脱線1
脱線1
わたしはエリザベス伍長にシガレットの火をつけてもらい深々と喫った。
「ハァキタコレキター!異世界。チート。無双。ハーレム。ハハハハ!オレは勝った!オレはー勝ったんだー!下剋上!暴力女排除!オレハ自由!オレハ自由!フリーダムッ!グハハハハ!」
白い空間で女神と称する電波女を前にして金髪のトンチキが絶賛高笑い中だ。
「ポイント!スキル!ステイタス!異世界マンセー!チートマンセー!無双マンセー!あざーす!あざーす!♪こんにちわ、異世界。わたしがチート」
ウザい。ナカムラ少年がウザい。こういうことなら57回の擱座炎上にとどめず60回の撃沈で奴の妄想を完全粉砕しておくべきだったとわたしは反省する。
わたしは当然李鉄拐に飛ばされたあと次の大会運営者のもとへ送られると思っていたのだが、なぜだか知らんが気づいてみれば白い空間の中で突っ立っていた。それもことさら胸を強調したムカつく女の前にだ。
おかげでナカムラ少年が暴走しだした。
「まずは森を抜けてから街道で山賊に襲われている奴隷商人の馬車からモフモフの美人さんたちを救出するイベントでしょ。救出した美人さんがお姫様だったりするわけで将来のコネづくりに成功しちゃう。でもって身分証明書づくりに冒険者ギルドへ行って受付の美人お姉さんと仲良くなる。ギルドカード作るときに俺のすさまじい実力がばれちゃって大騒ぎになって、嫉妬に狂った不良冒険者をケチョンケチョンにしてストレス発散したりーの、オレを取り込もうとする国のお偉いさんからハニー・トラップを仕掛けられたりーの、難易度の高いクエストを短期間で軒並み制覇無双したりーのしていくんですよ……」
ナカムラ少年は依然として快調である。でも、穴だらけだろう、それ。
「あのですねえ。聞いてください、私の話しを!お願いですから!」
これ見よがしに胸を強調してわたしを不快にさせる自称女神が少年の暴走する妄想を躍起になって止めようとしている。
アホらしい。
そんな手ぬるい説得で疾風怒濤の童貞妄想少年のリピドーを抑えられるわけがなかろう。
おまえは分かっていない。
止めたくば、深夜に勉強している殺気だった受験生がサカリがついて騒ぐ野良猫たちにする仕打ちのごとくバケツで水をかけよ。青臭い性的欲求のつまった少年の妄想を打ち砕くには相応する負の感情による打撃が必要なのだ。それこそクリスマス・イブを独りで過ごす喪女の親友へのどうでもいい思い出話でつづる突然の深夜の迷惑電話のごとき怒涛の陰湿さとインパクトが必要なのだ。
仕方がない。こうなってはナカムラ少年の妄想が止まるまで時間つぶしをするほかあるまい。
周りを見渡すと、すでにシルヴィアは自称女神とナカムラ少年に背を向けて床に座り資本論を広げている(理解できているのかどうかは不明だが。)。 エリザベス伍長は白い床をコンコンと叩いてなにやら材質検査をしている。
……まあ、こういう事態なら両人の行動も最適だといえよう。物語には脱力系も必要だからな。根を詰める必要などどこにもない。
ではさて、わたしは昼寝でもするか。
わたしの特技はどこでも寝られることなのだ。リフレッシュとストレス解消、時間つぶしという一石三鳥のわたしの行動にだれにも文句はつけられまい。
わたしは床をさわって姑のごとくチリの落ちていないことを確かめたうえ、ホルスターごとベルトを外して床に転がりピケ帽を目隠し代わりに前にずらした。
……
……
<<……カリア。マリアカリア。マリアカリア大尉。起きなさい。さあ起きなさい。ワタシは君の愛銃USP自動拳銃の精霊よ。どんなハートも一撃コロリよ>>
「!!」
ああ、驚いた!体に冷や汗をかいてしまった。
