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第一層6つづき1

 第一層6続き

 

 地図を前にして、ジャン、ラ・イル、ジルらと作戦を検討する。

「やはりイギリス軍を掃討するには各個撃破が一番だ。幸いなことにやつらは砦ごとに分散している。

 作戦の第一段階でロレーヌ川を渡って東南のサン・ジャン・ル・ブラン陣地を落とし(イギリス軍を)分断する。分断されれば(頭がまともならば)やつらとしては南西方面の本営に集結するしかなくなる。

 やつらがもし愚かならば、手にした要塞や砦を惜しんで分散してそれに篭るだろう。そうなればあとは簡単だ。こちらは兵力を集中させて一つづつ砦を落としていけばいい。

 やつらがもし砦を捨てて野戦の構えをみせても、無視してこちらは捨てられた砦を拾って破却するか占拠すれば包囲を解いたことになり、こちらの勝ちだ」(わたし)

「その場合、やつらが襲ってくるんじゃないのか?」(ラ・イル発言)

「砦の破却や占拠に大軍は要らん。その場合、こちらの主力がやつらと野戦決戦するかのように構えだけみせて張りついていればいい。やつらの死んだ考え方からすれば、まず陣を張り前面に逆茂木を備え付けその後ろにご自慢の長弓隊を置いてこちらがチャージをかけてくるのを待つはずだ。その場合、こちらも陣を張りやつらの騎馬突撃に備える構えをみせてにらみ合いをして時間を稼いでいればそれで済む。

 相手の指揮官がすぐ血が昇る奴で独断で騎兵攻撃をかけてくるというのであれば、こちらはクロスボーで撃ち抜き相手の戦術を再現してやればいい。

それこそ相手の騎兵と弓兵を分断し時間をかけて各個撃破の殲滅を実現できる」

「兵の数が足りなすぎる。こちらの使える兵はよくて3千しかいない」(ジャン発言)

「ロレーヌ川を渡る直前に東の砦群を掃討する。そこに篭るイギリス軍は700を下るまい。殲滅すれば5分になる。それにこちらにはロレーヌ川南岸に展開する6千の遊軍がいる。呼び集めても案山子代わりにしかならんが、陣を張ってにらみ合いをするにはそれで十分だ」(わたし)

「東の砦を落とすにも犠牲が要るぞ。(使える兵を減らすうえ疲れさせて)どうするんだ」(再びジャン発言)

「渡河部隊の精鋭は使わん。他の部隊で夜間攻撃の奇襲をかける。心配するな。私が指揮をとる。なにしろエラン・ヴィタールだからな。陣ぶれも何もない。突然奇襲をかけられてやつら、慌てふためくしかない。

 ああ、そうだ。野戦で主力自体のぶつかり合いがもし起こったとしても、エラン・ヴィタールだ。各自の判断で最適手段をとれ。陣ぶれなど必要ない。相手の準備が整うのを待つ必要もない。とっとと攻撃をかけろ。そして殲滅してしまえ」(わたし)

「……まあ、それをすれば確かに勝てるな。でもな。われわれ(傭兵)にも暗黙のルールというものがあってだな」(ラ・イル発言)

「そのわけのわからんルールを固守して勝てる戦を捨て敗戦の憂き目に遭い自らは虜囚の辱めを受ける、と?(実際、おまえはそうやって捕虜になっていたそうだが)

 そして、兵士は無駄に死に、オルレアンは陥落し、フランスの名誉をこれ以上汚してもいいというわけか?

 貴公らは過去100年間何度も同じ過ちを繰り返し敗戦を重ねてもまだ足りないというのか?

 いま必要なのはお上品な礼儀でもエチケットでもない。相手の頭をかち割って是が非でも勝利をつかむことだ。

 貴公らの下らない見栄のためにオルレアンの女子供にこれ以上の死や恥辱をもたらしても平気だというのかね」

「……わかった。肝に銘じる」(ラ・イル発言。史実では、ラ・イルは後のパテイの戦いでジャンヌ・ダルク流の攻撃を模倣し、イギリス軍の長弓部隊が準備を整える前に突撃をかまして味方の大勝利に大きく貢献している)

「エラン・ヴィタールだな」(ジャン発言)

「新しい。斬新で何よりも素敵だ。凶悪で生々しく精気に満ちた考え方だ。気に入った。僕は大いに気に入った」(ジル発言)

「そうだ。それがエラン・ヴィタールなのだ」(わたし)


「味方の士気をあげる工夫が要るな。ロレーヌの乙女の名前で敵への降伏勧告文を出そう。気の利いた文句を知らん。ジル、頼めるか」(わたし)

「おいおい。それこそ見栄だろう。今現在はやつらの方が優勢なんだぞ」(ラ・イル発言)

「それにこちらの攻勢計画を漏らすことになる。やつらが迎撃準備を固めることになる」(ジャン発言)

