脱線4
脱線4
わたしは走行する兵員輸送車の上にあがりシガレットをふかしている。
♪田舎のバスはおんぼろ車
タイヤはつぎだらけ 窓はしまらない
それでもお客さん がまんをしてるよ
それは私が美人だから
田舎のバスはおんぼろ車
デコボコ道をガタゴト走る (作詞作曲 三木鶏朗)
脱力する歌をエリザベス伍長が運転しながら歌っている。まあいいけど。
現在、エリザベス伍長の運転する兵員輸送車は王都スコッティを目指して白樺のつづく森の中を進んでいる最中だ。
捕虜となった魔王については搭乗を許さず並走させている。どこも縛ってはいない。逃亡を図れば直ちに射殺することだけ伝えている。
「オイ。捕虜1号。聞きたいことがある」
わたしは持っていたメラリア産チョコレートを横を走っている魔王へ投げてやる。
「敗れた今となっては秘密など何もない。我の知る限りのことを答えてやろう」
魔王はもらったチョコレートをどうしてよいか分からないらしい。戸惑っている。
「(捕虜になっても)偉そうなやつだ」
わたしは喫っていたシガレットをもみ消した。
「そいつはチョコレートといって甘い菓子だ。食べていいぞ。
質問は、なぜお前は戦ったのか、だ。
われわれはここへ来て間がない。この世界のシステムなど何も知らない。適者生存が大原則なら力の強い魔族が人間を絶滅させても何らおかしいことではない。にもかかわらず、自称女神はわれわれに『人間が絶滅しそうだから魔王を征伐してくれ』と言った。これはどういうことなんだ?」
魔王は包みを破ってチョコレートの香りをかぐ。
「たしかに甘い香りがする」(口に含む。)「甘いしほろ苦い。今までに味わったことがない食べ物だ。口の中にねばつく感じが妙だな。いや、癖になるかもしれん」
チョコレートを食べ終えた魔王が少し考えて口を開く。口の端が汚れている。
「そうだな。一言でいえばこの世界で予定された行動をした、ということだ。我の立ち位置は世界に反逆するものなのだ。人間の勢力が強くなり魔族が圧迫され始めると魔王が生まれる。魔王は魔族や魔物といった勢力を率いて人間に対抗する。すると今度は人間側が圧迫され絶滅に瀕してしまう。そこで女神がどこからか勇者を召喚してきて魔王を破る。魔王亡き後魔族は弱まり、また魔王が誕生する。この世界はその繰り返しでバランスがとられているのだ」
「ふーん。振り子みたいなものなのか。反逆というからには魔王はこの世界では悪役なのだな」
悪役と言われても魔王は反応を示さない。当然のこととして受け入れているわけか。
それにしても予定調和の世界とはな。
面白みのない世界。
そのうえ違和感が尋常ではない。たとえば戦争を永遠に繰り返していると双方ともに疲れ果てて共倒れになりはすまいか。あるいは経済的損失が大きすぎて人口も文明も発展せずに結局は滅亡してしまうのではないか、といった感慨にとらわれてしまう。
まあ、異世界それぞれの事情だ。われわれがどうこうしなければならない問題でもないし、深く考えなければならないことでもないな。スキップ。スキップ。
わたしが黙っていると魔王が再び口を開いた。
「我も質問してよいか」
「いいぞ。構わん」
「なぜお前たちは勇者の癖に女神の授けるはずの聖剣を持っていないんだ?あの使用した見慣れない兵器はなんなのだ?そして、女神のことを自称女神と呼ぶのはなぜだ?」
「ああ、なるほど。魔王は予定調和のこの世界で予定に反する行動をとるわれわれに不審を抱いたわけだな。
一つづつ答えてやろう。われわれはそもそもイレギュラーな存在なのだ。自称女神が本来召喚する勇者などではない。自称女神が本来されるはずのないわれわれを勝手にこの世界に呼び入れたのだ。ならば、われわれがこの世界の予定どおりに行動しなければならない理由などない。聖剣などといった厨二くさいものなど手にしたくもない。われわれにはそんなものを使わなくとも魔王を打ち倒すだけの力がある。持ちたくもないし持つ必要もないというのが(聖剣を持っていない)理由だな。
次にわれわれの使用した兵器だが、あれはとある別の世界(古代ギリシャの神々の世界)の鍛冶の神へーパイストスの持ち物で『現代兵器編拠点制圧基本セット空中支援なしB型』というのを借りてきたものだ。文明が進み殺し合いの仕方が洗練されてくるとああいった兵器ができる。われわれは文明人だからな、聖剣などといったダサいものではなくクールな現代兵器しか使わんのだ。
最後の質問はなぜ自称女神と呼ぶかだったな。簡単な話しだ。あれは本物ではなく偽物の女神だったからだよ。わたしだけでなくシルヴィアもエリザベス伍長も気づいていることだ。あれは偽物だった。どうということもない一般の人間が女神のふりをしていた。なぜだか理由は知らんがな」
魔王は走るのを止め唖然としている。
思わぬ真実を知らされた場合、ああいった反応が普通なのだろう。でも、いつまでもそうしていると困ったことがその身に起こるぞ……。
魔王が何やら呟いている。
ああ、いつ偽物と見破ったかって?
