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脱線2

 脱線2



 わたしは目を細め咥えたシガレットの香りを楽しみながら口の中のねばつく煙をそろっと吐き出す。


 ナカムラ少年の暴走も終わり(鉄拳による強制終了)、この白い空間も静かになった。これを好機とみて自称女神が口を開く。

「コホン。えー、ここはネピアと呼ばれる世界です。そして、わたくしこそがこの世界を管理するエルモアと呼ばれる女神なのです。

 ネピアでは最近になって魔王が出現して人類が撲滅の危機に陥ってしまい大変難渋しておりました。そこで、とある異なる世界の神さまと交渉してハルノ・ヒナタという勇者を一人都合していただき召喚したのですが、なぜだかあなた方4人が現れてしまって……。

 わたくしとしてはチェンジと申しますか、今すぐあなた方に退去していただき……」


 いやにホッコリする名前の勇者だな。そんな名前の勇者で本当に魔王征伐できるのだろうか。まっ、どうでもいいことだが。


 自称女神は花冠で飾った亜麻色の髪を長くひざ裏に届くほど伸ばし、青い目をしていた。顔はわたしの嫌いなエルフに似た白痴美に通じるものがある。

 胸のことを含めていろいろ言いたいことがあるが、言わずにおこう。人を外見で判断してすぐに嫌悪感を露わにすることは失礼なことだからな(きれいごとを言ってすまん。本音が表現してしまうとそのブーメラン効果で自ら痛い目に遭うのが嫌であることを自分でもよく認識している。美人を見て嫉妬を露わにすることは自分がブスだと自白しているのも同然だからな。自分で自分がみじめになるようなことはすべきでない。本能がすべきではないと告げている。自己に優しく生きるというのが生物としての基本だとわたしは心得ている)。

 今は会話のイニシアチブをとるためとりあえず自称女神の話しを遮ることにする。


「事故なのか故意によるものかは知らないが、現にわれわれはここにいる。それを人違いだからすぐさま帰ってくれというのは少々ムシがよすぎる言い分ではないだろうか。

 よく考えてものを言い給え。貴女にも大いに責任がある問題なのだから」


 自称女神が目をキョドらせる。

 わたしはコイツを押しの弱いヒキコモリと見た。ならば話しは簡単だ。世間知らずをよいことに一方的に責任を負ってもらおう。

 自称女神よ。この世では相手に気弱な態度を先に見せた方が食われるのだ。生存競争の厳しさを身を以て味わうがよい。

 それに、わたしはお前の胸のデカさを鼻にかけた上から目線が気に入らない。持たざる者の正義の鉄槌もついでに味わっておけ!負けた気になるので口に出しては絶対言わないがな。


「まずは自己紹介をさせてもらおうか。わたしはマリアカリア・ボスコーノだ。とある世界の現役将校であり、階級は大尉である。

 現在、蓬莱山で行われている仙人主催の武術大会に選手の一人として参加しておったところ、大変迷惑にも貴女の勇者召喚に巻き込まれて遭難中だ。

 非常に難儀している。

 この責任をどう取っていただけるのかな、自称女神殿?」


 自称女神は「ひえー。剣譜争奪の選手の方々だったんですか」とか言って動揺している。

 押しの弱い相手には最初に自責の念を植え付けるのがクレーマーとしての鉄則である。

 そういう意味ではコイツは非常にチョロい。まさにカモである。

 わたしはさらなる攻撃を仕掛けるべくシルヴィアたちに目配せをした。


「わたしはシルヴィアという。大尉と同様、武術大会の選手だ。

 わたしには故郷で最愛の人と結ばれて家庭を築くためにどうしても武術大会で勝利をおさめる必要があった。なのに遭難。このままでは不戦敗になってしまうかもしれない。

 わたしはいったいどうしたらいいのだろうか……」

 