「ふん。望むところではないか。準備をして分散して砦に篭ってくれればこちらの各個撃破がやりやすくなる。やつらが自らを優勢だと信じていればいるほどそうなりやすい。

 それに、これ(降伏勧告)はロレーヌの乙女がオルレアンに入城したことをやつらに知らしめることにこそ眼目があるのだ。やつらは迷信深いし、遠く異郷に来てこころのどこかで不安を感じているはずだ。やつらにとっては乙女は得たの知れない能力を持ったおそろしい魔女。(ロレーヌの乙女がオルレアンにいて攻勢を準備していることを)やつらが知れば途轍もなく不安になり、特に兵士は動揺するはずだ。敵の士気は間違いなく下がる。

 さらに、ロレーヌの乙女の勝利への確信ぶりを示すことでオルレアンの守備隊や市民の士気は間違いなく上がる。

 (降伏勧告をするという作戦行動は)どうだ?効果抜群じゃないか?」(わたし)

「なかなか面白そうな話しじゃないか。よし。僕が(文面を)考えてやろう。とびきり恐怖を抱きそうなやつをな」(ジル。後年、マルキ・ド・サドがジル・ド・レイの宗教裁判記録を読んで興奮したようにジルには残虐な妄想について一家言があった。)



 このようにわれわれがイギリス軍撃滅のための作戦を練っていると、突然部屋の扉が開いて黒い文官姿の男が気ぜわしく入って来た。


「卿らは何をしている?攻勢でも仕掛けるつもりか。無謀なことをしてこれ以上市民に被害を及ぼすようなことは断じて許さんぞ」


 ジャン・ド・デュノワだった。この男はオルレアン公に代わりこの町を預かる最高責任者だ。フランス人らしく髪は栗毛。その細い顎を青々と剃り上げた様はまるで本人の几帳面さ神経質さをあらわしているようだ。そして、その眉を怒らした様子は頑固で責任感の強いカタブツであることを示していた。


「われわれは王太子の命令で軍事指揮官としてオルレアンに来ているんだ。作戦を練るのは当然だろう」(ラ・イル)

「それが無駄だというのだ。いままで王太子からの援助で役に立ったことは何ひとつない。今回も本物かどうかも分かりはしないインチキ臭いロレーヌの乙女なんかをオルレアンに送り込んで来よって。おかげで市民たちがありもしない希望を抱きはじめたわ。あとで失望したときの反動をどうやって取り繕うつもりなんだ。まったく。はた迷惑な」(デュノワ伯)

「今のは失言だろう。貴公はアルマニャック派の旗頭の代理としてこの町を預かっているはずだ。王太子の精一杯の援助をありがたがらないだけでなく、迷惑などとは。なんたる雑言だ」(ジル)

「わたしだってアルマニャック派の一員だ。王太子には国王になってフランスを統一してもらいたいし、その支えにも喜んでなりたい。王太子は単なる戦馬鹿ではなく交渉の重大性についてよくご存じのお方で尊敬もしている。 しかし、現状を見てみろ。7か月も有効な手段も採れないまま町を包囲され市民は飢えている。もう限界だ。王太子が毅然たる態度を示してあの反目し合う宰相と王軍司令官を押さえていてくれさえいればこういう事態にはならなかったんだ。

 わたしには市民の生命について責任がある。これ以上の市民の被害を増やさないためには降伏の交渉をまとめ上げるしか方法はない。ここで貴公らが勝手な行動をとって降伏交渉に水を差す真似などさせてなるものか」(デュノワ伯)

「なるほど。理解した。貴公の言われることはある意味正しい」(わたし)

「おい。カピタン殿。なにを言いだすんだ」(ラ・イル)

「口をはさむな。ラ・イルよ。(デュノワ伯に向かって)失礼した。貴公の主張はある意味正しいし、責任ある立場の者として立派な心構えと承る。しかし、それは現状をひっくり返せないということを前提にしたものだ。でも、もしその前提が崩れるとしたらどうなる。降伏交渉は勇み足で不名誉なものとなりますぞ」(わたし)

「馬鹿な。誰がどうやってこの現状を変えられるというのだ。大言壮語したクレルモン公はイギリス軍の食糧樽をつぶしてニシンを戦場に撒いただけで終わったではないか」(デュノワ伯)

「それ(現状を変えられぬという諦め)は死んだ考えに固執する愚か者の発想といえましょう。特に貴方がた文官に多い発想ですな。だが、われわれは違う」(わたし)

「エラン・ヴィタールだ」(ジャン)「エラン・ヴィタールだな」(ラ・イル)「エラン・ヴィタールこそ新しい真理」(ジル)


「貴公たち何を言っているのだ?」(デュノワ伯)



 われわれはデュノワ伯の説得に成功し、しぶしぶながらも伯の協力を得ることができるようになった。


 


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