精霊防衛隊 5
精霊防衛隊 5
ガキは牙をむいてきた。
「こんなものは要らない」
ガキは手で払い、私の差し出した青色のバッチは部屋の隅に飛んでいった。
私はバッチを拾いにいかない。しかし、忠告はした。
「殺人未遂の罪責は免れない。しかし、バッチをつければ、世間の非難から少しは免れるはずだ」
フィオナ巡査は目を丸くして何も分かっていないようだが、私はどういうことが行われ、進行中かということに気づいた。
ガキが転生者であることに父親のルイス・コールは以前から気づいていた。そして、ルイスはその事実を隠蔽しつつ息子を忌み嫌った。
そして、目ざわりな息子の存在を無視し続けた。
当然、ガキは反発するし父親を憎む。自分の運命を呪ったかもしれない。だが、同時に父親に振り向いてももらいたかった。一人で生きていくにはガキはまだまだ精神的に未熟だからな。頼りが欲しかったに違いない。
そこで、父親に面当てするかのようにガキは事件を起こす。
今回だけではなく今までに何度もあったはずだ。父親は力を使ってそのたびに事件をもみ消してきた。
しかし、今回は改革派のロジャー・パーシバルに嗅ぎつけられ隠蔽できなくなった。
それでは、今回、父親はどういう行動に出たか。
端的に言うと、息子を見捨てた。それも息子が転生者であることをわざわざバラす形で。私が呼ばれたのもそのせいだ。
今回の事件は特殊なのだ。単に父親の権力を笠に着た不良息子が調子に乗って起こした事件ではない。
まず、被害者がオギワラ・ソウタという異世界人であることだ。送り手は転生者だけでなく、今でもそのまま異世界人を送ってくる。
オギワラ少年は辺境の村で保護されている。一般の異世界人と異なり抱く妄想は少なかったらしい。性格も真面目で素直。当然、保護した村人にも可愛がられた。そのままであれば、何の問題も起きなかったろう。だが、余計な気を回した村人が高度な教育を受けられるようにオギワラ少年を都会に住む村の縁者に預けた。
不幸なことに、オギワラ少年は学校でレナード・コールと同じクラスとなった。
レナードにとってまさに格好の獲物だった。レナードは日常的にいじめを繰り返した。オギワラ少年の持ち物を隠す、捨てるなどは序の口で、取り巻きを使って毎日のごとく暴力を振るった。
そして、遂に校舎の窓から飛び降りることを強要し、オギワラ少年は転落して頭を強く打ち、今は意識不明の重体だ。
改革派にとってこの事件は保守派を攻撃する格好の材料だ。
素直なオギワラ少年に対する住民の同情も十分期待できる。弱者である異世界人をいじめる保守派の重鎮の不良息子と息子の愚行を隠蔽しようとするその父親。絵に描いたような悪者の登場である。事件が世間に知れ渡ると大騒ぎになる。
でも、ここでいじめた息子が異世界からやってきた転生者であるとすればどうだろうか。
改革派の描いた絵は逆転する。
異世界人をいじめた同じ異世界からの転生者。もとの人格を持って生まれてくる転生者である以上、父親の育て方には問題がないはず。
こういう悪辣な悪戯を仕掛ける送り手こそ一番の悪党だ。やはり転生者にも異世界人にももとの世界に帰ってもらうべきだ、というふうになりうる。
レナード・コールが改革派の絵にそのまま乗ることは危険だ。世間の非難が集中しすぎる。レナード本人は嫌がるだろうが、ここは保守派の意図に従うほかあるまい。
私はそのように判断してレナードに青色のバッチを差し出したのだ。
「拾え。もと女の子の転生者。私はお前のやったことにまったく同情する気がおこらない」
私の言葉にレナードは興奮した。まるで野犬に路地裏に追い詰められた子猫が全身の毛を逆立てるようだ。
私とレナードがにらみ合っていると、取調べ室のドアが開いた。
入ってくるなり、巡査部長が告げる。
「今、オギワラという少年が死んだと病院から連絡があった。容疑は殺人未遂から殺人に変わる」
一番聞きたくなかった知らせがやってきた。