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続攻撃6

 続攻撃6



 宴がはじまった。大会の前夜祭である。


 マルグリットはまだ意識が戻っていない。しかも、首と左腕が身体から斬り落とされたままである。

 剣仙セイジャクの話しでは、エネルギー体であるにもかかわらずもうマルグリットの首も腕もその胴体に繋がらないそうだ。

 フフフ。いや、よいことを聞いた。

 意識が戻ってもマルグリットは自分の首を残った右手でぶら下げて首なし(コシュタ・バワー)が引く馬車に乗るほかないようだ。不吉の象徴として知られる妖精(デュラハン)みたいにな。

 フフフ。傑作だ。腹黒い奴にはお似合いの格好だと思う。わたしも大いに溜飲が下がる。

 意識が戻ったら日頃の行いを毎日鏡を見て反省しやがれ。クソ精霊め!


 もっとも、ずっと意識が戻らなくてもわたしは一向に構わんぞ。マルグリットよ。

 いや、その方が断然よい。わたしがお前の腹黒さに振り回される心配がなくなるからな。フフフ。


 ところで、マルグリットが意識を失ってからは、われわれに対する奴の精神的拘束が無くなった。

 つまり、洗脳が解けシルヴィアは少し口調が女らしく戻ったし、エリザベス伍長も感情表現を取り戻しよくしゃべるようになった。

 わたしもおかげで気分すっきりだ。心の中が解放感で満ち溢れる。

 ……

 ……

 いや。嫌なヤツとはいえ、知り合いが怪我したのだ。あまり悪しざまに言うのも如何なものかもな。読者諸氏にわたしが情の薄い奴と思われるのも癪だ。

 ウーン。ここはちょっと内省してみるべきか?

 ……

 ウン。3秒くらい考えたが、やっぱり気分はすっきりだ。(内省を)何度やっても同じだろう。

 知り合いが大けがしたといっても、あのマルグリットなのだ。糞味噌にけなしても罪悪感のザの字も出て来ない。


 気にするな、マルグリットよ。すべてはお前の日頃の行いのせいだ。


 それにしても精神的束縛からの解放。なんて素晴らしいんだ。

 やはりこの幸運には感謝すべきだな。もっとも、人間中心主義のメラリア王国には宗教がなくそこの出身であるわたしにはいったい誰に感謝してよいかわからぬがな。


 とはいえ、困ったこともある。

 マルグリットが意識を失ったことによりわれわれのチームは司令塔が不在なのだ。

 確かにわたしが代わればそれでよいのだけれども、わたしではどうしても戦術の幅が狭くなる。妖人リリスの剣譜奪取の妨害のために取れる手段といったら、予選で足をひっぱるか本戦でリリスのチームをブッ潰すこと位しかわたしでは思いつかない。


 うん?毒を盛る?


 毒自体はエリザベス伍長に頼めば作ってくれるが、どうやって奴らの食事に混ぜることができる?だいたい奴らは今日の昼遅くにやって来たそうで、わたしは奴らの顔自体知らん。ここのボーイに買収が利くわけでもない。

 これは却下だな。


 では暗殺か?


 奴らは優勝を狙って来ているのだ。セイジャク並みの腕を持っているかもしれない。下手すればこちらが返り討ちにあう。

 相手の力量をも確かめずに手軽にとれる手段ではない。

 これも却下だ。


 宿舎の爆破?