わたしは白い空間であの自称女神を見た最初の瞬間から不審に思ったよ。まったく女神らしいオーラが出ていなかったからな。超越的な存在とも畏敬崇拝の対象と思わせるものが何も感じられなかった。決定的だったのは、あそこでシガレットに火をつけようとエリザベス伍長がライターを発火させた瞬間に影が出来たことだ。女神や精霊といったものはエネルギー体なのだ。影などあり得ない。
ナカムラ少年だけはまったく事情に気がついておらず、ひとり騒いでいたがな。
まあ、われわれが気づいていることを覚られないようにするためにはいいカモフラージュになった。その意味ではグット・ジョブだ。
偽物であることに気づいたあと召喚をわれわれを陥れるための罠かと警戒したものだが、自称女神の話しにこれといった形跡もうかがえなかった。それに偽物であることがあまりにもあけすけだった。それでわれわれはまずは様子見だとして自称女神に話しを合わせることにしたのだ。
勇者の仕事を引き受けたのは自称女神があっさりと報酬を約束したからだ。それに危なくなったらわれわれは古代ギリシャの神々の世界にいつでも逃げ込める。リスクはまったくない。
わたしは以前酔いつぶれた酒神ディオニッソスを蹴り起こしてオリンポスへのフリー・チケットをもぎ取っているのだ。
フフ、用意周到で完璧なわたしに好きなだけ感心したまえ。ファンタジーではご都合主義が幅をきかすのだ。
あのとき昼寝をしたのもすべてを見越したうえでのことだった。
ただ、ふりにとどめて本当に眠るつもりはなく、正直、夢を見るほど熟睡するとは思わなかった。なぜだか不明だ。そして、夢でマルグリットの声を聴いたのには本当に驚いた。
あれはわれわれに対する警告だったのか。それともいつも洗脳なのか……。 どういうことなのか今でもわからない。
ただ非常に嫌な予感が働いた。だって言い草が怪しすぎるではないか。愛銃の精霊だと。精霊になりかけの女に銃の精霊がとりつくなんてなんの冗談だ。しかもセリフが『どんなハートも一撃コロリよ』だ。異世界恋愛道をめざすわたしに嫌味か。不愉快極まる。
そろそろ距離が空いた。いまだに道の端で唖然としている魔王に黙ってUSP自動拳銃を向ける。逃亡はその場で銃殺だからな。
気づいた魔王が走りだす。フン。運のいい奴だ。
わたしはホルスターへ再び愛銃を収めた。
◆◇◆◇◆ ◆◇◆◇◆ ◆◇◆◇◆
森を抜け、山道をたどり、山を越え、われわれを乗せた兵員輸送車は平原をひた走る。
ここでわたしは閃いた。
ほら、先人の有名な言葉があるではないか。「パンがなければ、お菓子を食べればいい」「物がないならつくればいい」
せっかく顔はいいのだ。魔王が厨二病だからといってあきらめる必要などない。いい男にしちゃえばいいのだ。
思い立ったら即実行。
「よし。エリザベス伍長、車を止めろ。魔王はこちらへ来い」
急に停車したことを不審がりつつ魔王がやってくる。
「我になんぞ用か?」
わたしは満面に笑みを浮かべて言ってやる。
「とりあえず無精ひげを生やせ。左の耳にはイヤリングをつけろ。髪はうしろで括ってポニーテイルだ。あと右手の親指以外の指の第二関節に入れ墨をいれろ。LOVEとな」
「!?」
「エリザベス伍長はこいつに白シャツを着せてやれ。上着はダブルだ」
……
……(一時間経過)
「おまえは本当に不器用な奴だな!魔王が聞いてあきれるぞ」
わたしがどなりつけると、猪口才にも魔王が息も絶え絶えになりながら反抗的な言辞を吐く。
「おまえはいったい何がしたいんだ?我にはわからん。余人にもわからんだろう、たぶん」
わたしは魔王にタンゴを教え込もうとしただけだ。
運動神経がよさそうなので魔王にセンスがあるかと思いきや、いつまでたっても腰が引けてるわ、わたしの足を踏むやらで大変だった。
「もういい。最初からこうすればよかった」
わたしは精霊の能力を使って魔王をダンスの達人に仕立て上げた。
ダンスのテクニックは妄想ではないが、素人が突然達人になりおうせるなどということは妄想にちがいないからな。
