脱線3
脱線3
わたしはシガレットを燻らせながら前方の山頂付近にそびえ立つ建物を眺める。
そこには魔王城がある。
魔王城は巨大な石造りの円塔を軸に6つの尖塔がそれを取り囲み各々が空中の石橋で繋がって成り立っている。そして、そのまわりは同じく石造りの背の高い城壁によって囲まれており、正面にはガーゴイルで飾られた陰惨な雰囲気の鉄の門が何者をも拒絶するかのように立ちはだかっている。
いかにもというばかりのテンプレである。はなはだ残念なことにこの世界には個性というものが感じられない。
「ちょっ!大尉殿。いきなり魔王城へダイレクト・アタックすっか?仮にも勇者なんですから王道を通りましょうよ。魔王城への困難な道のりこそ一番盛り上がる場面なんですから」
ナカムラ少年がまた騒ぎ出した。
うるさいことだ。
わたしはファンタジーの恋愛道を邁進するために勇者の仕事を引き受けたのであって、少年マンガの熱血バトルはお呼びでないのだ。
角の生えたウサギや狼モドキをいくら狩ったところでいい男は見つからない。
魔王城へのバトル道踏破など、へたをすれば獣耳の美少女が旅の道連れになっていい男の注目がわたしにではなくてその少女に集まってしまうかもしれないではないか。そんな危険をおかす必要がどこにあるというのだ。
それに俺つええを示す意義のないわたしにとっていい男の期待度が限りなく低い魔王四天王などというやつらに遭遇することなど無駄の極みだ。
過程などスキップするにかぎるのだ!スキップ!スキップ!
「……必要ない。人間撲滅にかまけてガラ空きにした本陣(魔王城)を攻めるのが兵法の常道。わたしが現役の職業軍人であるかぎりこの鉄則を破ることはないと知れ。この妄想過多めが」
とりあえずそれらしいことを言ってナカムラ少年を叱り飛ばしておくことにする。
ナカムラ少年がわたしの究極目的を知る必要はない。ガキに大人の恋愛道は関係ないからな。
「大尉殿。準備完了したであります」
エリザベス伍長が報告する。
「うむ。ご苦労。では、攻撃開始。シルヴィアは目標に向けてレーザー照射。エリザベス伍長は全火砲の門を開け!」
「了解!」
ここで一般の読者の皆様のためにわれわれが何をしているのかを解説をしておこう。
われわれがいま乗車しているBTR-90(ロシア製最新式装甲兵員輸送車)にはC4Iという指揮ネット・システムが搭載されている。われわれはC4Iを通じてエリザベス伍長が設置した火砲、戦車、対地ミサイルなどのすべての地上兵器とデータ・リンクしており、たとえばシルヴィアが目標に向かってレーザー照射するとデータ・リンクしているすべての地上兵器によって同一目標の撃滅が可能となる。
このシステムは軍事上の革命をもたらしたといっても過言ではない。
皆様は想像できるであろうか。
このシステムを使えば、味方歩兵のひとりでもが敵を発見した場合、次の瞬間、千余の砲弾がその敵に襲いかかるという状況をいとも簡単に現出できるのである。
かくも恐ろしい現代戦の前ではファンタジー名物の大規模広域魔術など児戯に等しいとさえいえる。術者をこちらが発見した途端、術者は己の魔術を展開するまもなく同時に何百何千という凶悪な現代火器によるコンピューター制御された必中の精密射撃にさらされるということになるのであるから。
これは、まさに多数者による人間サンドバック状態。
恐ろしい。恐ろしい。
「報告します。全目標の撃滅を確認しました」
エリザベス伍長の報告が車内に響く。
ペリスコープで確認すると、すべての尖塔は中ほどから折れて砕け散り、城壁正面の門付近は完全に消失している。
城壁には結界とやらが張り巡らされてあったようだが、ダブルスラッグの有翼徹甲戦車砲弾や破甲爆裂砲弾のまえでは無力であったようだ。
「では第二段階に入る。エリザベス伍長は戦車群を前進させよ。シルヴィアは引き続きレーザー照射によって火力を誘導して道をひらけ」
……
……(破壊を知らせる擬音がつづく。ドカンバカンドスン)
半ば崩壊した魔王城に突入したわれわれはようやく魔王の間に通ずる扉の前に立つことができた。
ちなみにファンタジー恋愛道邁進中のわたしは現代兵器無双など薬にもしたくないので、悪いがここまでの場面展開はすべてスキップさせていただく。
魔王直属の近衛兵など最初からいなかったとでも思ってほしい。
悪しからず。
「またスキップすっか!四天王無しすっか!『所詮ヤツは四天王最弱』とかの定番のセリフ無しすっか!」
またナカムラ少年が騒ぐ。
いい加減にしろよ。これは遊びじゃないんだからな。
対戦相手がいい男でない限り恋愛に余計なバトル展開など必要ないのだ!