 まあ、これが一番現実的ではある。

 気化爆弾でも仕掛けて全方位的に熱と圧力をかけてやれば奴らの肺を少しは弱らすことぐらいできるかもしれない。

 が、確実性に欠ける。ディオニソス神(例の酒神)のところみたいにチームの全員が割り当てられた宿舎に寄り付かないということも考えられるからな。

 というわけで、保留だな。これは。


 結局、われわれが他のチームを支援してリリスのチームの予選落ちを狙うか、あるいは本戦でリリスのチームがセイジャクのいる狐のチームとぶつかるように頑張るしかないか。

 ヤレヤレだな。



「カリアさん。カリアさん」

 わたしが任務遂行のため自慢の灰色の脳細胞を使って沈思黙考をしているというのに、エリザベス伍長が能天気な声で話しかけてきた。


「なんだね、エリザベス伍長。君はもうわたしのことを大尉殿とは呼んでくれないのかね?」

「今は勤務時間外ですから呼びませんよ。そんなことよりも大変です。いま、わたしのハートにもと精霊信号がビビビッときました。奴です。リリスがやってきました」


 ハートだって?すっかり(洗脳が解けて)乙女らしく戻ったエリザベス伍長の、電波少女ばりの発言に注意が向く。


 見ると、スッカリ憔悴しきった長い白髪で白のワンピース姿の(リリスらしい)が厳つい大男ふたりを引き連れて食堂の入口に現れた。

 その後ろには、白と黒の上着を重ね着した襦裙姿の細っそりとした美女とその美女を抱きかかえた偉丈夫がいる。


「項羽だ。覇王項羽に違いない」

 益徳殿が呟く。

「前を歩く、少し背が低い(九尺。2メートル7センチ)のがわしの義兄関雲長じゃ。となりは言わずと知れた兇漢呂布じゃ。死ねばいいのに」


 張益徳は呂奉先にかつて下邳を奪われたことが忘れられないらしい。アンタ、解説員なのだから一応公明正大に頼むよ。


 リリスら前の3人はトボトボ、ヨロヨロと食堂へ入ってくる。後ろの覇王項羽は美女を抱いて威風堂々というか傍若無人というか、ギロリギロリと辺りを睥睨しながらゆっくりと入ってきた。

 奴らに遅参を気にする様子はない。清々しいくらいにない。


 わたしは後ろの偉丈夫をどうしても好きになれそうにはない。きりりと渋めの整った顔立ちをしているが、目つきが余りにも鋭く猛々しい。


 こっちを見んな。怖いだろう、覇王。


「凄まじいのがやってきたのう。怖い怖い」

 われわれからして右隣の(テーブル)に座る、頭を丸めた老人が白い顎鬚を扱きながら面白がる。

 この老人は天竺霊鷲山に住んでいた五百侍明仙の一人で、名を法道仙人というそうだ(孝徳天皇の頃、紫雲に乗って日本に渡って来たと云われる。法華山一乗寺の開祖で、法華経を誦し宝鉢を里へ飛ばしては供物を受けたことで有名。宇治拾遺物語でもチョコット登場するお方である。)。

 ちなみに、法道仙人はチームを持っておらず、大会の様子を見に来たただの暇人である。なんだかよく分からない人物だけれど、わたし的にはまあどうでもいい奴だ。


「心配せんでもよいぞよ。なに、覇王項羽が襲って来ようものなら、わしがちーとばかしお灸を据えてやるからな。わしの八葉蓮花拳が火を吹くぜ。ホッホッホッ」


 老人がわたしの方を向いて二ヤリとする。

 わたしはそんなにブルっているように見えるのか。

 好意はうれしいが、その時が来てもわたしは老人には頼るまい。わたしは左隣の(テーブル)にいるセイジャクかつい最近剣仙になったセイゲツに頼むよ。老人に頼むとあとが怖そうだからな。

 残念だったな、法道仙人。



「せっかくだ。わしが義兄の関雲長と狂犬呂布について解説しよう」


 やっとお仕事だな、益徳殿。まあ頑張れ。


「まず義兄だが、非常にプライドが高く、同位の武将や士大夫連中を馬鹿にしていて特に文官連中との仲は最悪だった。樊城戦後、博士仁らの救援を受けられずに最期を遂げたことでも有名じゃ。イヤ、惜しいなあ。あれさえなければ完全無欠の武将として青史に名を残せたのに。義兄(あにき)


