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続攻撃5

 続攻撃5


「確かに魅力的な申し出ではある。今の俺には金も権力も何の意味もない。美人とのひとときは力を貸すに値する対価といえよう。だが、しかし」


 沈黙していた呂奉先が突然話しはじめた。

 極めて妖しい者たちに囲まれながらも臆することなく堂々としている。将に大胆不敵。威風辺りを払う様など実に後漢最大の英雄らしい。

 真っ裸だけれども。


「はっきりさせておきたいことが幾つかある。俺は隣の雑魚とは違い、勇将の中の勇将だ。だが、何故選ばれた?剣術大会で優勝して剣譜を奪取するのに剣術使いを選ばず武将を選ぶのはどうしてだ?」

「フッ。笑わせてくれるわ。勇将の中の勇将?誰がだ?逆賊の家奴、喪家の犬と罵られたお前がか?

 行いに一片の義もなく、その目に一丁字もなし(無学無教養)。言をくるくると違え、常に利のあることを優先する。そんなお前に誰がついて行くというのか?信無きお前に将は務まらん。武将ですらない。せいぜい市井の凶漢がお似合いだ」


 関雲長は雑魚呼ばわりされたことがよほど腹に据えかねたらしい。生前に呂奉先に対して思っていたことがそのまま口に出た。もちろん、関雲長自身は自分のことを教養人と自認している。なんといっても自身は春秋左氏伝など難しい本を読んでいるのだから。

 これに対して、呂奉先も当初の質問を忘れ劉玄徳主従に対する感想を述べてしまう。


「ハッ。なんとでも言え。雑魚が。

 自分の主の腹黒さを見抜けないお前のことだ。その節穴眼では物事を歪んでしか見れはすまい。

 フン。俺は常識人で、盲人に正確な絵を画けというほど無茶振りはしない。明きめくらのお前が何をほざこうが何ら痛痒を感じんわ」

「言うたな。帝室復興の大義もわきまえぬ人非人めが。もうたまらん。こんな凶悪なだけの小人と同列にみられたことだけでも屈辱だ。リリス殿が消し去らんでも、わしがお前を縊り殺してあの世へ送り返してやるわ」

「はて。雑魚が身の程をわきまえず世迷言を言いおるわ。手足を折ったうえ逆さ吊りにして自慢の髭を根こそぎ引き抜いてやろうぞい。そこへ直れや」


 両人とも市井の無頼漢(チンピラ)ではない。罵声により相手を威圧することなど考えてはいない。呂奉先は根っからの実力主義者であり、関雲長は剛直で自らを恃むところが大きくプライドの塊のような漢である。

 雌雄を決すべくたちまち肉弾戦に突入した。



「男の子っていくつになっても野蛮ねぇ」


 リリスは二人の様子に溜息をつく。


「リリスさま。止めなくともよいのでございますか」


 暴力行為に慣れていない夏姫は心配そうである。へたに怪我でもされたら彼女の大切な項羽さまのサポートに支障をきたしかねない。


「多少壊れてもあとで修繕が利くし、いいんじゃない?ほら。男の子ってオオカミみたいに仲間内の格付けを気にするでしょう。後々のことを考えれば、気の済むまでやらしとけばいいんじゃないの」


 リリスは放置放置とばかりに手を振って、夏姫の心配に答えた。


 真っ裸の男たちの間からはバーンとかズドォーンとかおよそ肉体のぶつかり合いからは聞こえるはずの無い音が響いてくる。


 関雲長は華麗な体さばきをしながら回転をつけ、掌打、擒拿、連腿と呂奉先を激しく攻めた。これに対して、呂奉先は細かく動いてすべてかわしていく。


 雲長が奉先の左手首へ蹴りをくれるとそのまま飛び上がり反対の足で奉先の胸を狙って前蹴りを仕掛ける。

 当りはしたが、空中からの蹴りなので発勁が利かない。

 奉先は涼しい顔だ。

 奉先は当る瞬間、絶妙に体をずらしたうえ筋肉を緊張させており、蹴りの威力の減殺に成功していた。


「ハン。利かぬな。蹴りとはこうするものだ」


 言いざま、奉先は少し後ろへ引いていた右足を蹴り上げる。

 早い。

 しなりながら足の甲を直角にしたつま先が雲長の喉へと吸い込まれていく。

 バァーン。


 雲長はたまらず人間技とは思えないほど上体を反らしながら振脚を使い地面を蹴って後退した。

 当れば死んでいた。

 間一髪皮一枚で奉先の蹴りを避けた雲長は冷や汗をかいた。


 雲長は構えを変えた。

 全身の力を抜き腰の下あたりを支点して上体を前後左右に揺すり、しなやかな鞭のように大きな動きをする。歩を曲線的に進め奉先の側面や後ろに回り込もうとしながら、遠心力を利用した長打で連続した打撃を怒涛のように加える。