 シルヴィアは肩を震わせ悔し涙に暮れるようなふりをする。

 この点はあれだ。何のかのと言っても長い付き合いなのだ。なかなか連携がとれているといえよう。チームの司令塔としては頼もしい限りだ。


「えーと。自分はエリザベス・グラヴィアスといいます。階級は伍長で、大尉殿の従卒です。

 大会ではサポーターとして主に選手の使用する武器のメンテナンス一般を引き受けております。だもんで、大会会場に置いてきた武器その他いろいろな備品をメンテナンスできないのは非常に困るのでして、(自称女神に対して)ナニやってくれてやがりますというのが偽らざる心境であります」


 若干心配したが、エリザベス伍長もおおむね合格だ。


 フム。ナカムラ少年は床に沈んでいるので省略と。

 たぶん一杯妄想を語ったから彼は疲れたんだろう。なにか赤いものに塗れているが大した問題ではない。


「常識ある者としてはここらで陳謝の一言があるのが当然とわたしは思うのだが。

 自称女神さまとしてはその点どう思われているのだろうか?はっきりとした回答を頂きたい」


 わたしは喫っているシガレットの煙を吐きながら自称女神への仕上げを開始する。


「えっ。で、でも、わたくしだけのせいとも言い切れないような……」

「ではなにか。自称女神としては責任は一切取る気はないということと理解していいのですな。それならそれでわれわれも然るべき処置をとらせてもらうが、よいのですね?」

「あ、あなたは女神であるわたくしを恫喝なさろうというのですか。ぶ、無礼な」


 追い詰められて権威にすがったか。

 悪手である。貧弱な抵抗ともいえる。


「ほう。居直られるか。しかし、女神を自称なさることはわたしにとり何の意味も持ちませんぞ。

 わたしの故郷では宗教というものが存在しなかった。つまり神という概念定義がない。それゆえ、わたしには神という存在が認識できない。もちろん神としての権威も認められない。貴女がいくら女神であることを強調されようとも、わたしにとっては単なる貴女の存在を示す記号の修飾語でしかない。

 お分かりか?

 まあ、これはわたしの認識であって、別の認識を持つ者がいるかもしれない。他の者にも聞いてみましょう。

 シルヴィアはどうか?エリザベス伍長はどうか?」


 わたしはシルヴィアがコミュニストであることを知っている。当然、シルヴィアの回答を予想できる。


「わたしの故郷では宗教は人民を堕落させるものと否定的にとられている。当然神という存在についても否定的な価値判断がなされる。

 共産主義を信奉し党に忠実なわたしも同様な価値判断をする。

 そこでは神としての権威性はゼロだ。ゼロをいくら強調してもゼロ。

 貴女がわたしの前で女神としての権威をことさら強調しても、わたしの失笑しか呼び起さない」


 失笑か。なかなかきついことを言う。やるじゃないか、シルヴィア。


「わたしはメカの中にこそ真理があると考えています。ですから、ヘーパイストスさま(古代ギリシャ神話の鍛冶の神さま。主神ゼウスとその正妻ヘラの第一子であるが、醜さゆえにヘラに育児放棄され長じたのち美の女神アフロディーテと婚姻するも不倫をかまされるなどトホホな神さまであったりもする。)など生産系の神さましか認めません。申し上げにくいことなのですが、エルモアさんには生産系のオーラが出ていないので残念ながら神さまとして敬うことができないのです。

 でもですよ。(わたしは)割とだれとでも仲良くなりたい方なので、お友達付き合いはOKです。

 それでですねえ。わたしのことをよく知ってもらいたいために自己紹介の続きをしますとですねえ。趣味はさっき言ったようにメカ作りで、現在は第四世代のMBT(現代の最新鋭戦車)に夢中です。10式なんて超可愛いです。愛でて愛でて愛でまくりたいです……(やたらと長いので精神衛生上以下略す。)」


 まあ、ズレているが、エリザベス伍長らしいフランクでフレンドリィな回答だったということでよしとしておこう。自称女神に精神的プレッシャーを与えて混乱させるという目的には結果的にかなったわけだからな。


