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第一層1

 第一層1


 わたしは激怒してオギワラ少年にしなだれかかる林青蛾を睨みつけていた。

 しかし、驚いたことに怒りで顔を歪めた少年が林青蛾を押しのけて立ち上がった。

 おお。

 そして、ワナワナと怒りに震える指を突きつけた!

 リリス・グレンダウアーに向かって。


 わたしは少年とリリスとの因縁をマルグリットから聞いて知っているからそんなに驚きはしないが、ここは先ずしなだれかかる林青蛾をガツンとだなあ……。

 が、わたしの感想など無視して少年は暴走していく。


「リリス!リリス・グレンダウアー!」


 少年は大音声で呼び掛ける。

 リリスもその声に反応し疲れた顔をゆるゆると少年へ向けてくる。


「……なんだ。小野左少弁か。元気してた?君は暇そうでうらやましいよ、まったく。わたしは覇王ちゃんが言うこと聞いてくれなくてサ、困らされてばっかなんだよ。

 心労で髪が白くなるかもしれん。アー、ヤダヤダ」

 そう言うと、リリスは溜息をついた。


 うまいことでも言ってるつもりか。元から白いだろ、お前の髪。

 わたしはこころのなかで突っ込みを入れておいた。言葉には出さない。出すとリリスが喜びそうだからな。


「誰もお前の苦労話なんか聞いていない。呪いを受けた僕に紀定子(アイリーン)高辻明子(レナード)をくっつけてあちこちの異世界へ飛ばしまくりやがって。300年だぞ。300年!」

「ああ。そういえば、ここのところ君をおもちゃにしてなかったなあ。このミッション(剣譜奪取)が済んだらまた遊ぼう。覇王ちゃんにはもうコリゴリだよ。今後は絶対に関わらないことに決めたよ」

「ダ・カ・ラ!誰もお前の苦労話なんか聞いていないの。僕がお前のオモチャにされて辛かったって言ってるの!」

「ウン!決めた!次は君を日本の大正時代へ送ってやろう。 

 場所は、大阪は船場。君は呉服屋の跡取り息子。すでに幼馴染の薬種問屋の娘と婚約しているが、相手の娘は大人しすぎて面白くない。

 あるとき手代に連れ出されて芸者遊びをするが、そこで勝気な置屋の娘に出会ってしまう。君はその置屋の娘に魅かれてしまい、ついに家出して置屋の娘のところで居候をする。当然、実家から勘当。婚約も破談になる。

 しかし、しばらくすると君はヒモ同然の生活に飽きてしまうばかりか置屋の娘からもその覇気の無さをなじられるようになる。

 そうすると、性格の弱い君のことだ。今度は婚約者だった薬種問屋の娘のことばかり懐かしむようになり、ついには家へ帰って父親に謝り勘当を解いてもらおうとする。そして再び幼馴染とのよりを戻そうとするのだが……」

「幼馴染に袖にされるばかりか、陰湿な仕返しを受ける。そればかりか実質的には追い出したはずの置屋の娘がストーカー化してしまって、最後には僕は包丁で刺されるんだろう。

 お前の考えそうなストーリーなんてワン・パターンなんだよ。いつもいつもこれだ。最後には僕が殺される。もう飽き飽きだ。

 ちなみに今回の話しの前半部分は宇野千代先生の有名な小説のパクリだろう。天罰が下るぞ!」

「よくわかってるわねえ。さすが長年恋愛泥沼話しの主人公を張ってきただけのことはある。じゃ。リリスちゃん、疲れたからもう寝に行くわ。オヤスミー」


 リリスは本当に眠そうに欠伸をした。

 少年は大激怒だ。


「ダ・カ・ラ!僕の話しを聞け!チャント聞け!