夢の中で陰険腹黒女に似た声がしたため、わたしは夢の続きを強制中断して飛び起きた。たとえ夢の中でも奴の術中にはまることなどあってはならんのだ。どんな悪夢を見るか分かったものではないからな。
だが、ムックリ起きたのはいいけれども、まだナカムラ少年が語っているのが聞こえる。
オイ。影の薄い端役のくせに30分以上も語っているのか。いい加減にしろよ。
「……で、彼女は言うわけですよ。『フ、フン。バイバイしたってワタシさみしくないんだもん。お兄ちゃんなんか、へたれ死んじゃえばいいのよ。バカ』
そこで、オレは彼女のツンデレから彼女の思い(対戦ゲームで勝ち逃げは許さん!)に気づいてしまう。
感極まってオレは彼女をさりげなく抱き寄せて頭をなでながら『バカだなあ。オレは角のコンビニにガリガリ君買いに行くだけじゃないか。確かにあそこにはカツアゲ専門の不良という強敵がときどき出没する。だがオレにはスマホがある。あのコンビニでは現金がなくてもアイスが買えるのだ。やつらに文明の利器のすごさを思い知らせてやる。そして、オレは某宇宙戦艦のごとくお前への愛を証明するために無事に戻ってくるのだ』
『お兄ちゃん!』
オレは固い決意を胸に鼻水を拭かれたTシャツを気にしながら自宅の玄関から出立するのでありました」(ナカムラ少年)
「……」(自称女神)
……こちらも悪夢か。
「奴(ナカムラ少年)はいま何を語ってるんだ?」
どうでもいいが、わたしは一応エリザベス伍長に確認をとる。管理者責任の問題があるからな。
「ハイ。いまちょうど『オレと妹のどうでもいい日常パート5』の3234頁目ですね。これは本編『オレつええ勇者の日常』の派生もので、ハーレム生活を満喫していた勇者が女性たちから多額の保険を掛けられているのを知り慌てて逃げかえった地球での後日譚です」
妄想とはかくもしつこいものなのか。たまらん。
一話をナカムラ少年の妄想で終わらせるわけにもゆかん。話を進めるためわたしはエリザベス伍長に現況説明を問うた。
「で。自称女神はわれわれに何を要求しているのだ?」
「ハイ。なんでもこの世界に魔王が出現し人類が滅亡しそうだから征伐してくれとのことです」
「なに。自分の管理能力のなさを他人の手を煩わせて補おうだと。胸さえでかければなにやっても許されると世の中舐めているのではないだろうな、あの電波!」
「そういえばいたな、その手の女」 ここでシルヴィアが話に噛んできた。「前線に出たくないばかりに上層部のお偉いさんに胸を強調しまくって媚を売ってうまいこと後方勤務に鞍替えしてたな。男にとっては女の胸は生死を分けるほど偉大なんだな、やはり」
「それで胸のないお前は泣き寝入りで前線送りか。なぜお偉いさんの奥さんに一報を入れとかないんだ。ああいうのを増長させるとろくなことが起こらんぞ」
「わたしが前線送りになったのはセクハラオヤジの奥さんへの一報が原因だ。大尉とちがってわたしは胸がなくてもモテたのだよ」
「フ、フン。どうせ特殊な趣味の変態オヤジにちやほやされてモテたと勘違いしてるんだろう。そんなことでわたしに勝ったと思うなよ」
「……」
ハッ!わたしは何をやっているんだろう。シルヴィアと泥仕合をやっている場合ではない。前から気になっていたのだが、この物語には恋愛要素がまったくないではないか。恋愛のないファンタジーなんて砂糖を入れないカプチーノに等しい。それではファンタジーではないのだ。
何だか知らないがまだ仙人からの課題も出ていないわけだし、この世界で王道ファンタジー恋愛要素てんこ盛り編をわたしがやってもいいのではないだろうか。
いや、絶対そうである。そうに決まっている。
魔王なんていうやつを戦略爆撃機でデイジー・カッターかなんかで爆撃してちゃっちゃっと始末して、早速異世界恋愛道へGOだ!
わたしはだれにも邪魔させるつもりはない。これは決定事項だ!