 が、わたしがこのように楽勝ムードに浸っていると、問題が起きた。

 ナカムラ少年が復活したのだ。

 普段なら床にダウン後は無気力なへたれと化すはずなのに、異世界妄想パワーが彼を非日常的に活性化させてしまっている。

 彼の身体に黒いオーラが見える。いかん。青少年としてはかなり危険な状態だ。

 わたしの精霊としての危険予知能力が警告を発する。

 すぐに管理責任者として直接行動をとらざるを得ない事態が出現する、と。

 ああ。やはり(自分がだれか分からなくなるくらい徹底的に制裁を加えて)妄想の元栓をキッチリと閉めておくべきだった。


「ぼ、僕は女神様として敬いますよ。崇め奉ります。

 だって、こんなに綺麗でチャーミングで美しくかつロケットのような胸をなさっておられるんですもの。女神様と認めざるを得ませんよ。

 しっかりお姿を目に焼き付けて今晩の……、いやなんでもありません」

 

 彼は別の意味での女神様扱いをしているようだ。

 その扱いに自称女神様もいたく感銘を受けたらしく、ナカムラ少年にゴミでも見るかのような視線を浴びせかけている。

 が、それは逆効果だ。

 自称女神様による軽蔑の視線が彼のいやらしい属性を刺激してしまう。


 わたしは青少年が犯罪行為に出る前に後見的見地から直接行動をとらざるを得ない。


 ていっ。


 わたしはいやらしくニヤつく少年の頭にチョップを食らわせ再び床に口づけをさせた。

 未熟な彼には人間との抱擁より無機物との抱擁がお似合いだ。



「まあ、一部勘違いしているものの意見は無視しておいて、貴女のわれわれに対する賠償責任について話し合いましょう」

 わたしは混乱している自称女神に畳み掛けた。

「いやなに。そんなに警戒しなくてもいいですよ。大したことを要求するものではありません。なんとかのと言ってもわれわれは淑女の集まり。われわれの体面が保てるだけのほんの少しのご配慮がいただければ済む話ですよ」


 わたしはビビる自称女神に笑みを投げかけた。


 ……話し合いの末、われわれはハルノ・ヒナタさんにかわり勇者となって魔王なるヤツをサクッとぶっ殺し、成功報酬として討伐後にスコッティという名の王都にある冒険者ギルドの受付への就職が約束された。


 なんのためのギルド職員への就職かって?

 そんなの当然、わたしの王道ファンタジー名物、恋愛を成就させるために決まっているではないか。いい男と付き合うにはまず出会いがなければならないからな。

 冒険者ギルドはわたしの狩場と化す運命にあるのだ!



「……ついでに申しておきますと、このネピアの世界ではマナが存在し魔術の使用が可能です。ですが、火・水・風・土の4つの属性というものがありまして個々人それぞれに備わった属性の魔術しか使用……」

「スキップ」

「……」(自称女神唖然)


 自称女神がなにやら説明をしようとするが、そんなものはいらない。われわれは現代兵器一辺だからな。


「それと、ステイタスと唱えると……」

「それもスキップ。ああ、それと、ポイントについてもわたしは要らない。できればナカムラ少年にわたしの分も回してやってくれ。彼はわたしと違って厨二病らしいからな。チートとかいうものになりたいらしい。彼のスキルとかいうものにかける妄想の実現に役立たせてくれ」

「……」(自称女神暗澹)


 わたしはエリザベス伍長と同じく精霊なのだ。借り物の能力など必要ではない。


 説明をことごとく拒否された自称女神がわたしのことをまるで異端者であるかのように冷たい視線を浴びせかけてくる。

 だが、無視だ。

 わたしは恋愛がしたいのであって妄想遊びをしたいのではないからな。



 次話からわたしの恋愛道が本格的にはじまる、はずだ。たぶん。

 自称女神をしてわたしの華麗な異世界生活にハンカチを噛みしめて大いに悔しがらせてやろう。胸はなくとも幸せは掴めることを実証してな。期待してくれ。同志諸君!




 





 

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