「じゃあ、どうして魔王との対決シーンを入れるんすっか?ここまでスキップするなら大陸弾道弾ミサイル攻撃とかで魔王爆散でいいじゃないっすか」
すっかり不貞腐れたナカムラ少年が板についてきた三下口調でつまらない質問をする。
ここの魔王は古典的なオドロオドロシイ姿をしているのではなく、そうかといってよくいる美少女冷酷魔王でもなく、チョット曲がりくねった2本の角が生えていること以外変わったところのない超絶美形の青年(漆黒の長髪と憂いをおびた黒い瞳を持つ素晴らしい肉体美の)だと聞いたからに決まっているではないか。
恋愛には出会いが必要なのだよ。
出会いなくして恋愛は始まらない。
少しでもいい男に出会うチャンスがあるならば迷わず掴め!
これが恋愛道を志す者ならだれでも心得るべき真理なのだ。
超絶美青年に出会うために魔王との対決シーンを入れる。
なんのおかしいところもない。疑問にもつ方こそがおかしいのである。
扉を開けると、前方の赤絨毯の終点に玉座に座った漆黒の髪の魔王がいた。噂通りの超絶美青年である。
魔王はわれわれに向かって口を開く。
「よくここまで来れたな、人間ども。褒めてとらすぞ。
我こそは魔王。この地上において最強の存在。
褒美代わりにまずはこちらからは攻撃をせずにお前たちの全力の攻撃を受け止めてやろう。
かかってくるがいい。そして、あがくがよい。
絶望に打ちひしがれた顔を晒して我を楽しませよ」
「「……」」
……コイツ、かなり痛い。
わたしもシルヴィアもまともに返事するのが馬鹿らしくなってしまった。
「(オイ。かなり高得点を叩き出しそうなヤツだぞ。わたしの感触ではあの自称女神を大幅に超えそうだ。シルヴィアはどうみる?わたしは取りあえずパスだ。いくら顔がよくても痛いのは勘弁してほしい。)」
「(管理能力ゼロの引きこもりニート女神と自己を客観視できない厨二病の残念イケメン魔王か。うーむ。痛い度でいえば、女神5点、魔王9点。上から目線のムカつき度でいえば、女神7点、魔王5点といったところかな。結論から言うとわたしもパスだな。顔はいいのに本当に残念だ。)」
われわれ二人は魔王の評価について小声で交し合った。
(魔王に対する評価は)限りなく低い。
われわれにはもう魔王に対する興味がなくなった。
ああ、つまらない。
期待してせっかくここまで来たのにこれなのか。もうどうにでもしてくれとやさぐれてしまう。
「おい。そこの人間ふたり。我のことを痛いとか残念だとか、どういう意味だ?ひとのことを陰でボロカスに言うとは感じ悪いぞ。なんとか言え」
「……」
ちっ。魔王は耳だけはいいらしい。
「僕もあまり相手にはしたくないですが、もしかしたらファンタジーの様式美を崩さないため魔王は自分では口にしたくないセリフを無理に語ってるかもしれないじゃないですか。大尉殿もシルヴィアさんも大人でしょう。ここはひとつ大人の対応をみせてくださいよ」
ナカムラ少年がしゃらくさいことを言う。
でも、教育的配慮として堪えがたきを忍んで大人の対応を青少年に見せるのも大人としての責務かもしれない。
よし。
「仕方がない。青少年の育成のためだ。返事をしてやろう。
よく聴けよ、魔王。
おまえにはわれわれの目こぼしでようやく魔王城の全倒壊を免れているという現状を客観的に見渡す能力もないのか。また、一撃爆殺もありえたのにわれわれがわざわざおまえに会いに行くためだけにその危機を免れえたことにも気づかないほどアンポンタンなのか、おまえは?