「……」魔王は仏頂面だ。
「もう一度聞くがおまえは本当になにがしたいんだ?」
あっぱれ達人に成りおうせたのになにやらあきれた調子で魔王が尋ねてくる。
わたしは胸を張って答えてやった。
「魔王を大人の恋ができるいい男に仕立て上げたい。それだけだ。
よいか。大人の恋愛を知らないお子ちゃまの魔王に大人の女であるわたしが直々にレッスンしてやろうとしているのだ。ありがたがれ。
恋愛はコミュニケーション。コミュニケーションは黙っていては成り立たない。なんらかの表現行為が要る。
そして、ダンスは表現。特にタンゴは大人の男女の関係を情熱的に表現するもの。
だとしたらタンゴは情熱的な大人の恋愛に欠かせないツール。それが上手になることは大人の恋愛ができるいい男になる早道といえる。
論理明快だろう?うん?」
「……百歩譲って(譲りたくはないが)タンゴの達人になることがいい男になる早道だと認めるとして、なんで我がいい男にならねばならないのだ?」
「そんなこと決まっているであろうが。わたしの相手となってわたしの異世界恋愛道を成就させるためだ。選ばれたことを光栄に思うがいいぞ、魔王よ」
「ブフッ!?」
魔王はなにかを吐き出しやがった。汚い奴だ。
……その後、魔王はわたしの相手になるのは死んでも嫌だと駄々をこね抜いた。
くっ。魔王いい男計画が失敗した。今回もわたしの異世界恋愛道が頓挫してしまった。
天才的な思いつきだと思ったのだがな。やはり浮かれていたか。反省。
落ち込んでいると、シルヴィアが声をかけてきた。
むっ。わたしの失敗を嘲笑いに来たのか。
「大尉は馬鹿か?阿呆か?顔がよくても気もこころも通じ合わないヤツを無理やり恋愛対象に選んでどうする?相手にも自分にも好みというものがあるだろうに、形から入ってどうするのだ?」
「ご指摘痛み入る。一言の弁解もない」
弁解はしない。失敗を反省し明日につなげよう。わたしの異世界恋愛道はまだまだ続くのだ。先は長い。チャンスはいくらでもあるはず。明日の成功の礎と考えればこころの痛みも和らぐはず……。
シガレットに火をつけたシルヴィアが再び声をかけてくる。
「大尉はどんな男がいい男だと感じるのだ?友だち甲斐に見かけたら教えてやろう」
「シルヴィアは(先に見つけたからと言って)優先権を主張しないのか?」
「しない。後からでも大尉に十分勝てるだけの自信がある」
「き、貴様。……まあいい。あとでその高い鼻折ってくれるわ。吠え面かかせてやる」
わたしは気持ちを落ち着かせるために深呼吸をする。
「そうだな。どことなく謎めいた雰囲気を持つ……いや、そうではない。クールさでも純真さでもなんでもいい。とにかくわたしだけを引き付けるスポットライトが当たっているような特徴のある男がいい。
出会い自体はまあどうでも。
こころならずも一緒に旅をすることになるとか、ぶらりと寄ったバーで偶然席を隣り合わせてなんとはなしに会話をしたとかなんでもいい。
とにかくお互いに印象に残る出会いさえあればいい。
問題はそれからだ。何回か出会いを繰り返しているうちにそれまで孤独に苛まれていた男はわたしと出会うことによって求めていた心のオアシスがわたしだということに気づく。
それからは怒涛の甘い展開だ。男は時には情熱的なアプローチを仕掛け、またある時は恥ずかしながら私に対する深い情愛をさりげなく魅せる。そんな彼に対してわたしはからかったり、ふざけてみせたり、拗ねたり怒ってみせたり、あるいは感謝したり笑ったり微笑んだり、……その……顔を赤らめて恥ずかしがったり……キスしたりするの。キャッ!」
「オゲェェー」「気持ち悪ーっ!」「似合わん!」
「……てめえら」
自然に手がホルスターへと伸びる。
と、ここで。
「みなさーん。ようやく王都が見えてきましたよ」
局外にあったエリザベス伍長ののんきな声が聞こえてきたので、いったん限りなく高まった粛清の機運も霧散した。
王都である。ああ、王都……。あそこにはまだ見ぬいい男がひしめいているに違いない。
今度こそ幸せを掴んでやるぞ!同志諸君!




