハッ!


 ♪歌を忘れるな


  燃える恋をしろ


  今、花を摘め


  チャンスを逃すな


  イタリア男なら


  イタリア男なら


  明日はない覚悟で


  今日を


  生きろ!(イタリアの古い踊りの曲のように金管とクラリネットの音がやけに響く曲調 ランラランララララルン ラ ランラ ラララルンララルン ラララルン)


 曲に合わせてシルヴィアと魔王がルンバ調のダンスを激しく踊りまくる。



  ヘイ!



  ♪歌を忘れるな


  燃える恋をしろ


  今、花を摘め


  チャンスを逃すな


  イタリア男なら


  イタリア男なら


  明日はない覚悟で


  今日を


  生きろ!



 ……わたしはその夜、ミュージカルのスターとなった。同時に異世界の文化侵略者にもなったがな。

 本望である。



 翌朝。

 われわれは勇者の仕事の報酬を受け取りに冒険者ギルドを訪ねた。繁盛していないらしく冒険者ギルドの本部はスラムにある小さな木造の三階建ての建物だった。


 スイングドアを開いて中をのぞけば、閑散としており、戦場にでも行っているのか冒険者らしい人物はいなかった。


 その代り受付がひとりいた。

 若い女だった。

 金髪でエルフの形をした、自称女神にそっくりな本物の女神がそこにいたのだ。


「冒険者登録の手続きですか?」

「ちがう。おまえの解雇とギルドからの退去の宣告だ」


 わたしは女神エリエールに自称女神と取り交わした契約書を突き付けた。

 

 

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