なにが地上最強の存在なのだ。
おまえはただの厨二病患者で痛いことを口にするかわいそうな存在。それ以上でもそれ以下でもない。
もうこれ以上痛いことを口にするな。おとなしく縛につけ。
さすれば、国際刑事裁判まで身の安全はわれわれが保証してやろう」
「人間ごときがなんたる雑言!
我に闇の衣があるかぎりいかなる物理攻撃も魔術攻撃も無効。
我は魔王。我は地上最強の存在。
ただでは死なさんぞ、人間め。我に雑言を吐いた罰として地獄の苦しみをたっぷりと味わってもらうぞ」(魔王激怒)
やっぱりただの厨二病ではないか。
闇の衣。
なんて恥ずかしいことを言うんだろう、お馬鹿さん。また鳥肌が立ったではないか。
ちなみに生身で地上最強生物なんてティラノサウルスをも捕食したカルカロドントサウルスだろうが、アンポンタンめ。でも、魔王にはあとがないから教えてはやらん。
「厨二病には付き合いきれん。茶番にはもう飽きた。
あー、ナカムラ少年。君はチート無双したがってたよね。軽く魔王をひねっておやり」(わたし)
「なぜに僕ですか?角突きウサギも狼モドキも狩っておらず経験値ゼロの僕になんたる無茶振り!」(ナカムラ少年)
「いいからいいから。厨二対厨二でイーブンだ。相手にとって不足はあるまい。
ほら、あの恥ずかしい名前の完全自動回復とかメラゾーマとかディスペルとかいうスキルを連呼したまえ」(わたし)
「……恨みます。大尉殿のことを恨みます」(ナカムラ少年)
「我を無視して仲間割れとはいい度胸だ。もはやその無礼許し難し。消えて無くなれ、人間ども!
ファイヤー・アロー!ライトニング!」(魔王)
「えっ!」(ナカムラ少年)
「ウオーター・ショット!」(魔王)
「えっ!!」(ナカムラ少年)
「隕石落し!」(魔王)
「えっ!!!」(ナカムラ少年)
「……」(魔王呆然)
「呪文を唱えても何も起こらぬな。いかがいたした、魔王殿?うん?」(わたし)
「……」(魔王呆然)
「今日はどうも魔王は調子が悪いようだ。
ナカムラ少年よ。君が代わりに呪文を唱えてやってくれたまえ。せっかくスキルとか魔術を自称女神にならったんだ。この機に使わないともったいないではないか。
さあ、早く。
うん?ほら、あのタイガー・バームとかメンソレータムとかいうやつを見せてごらんよ。ああ、横文字が多いのでつい薬の名前と間違えたか。失敬。失敬」(わたし)
「大尉殿なんて大っ嫌いだー!大尉殿のバカー」(ナカムラ少年)
ナカムラ少年は泣いて走り去った。
少々残酷であったが、この病気はここまでしないと完治しないからな。わたしは悪くない。
ここで魔王がスペルを唱えても魔術が発動しなかった理由を説明しよう。
わたしの精霊としての能力に他人の妄想を発現させるというのがある。これ自体厨二病チックで嫌なのだが、この能力は他人の妄想を発現させないという使い方もできる。つまり妄想を厨二病患者の頭の中だけに留めておくことができるのである。
わたしは治療目的にどうしても必要だからこの能力を恥ずかしいのを我慢して使用しているのであって、決していじめるのを楽しんで使用しているのではない。
すべては患者のためだ。持てる能力者としての義務感からしていることなのだ。大目に見てほしい。
今回は魔王が厨二病患者であったためにわたしの恋愛道は残念な結果に終わった。
だが、次回でわたしはいよいよ王都スコッティでの冒険者ギルドの受付に就職することになる。王都というからには住んでいる人数も多かろう。いい男の10人や20人くらいいそうなものだ。
次回こそは胸はなくとも幸せを掴めることを実証してやろう。期待していてくれ。同志諸君!