 雲長は劈掛掌(ひかしょう)を用いたのだ。


「馬鹿か、お前は。身長差が一尺(中国尺で約23センチ)もあるのにアウトレンジに何の意味がある」


 避けきれずいくつかの手刀を浴びながらも奉先は吠える。

 打撃の瞬間、奉先が細かくタイミングをずらしてくるので勁は通っていない。


「発勁とはな。こうするものだ」


 怒涛のような拳打の攻撃を避けながら奉先は滑るようにして雲長に肉薄すると、肘を曲げ小さく折りたたんだ腕から最小限の動きで拳を繰り出した。 一見、威力の小さいラビット・パンチのようだが、重心移動を伴った見事な寸勁である。

 左のパンチをフェイント気味に使って雲長の上体を反らさせると、その無防備な鳩尾に右を決めた。


「ゴブゥ」


 雲長は口から赤いものを垂らしながら2,3歩よろめいた。動きが完全に止まっている。


「フン」

 止めを刺すべく奉先は顔を嘲りで歪めながら右回し蹴りを放った。


 が、結果は。

 奉先はその右足のひざ横に左の肘打ちをしたたか食らい、大腿を右腕で巻き取られ、重心のかかった左足を払われた。

 雲長は動きが止まったように見せかけ奉先の蹴りを誘発し、蹴りが放たれた瞬間を狙って歩を進め足払いの技を決めたのだ。


 奉先も負けてはいない。

 地面に倒れた瞬間、左足を使って腰斬の蹴りを放ち雲長の追撃を許さなかった。


 奉先が腹筋を使って跳び起きると、再び両者の対峙が続く。


 ……


 決着にはいましばらく時間がかかりそうである。

 

「あんな奴らで本当にいいのかね?」

 あきれ顔のリリスは夏姫に問う。


「ええ。結構でございます」

 眼前で繰り広げられる暴力行為に顔を顰めつつも夏姫は頷く。

 夏姫は項羽が機動戦のなんたるかを知っている古今無双の名将であると確信していた。

 実際、鉅鹿を包囲した秦の名将章邯率いる20万の軍勢を手をこまねいて見ている味方を尻目に項羽はたった2万の手勢で包囲殲滅している。また、楚漢戦争の折りの数々の戦さ、特に彭城の戦いにおいては、将に鎧袖一触。

項羽が率いているかぎり敵味方の兵力差が5倍あろうが8倍あろうが楚軍は必ず快勝した。項羽は古代中国のナポレオンであった。

 この項羽得意の機動戦を最大限支えて生かすことができる配下としては、騎馬の扱いに長け敵が雲霞のような軍勢であろうとも臆することなく突入していくことができる勇将であることが要求される。

 強いだけなら候補は他にもいた。秦昭王時代の白起。「六甲に冠する」と評された北魏の楊大眼。唐の尉遅敬徳に秦叔宝。薛仁貴。岳飛と並ぶ抗金の名将、南宋の韓世忠などなど。

 しかし、呂奉先は出身の并州で匈奴にもまれて育ち、騎射が得意なうえ匈奴流の機動戦術に長けている。定山で黒山賊数万に対しわずか30余騎を従え日に何度も突撃を食らわして離散崩壊させたことでも有名である。

 関雲長も負けてはいない。官渡の戦いにおいて敵の大軍の真っ只中、ひとり騎馬を寄せて袁紹の将顔良を討ち取っている。これも有名な話である。

 夏姫は前漢の飛将軍李広も選ぼうかとも考えた。が、止めた。彼の人には凶暴さが足りないのである。



 リリスと夏姫が見守る中、奉先と雲長は互いにすさまじい剛拳の応酬を繰り返す。


 しかし、何事にも終わりがある。

 やがて延々と繰り返された応酬も突然止んだ。


 血まみれの床にひとりの漢が倒れたのだ。


「グオオオォー」


 勝者の雄たけびが響き渡った。



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