 いやいや。アンタにそれを言う資格があるとは思えないよ、わたしは。


「だが、義兄にはその自信を根拠づけるだけの実力が確かにあった。青龍偃月刀をはじめどのような武器を振う場合にも流麗華麗。技の真髄を究めていた。持久力はすさまじく、大技を何度繰り出そうとも技の切れが衰えることはなかった。

 であるからして、義兄と勝負をするなら長期戦ではなく最初から真っ向勝負で挑むべきだな」


 おお。なるほどなるほど。


「次に、呂布だが……」

「黙れ、雑魚がぁ。弱者がこの奉先を評するなど片腹痛いわ」

 イヤダ。キコエテマスヨ、エキトクサン。


 途中で振り返ってこちらを見る呂奉先の視線がきびしい。


「フン。わしは表に出ても一向に構わんよ。狂犬とは一度ちゃんとけじめをつけとかなくてはと思っとったとこじゃしぃ」


 あら。益徳さん、目を細めちゃってやる気満々ですね。


「ハン。雑魚がなに息巻いている?畳んで雲長の二の舞にしてやろうか。フン」

「どうせ素手の殴り合いでもしたんじゃろう。義兄の強みは戦場での斬った張ったにあるんじゃ。やっとのこと義兄に殴り勝ったとしても、そんなもん、何の自慢にもならんわい。わしがお前のみすぼらしい自慢とやらを二度と口にできなくしてやろうぞい」

「なにおぅ」


「小僧ども。喚くな」

 重々しい一喝が入り、室内の空気をビリリと震わす。怖いお方の重低音効果で宴が静まり返った。

 さしもの呂奉先も覇王には逆らえないらしく、(益徳殿から)顔を反らし口をつぐんだ。


 が、リリスたちはそのまま食堂の中央に立ち止まってしまった。

 どうやら席が見当たらないらしい。ボーイがあわてて準備をしている。


 はて。誰かが彼らの(テーブル)を占拠してしまっているようだ。

 わたしはその不法占拠者について約一名心当たりがあるのであるが、リリスたちに密告してやるべきかどうかについて悩む。


 ねえ、法道仙人。


 やつ(法道仙人)の方を見やると、やつは二ヤリとしやがった。

 アンタは武闘派仙人ですか?



 わたしがこのように真剣に席とりについての平和的解決方法を模索しているにもかかわらず、事態は急展開を告げる。

 覇王項羽はリリスたちを残し一人だけ奥へと進み、豪奢な刺繍を施した派手な色のローブを纏いでかい宝石のついた指輪をいくつも指にはめた老人たちの座っている(テーブル)へと近づいて行ってしまったのだ。


 覇王、一言。

「どけ」


 次の瞬間、惨劇がはじまった。

 魔術師らしい老人たちも決して油断していたわけではない。また、老人たちはそこいらの妄想過多ではなかった。本戦まで残ると噂されていた達人連中だった。

 が、術を展開するまでもなく、実にあっけなく覇王に首を蹴り刎ねられた。

 内功を使ってかろうじて捕えることができたが、覇王は(テーブル)のうえで逆立ちして旋風脚を使ったようだ。


 蹴りで人間の首を刎ね飛ばすか、普通!


「いや、それだけではないぞよ。

 全員の頭部にある太陽系を切断したうえ、天突穴(任脈。正中線上頚窩の中央にある。突かれると顔面鬱血、言語障害をおこす。)を確実に突いていた。 そして、あの(テーブル)の人間がすべて止まっているかのようにすら見えたあの蹴りの加速。

 これは尋常ではないのう」


 おお、いつの間にか法道仙人が解説している。ガンバレ益徳殿。出番が無くなっても、わたしは知らん。


 すぐさま(テーブル)の老人たちと友好関係にあったらしい他のチームの面々が殺気をはらんで必殺の秘技を覇王項羽へ叩きつける。前夜祭では武器の携帯が禁じられていたので、飛び交うのは術の展開か気を纏わせた打撃かそれとも暗器に見えない暗器だった。 


 そんな暗器があるかって?