 僕は何度も何度も転生させられては殺されて辛いんだ。耐えられないんだ。もうお前のオモチャになるのは嫌なんだ。今日、この場でスッキリコッキリお前と縁を切りたいんだ!」

「縁を切りたいだと。まさかわたしにストーカー役をしろと言うのか。しかし、それは禁じ手だぞ。アカデミー受賞女優に幼稚園の学芸会のお芝居に出ろというのと同じだぞ」

「ダ・カ・ラ!僕の話しを聞け!誰もお前の妄想芝居の配役の話しなんかしていない。僕はお前と対決をして自由を勝ち取ると宣言しているんだ。本当は僕はお前に今までのことを謝ってもらいたい。しかし、どうせおまえは僕を見下してオモチャぐらいとしか思っていないから反省などしない。謝ることなんてありえない。

 僕も謝罪の要求は諦めた。でも、今日、ここで、お前が今後一切僕に構わないということだけは確約させてやる」

「あー。イライラしているね、小野君。ストレス溜めるのは身体によくないそうだよ。テレビでやっていたから間違いない。ああそうだ。そういうときはカルシュウムを多く摂取した方がいいよ。それと規則正しい生活。基本だね。現代社会は青少年の精神までも蝕んでいるんだなあ」

「オ・マ・エ!完全に僕のことをバカにしているな!」

「うん。だって君、ヘタレだもん」

「も、もう許さん。先生、やっちゃってください」


 少年はセイジャクの方を振り返る。

 が、セイジャクは涼しい顔でお茶を啜っているだけ。


「……」


「ササ、先生。遠慮なさらずにサクっと華麗にやっちゃってください」

「……」


「あの、静寂尼さま。聞こえてますか?」


 名指しをされてセイジャクはようやく自分に言われていたのだと本当に気がついたみたいだ。無表情ながらビックリしているのが分かる。彼女は本物の天然らしい。


「ああ、わたくしが先生でしたか。ふむ?それでわたくしはなにをすればいいのですか?」

「あのチョット、静寂尼さま。あなた、僕を助けてくれると言いましたよね。だったら今助けてください。今すぐに」

「ええ。ですが、わたくしはなにをすればいいのですか?」

「だからあの妖人をケチョンケチョンのギッタンギッタンにノシちゃってください」

「わたくしがですか?なぜ?」


 セイジャクが眉を寄せる。


「アンタ。僕がアイツ(リリス)に振り回されて辛い目にあったの知ってるだろう?そうじゃないのですか?本来ならブっ殺してほしいところだけど、仏弟子の方にそこまで要求できないからせめて半殺しにしてくれと頼んでるんですよ。僕は」


「出た。他力本願のヘタレぶりが」

 少年の向いにいるソバカスだらけの少女がボソリと呟くのが聞こえた。


 セイジャクが少年の方を向き直る。その無表情ぶりがなんだか怖い。少年は早くもビビって小さくなりつつある。


「小野どの。わたくしは殺し屋でも用心棒でもありませんよ」

 セイジャクが背筋を伸ばすと、厳かな声で淡々と少年へ語りかける。

「あなたのそれは瞋という煩悩。

 釈尊もおっしゃいました。『人間は生まれによって尊いのでも賤しいのでもない。その人の行動行為(業)によって尊くも賤しくもなる』と。

 良き意志、良き行為を持ちなさい。そうすることによって煩悩を滅し、善悪を乗り越えていくのです。

 物事はすべて因果律で動いています。そして、因果応報。悪因であれば良果は得られません。行いを改め悪因を断つのです」


「じゃあさ。あいつはこれからもこれまでどおりノウノウと暮らしていくわけ。それはあんまりだろう」

「小野殿は呪いを解くのが本命のはず。他人のことはほっておきなさい。それに」


 セイジャクは言葉を切ってリリスの方を静かに眺めた。


「あの者が痛い目に遭うのも近いです。間もなくあの者も自らの仏性に気がつく機会に恵まれると思いますよ」


 剣仙セイジャクは今ここで復讐したとしてもそれは一時の鬱憤晴らしにすぎず、結局は問題(オギワラ少年の呪い)解決にならないことを諭しているようだ。

 が。なぜだか、わたしは途轍もなく大きな問題を見落としているような気がしてならなかった。



 その後、食堂では少林寺僧とおぼしき老人二人が覇王項羽に向かって卓にあった大皿を投げつけて参戦していったが、結果は瞬殺だった。

 その高度な連携ぶりも、常人には捕えられない素早い動きも(観音千手掌という拳法だそうだ。法道仙人談)かなり見事であったが、やはり覇王には敵わなかった。

 こうなると、わたしも任務遂行の方法を考え直さざるを得ない。問題山積である。


 あと。自由すぎる林青蛾にはあとでチャント話しをつけることにする。これは決定事項だ。こうみえてもわたしは友人思いなのだ。誤まった道へ進むのを黙って見過ごしたりはしない。



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