精霊防衛隊 6
精霊防衛隊 6
「なぜ拾わない。計算高いお前らしくない判断だな」
口に出しても言ったが、私はレナード・コールを同情できない。私にはコイツの臭いが我慢できないのだ。
だが、こいつを裁くのは私の役目ではない。裁判所の役目だ。そこだけは間違えてはならないし、間違えるつもりもない。
この認識があるから、私はレナードに青色のバッチをつけさせようとしている。同情しているわけではない。
「お前みたいな奴は少数だが世間にいる。私は幼い頃からそういう奴らを嫌というほど見ている。
目の前に対象がいる限り、普通の人間というのは案外他人を虐めたり殴ったりは出来ないものだ。
理性が働くのか自然に可哀想と思うのかどうかは知らないが、とにかく自分の行動を止めるなにかを持っているものだ。
軍隊での訓練とは本来、そういった人間的なものを削ぎ落とすためにある。でないと戦えないからな。
だけど、お前みたいな奴は最初から人間的なものを何も持っていない。
どこかに置き忘れて生まれてきた、そういう種類の人間だ。信条は『前で転んだ人は必ず踏め』、だ。そして、行動の指針としてあるのは計算だけ。ここで、こういう行動を採ったら損か得かの判断だけだ。
お前にとってオギワラ少年を虐めても何のリスクもない。まさにいじめ放題だ。そう判断して彼をいじめ抜いたんだろう。
彼を殴り、蹴りつけ、金をゆすり取ろうとまでしたそうじゃないか。
彼が金を持っていないことを知っていて、その苦しむのを見たかったのか。事件の2日前には彼を預かっている老人の家に勝手にあがり込んで部屋を荒らしたそうだな。そこまでして彼が苦しむのを見たかったのか。
だが、彼は死んでしまった。もう楽しみは終わりだ。そして、今度ばかりはお前の父親も庇えない。とうとうお前が行動のツケを支払う時が来たんだ。
なのになぜ、お前は少しは同情してもらえるかもしれない青色のバッチをつけようとしないんだ。
日頃の態度からみてお前らしくないじゃないか。教えてくれよ。父親憎しの一念で視野狭窄でもおこしているのか」
「うるさい。うるさい。うるさい。あんな奴、死んだからといってどうだと言うんだ。まだ虫の方が可愛げがあるくらいさ。虐められるくらいしか役に立たない奴じゃないか。ふん、もう死んだのか。まだ虐め足りないくらいだ。ほんと、最後までつまらん奴だった」
この部屋にいるのは私を含めみんな大人だ。感情のまま行動したりはしないと安心していた。
しかし……。
「伍長、やめろ」
私が制止する間もなく、エリザベス伍長はレナードを殴り飛ばしていた。
「被疑者を殴ったのは警察ではなく保安局員だったと声明を出す。本当に迷惑をかける。すまない」
私はフィオナ巡査とマイルズ巡査部長に謝った。
エリザベス伍長は部屋の外に出した。精霊とは自制の利かない存在なのか、厄介な。
レナードという小さなサディストはもとの世界でもこちらの世界でも他人から攻撃されたことがなかったのだろう、さっきまでブルブル震えて泣きはらしていた。
こういう手合いの実態はだいたい矮小なものだ。
こんなに弱い癖に何故他人に自分を置き換えてみることができないのか不思議で仕方がない。
胸くそ悪い気分だが、私にも仕事がある。
「さてと。泣きやんだか、レナード。お前に教えてもらいたいことがある。まず、もとの世界でのお前の名前を聞かせてもらいたい」
「……」
「黙りか。あまり手を焼かしてくれるな。こちらはお前のことをサディストとでも変態とでもブスとでも呼んで構わないんだぞ。それに、青色のバッチの付与は決定事項だ。お前がいくら反抗しようが変わらんよ」
「……朽木燿子。わたしはクツキ・ヨウコだ」
最前までの勢いはなくなった。だが、声まで弱々しくなったわけではない。弱いくせに反抗的な奴だ。
「それでは転生までの経緯と送り手のことを話してくれ」
「わたしは都立高校の2年生だった。放課後、呼び出した気に入らない子を校舎の裏で待っていた。いつまで経ってもそいつが来ないのに頭にきて携帯を取り出したところで、黒っぽいなにかに取り囲まれて気を失った。
気がつくと、安っぽいワンピを着た髪の長い二十歳は超えている女がいてさ。そいつが『もっと楽しいところへ送ってあげる』と言いやがった。わたしには何も言わせなかった。
わたしは五才になるまで自分が転生者であることに気がつかなかった。それから毎日、記憶が蘇ってくるんだ。気味が悪いったらありゃしない。自分が男であるか女であるかも分かりゃしない。誰にも相談できない。もとの世界でもこっちの世界でも両親はちっともわたしのことを構いはしない。昔は女の子だからかなとも思っていた。だが、そうじゃなかった」
「それで、もとの世界でもこちらでも他人を虐めて憂さを晴らしていたわけか。
お前にとっては、自分以外でひとに優しくされたり愛情をそそがれる存在が我慢できなかったわけだ。
だが、それが何の言い訳になる。
人は精霊とは違うんだ。他人に優しくすることなんて滅多にない。他人に優しくされる人間は優しくされるだけの理由があるはずだ。お前はその努力もしないで嫉妬しただけだ。
くだらん。なんの非も無く、そんな理由で殺された者は浮かばれんな。私はお前にまったく同情できない」
「……お前なんかに同情してもらっても嬉しくともなんともない。
ああ、そうだ。一つ思い出したことを教えてあげるわ。
送り手がさあ、言っててたよ。『精霊ちゃんたちを虐める悪い子には御仕置きをしなくちゃね。黒い塊をいくつか贈るわ。せいぜい足掻きなさい、マリアカリア大尉さん』だってさ。
あんたがそのマリアカリア大尉なんだろ。あんたもおしまいな訳だ。わたしは終わった奴の同情なんて要らない」
聞くべきことを聞いた以上、ここに長居をする理由はない。私はエリザベス伍長を連れて帰ることにする。
署長は最後まで顔を見せなかった。