 あるんだな、これが。

 たとえば極小の毒虫とか植物の毛ばりとかだ。

 現にわたしのいる(テーブル)から3列右前の青年が必死になってそんな虫とか毛ばりを放っている。

 乱戦に付け込み参加選手を一気に減らそうとの目論みだろうか。

 しかし、極小だからバレないとでも思っているのかね。青年。少なくともわたしとか玉女神剣チームの面々にはバレているよ。

 その後、毒虫と毛ばりは魯雪華が鬱陶しげに振るった陰の気を含んだ狂風のせいで全滅した。諸行無常というやつだな、青年。御苦労さまだ。

 こういう例があると、わたしも異世界の東洋の神秘というものになじみやすくなる。


 さて。覇王項羽の惹起した騒ぎはどういう結末を迎えたか。

 結論だけ言おう。

 魔道士が15名が撲殺され3チームが消滅した(どうやら覇王は最初から魔道士全員を除いてしまおうと狙っていたようだ。後ろから魔術で遠距離攻撃されるのはやっかいだからな。)。

 それと、側杖を食って全員ライカンで構成されていた1チーム(構成員 6名)も消滅した。

 すべて達人級の手練だった。それを覇王は素手でしかもひとりで撲殺したのだ。本当に怖ろしい奴だ。

 あとは覇王とは関係無しに暗闘で崋山派剣術使いが3人重傷を負った。


 えっ。覇王項羽の活躍の描写がおざなりすぎるだって?


 いや。これにはキチンとした理由があるのだ。

 わたしがこのように覇王項羽の活躍を描写せずに手短にまとめようとするのは、決してダルいとかカッタルイとかと思っているからではない。バトル描写が下手だからという理由からでもない。

 とにかく理由があるのだ。

 

 覇王の騒動が終盤を迎えた頃、左隣の狐の(テーブル)にいるひとりの黒髪黒目の少年の存在に気付き、その様子が気になってしまったからだ。

 わたしはその少年に見覚えがあった。例の墜落死事件の被害者オギワラ・ソウタ(今はオノ・ヒロミチと名乗っているそうだ。)だった。


 わたしは彼に謝らなければならない。

 あの事件はあれだけ騒ぎになったのに何の結果も産まなかった。いじめの問題も教育改革も教師の生徒に対するあるいは親の子供に対する意識の問題も何も解決されなかった。

 事件があったことすらもう風化してもはや人々の話題にのぼることもなくなっている。

 あれだけ騒いでいた新聞も改革派の連中も利用するだけ利用したあとはまるで知らん顔だ。

 まるで事件そのものがなかったかのような扱いだよ。

 論点をずらしまくって対立相手を貶める手段として利用しようとする輩が未だにチラホラとは残っていることはいるが、それすら今では極少数だ。

 わたしは事件当時、大人でしかも関係する機関の要職にあった者だ。

 君には是非謝らなければならない。

 わたしは不甲斐なくもなにひとつ君が提示した問題を解決することができなかった。わたしは君の犠牲を無駄にしてしまった愚かな大人の一人なのだ。

 謝って許す許されないの問題ではないけれど、わたしは君に謝りたい。

 

 と。

 この時、わたしは真剣に自己と向き合い反省していた。いや反省するつもりでいた。本当に反省するつもりでいた。

 しかし、だ。

 よりにもよってこの時、真摯に物事を考えていたわたしの耳にバカ女の嬌声が飛び込んできたのだ。


「おお。君はなかなか愛い顔をしておるの。ほら。こちらの肉を食べるがよかろ。美味しいぞえ。妾が食べさせてやろ。アーンじゃ、アーン」


 いつの間にやら狐が床に座らされて代わりに林青蛾がその席に座りオギワラ少年にしなだれかかって、箸で摘まんだ肉片を少年の口へ入れようとしていた。


 この痴態を目の当たりにしてわたしが激怒し覇王項羽の活躍なんて注視できなかったのを(読者諸氏に)理解してもらえると信じている。わたしは信じている。


 






 

 






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