精霊防衛隊 4
精霊防衛隊 4
私たちは地区の警察署に着いた。
警察署はレンガ造りの五階建ての建物で、街角に建てられていることと玄関口の厳しさを除けば辺りではごく普通なビルと言える。
その警察署の前には、極めて大柄で、毛深く、人参色のもじゃもじゃの頬髭をはやした男が立っていた。
男は警官の制服を着用し、その左腕の階級章は男が警部であることを示していた。
「どうやら噂の大尉さんのようだな。残念だが、今日はもう警察署は閉めちまった。大人しく帰んな」
男は片手でつなぎ紐を巧みに操り警棒を空中に放り、投げたり手に戻したりを繰り返している。
「嫌だね」
私が男を押しのけて警察署の玄関口に入ろうとすると、男は私の喉元に向かって警棒を突き出して制止した。
当然、私もスライドを引いたベレッタを右手で構えている。
「ほほう、それが自慢の早撃ちかい。俺としては少しは話しを聞いて欲しいんだけどな」
「私が銃を向けているのは、警告とお前の要求の拒絶を意味する。そこを退け」
「おっかないねえ。俺は親切心から言ってやってるんだぜ。今、この建物に入れば生きては帰れないと、な。大尉さんはみんなの嫌われ者だ。みんな、あんたが邪魔で消えて欲しいのさ」
「嫌われていることは知っている。よく殺されかけているからな。そして、お前が私を嫌っていることも知っている。時間の無駄だ。退け」
「殺人未遂で捕まったのは、ここの署長の息子でレナード・コールというガキだ。で、捕まえたのがここで巡査部長をしているロジャー・パーシバルという頑固者だ。これは内輪の話しなんだ。外の奴にかき回されたくないんだよ。帰んな」
「私には私の仕事がある。邪魔をするな。それに、心配もしていない奴が命の危険うんぬんとか無駄口を叩くな。黙って退け」
男はニヤリと笑うと警棒を引っ込め、私たちを通した。
私はこの男が何ものであるかを知っている。
アンドレアス・アトウッド警部。
現在の地位は低いが、警察内部では改革派のリーダーとして通っている。この国はスポイルズ・システムを採っている。アンドレアスを贔屓にしている奴が選挙で市長になれば、アンドレアスは次期警察署長になる。
ちなみに、この国では、全国を管轄とする内務省警察と地域・地方を管轄とする自治警察の2本立ての仕組みを採用している。
ここの警察署は自治警察にあたる。
アンドレアスの言うように、この殺人未遂の事件は警察内部の保守派と改革派の内輪もめとも言える。
話しに出ていたレナード・コールというガキの父親はルイス・コールという保守派の重鎮で、ロジャー・パーシバル巡査部長は改革派に属している。
アンドレアスが私に警棒を突きつけたのは、私が必要以上に事件に口を挟むようなことをすれば改革派も敵にまわるとの警告だった。
だが、私には関係の無いことだ。敵にまわろうがどうしようと、私は任された役目を果たすまでだ。
保守派というのは、異世界人を嫌いもとの世界に戻ってもらいたいと願う人々を一括りにした総称だ。
そういう意味だけなら私も精霊たちも保守派といえよう。
しかし、保守派の多数を占めるのは、精霊たちの力を異世界人を除いたこの世界の住民に再び利用できるように目論む厄介な連中なのだ。
例の詐欺少女ならぬ偽一級魔術師なんてその筆頭である。
連中は、かつて個人的な理由からスト破りをした精霊の力を未だに忘れられない。
当然、私と精霊たちにとって相容れざる連中にあたる。
他方、改革派というのは、逆に異世界人と仲良くしたい連中を指す。
そこには様々な連中がいる。単に異世界人の妄想が好きだったり、力のない異世界人が社会的に不当に扱われているとしてその地位向上のため活動している人たちとか。そういった連中だけならたいした問題ではない。
しかし、毎日のように増える異世界人の数とその若さからくる軽率さを利用しようとする危険な連中もいる。しかも、この危険な連中は、ときおり異世界から流れてくる近代兵器が大好きだ。特に狙撃銃とかが。
私たちが警察署内に入ると、受付のカウンターの中から太った巡査部長が出てきた。
内務省警察から伝達があったようで、私たちはこのマイルズと名乗る巡査部長によって丁重にレナード・コールの取調べ室まで案内された。
私は取調べ室に一歩入っただけで非常な違和感を覚えた。
室内が明るいのだ。それに取調官たちの吸う煙草の煙も充満していない。煙草の臭いすらもしていない。
室内で椅子に腰掛け、入ってきた私を首を回して睨みつけているのが、レナード・コールというガキだ。十五才。また十五才か。
ガキは茶褐色の髪の毛を短く刈り上げており、前髪を分けて左側に垂れさせている。目は薄い茶褐色。端正な顔立ちをしている。まさにいいところのお坊ちゃんといったところか。
私にとって年少の頃から付き合いのないタイプだ。
取調官が立って挨拶をした。
「フィオナ巡査です。マリアカリア大尉さん、夜更けにご足労、恐縮です」
「こちらこそ貴重な取り調べの時間を割いてもらって恐縮だ。よろしく頼む。うしろにいるのがエリザベス伍長だ」
フィオナ巡査は私と握手をし、ついでにエリザベス巡査と握手をしようとしたが出来ない。
私も最初戸惑ったが、精霊には触ることができない。目に映る彼女たちの姿は幻影にすぎない。
私にはまったく理解できないことだが、彼女たちは一種のエネルギー体なのだそうだ。エネルギー体が何故に自我をもったり理性を備えているのか私には解らない。
ただ、私は彼女たちが食事もしなければ睡眠もとらなし疲労も感じない便利な存在だと知るのみだ。
「ところでフィオナ巡査。レナード・コールの取り調べには署長の計らいで特別扱いでもされているのかな。室内の空気はいいし、明るい。夜明け前なのに本人は少しも眠そうにしていない。疲労の様子も無い。どういうことだ」
「レナード・コールの取り調べの大半は既に済んでおります。本人が正直にすべて話してくれましたから。それで、取り調べ後、疲れたらしいので仮眠室で寝てもらいました。元気なのは、そのせいでしょう。
室内で煙草の臭いがしないのは本人が嫌がったからです。もうほとんど取り調べる必要はありませんから本人の希望を叶えました」
フィオナ巡査は私の疑問に何の問題があるのかというようにスラスラと答えた。
だが、私にとっては大有りなのだ。
内務省警察からレナード・コールは異世界の送り手について何か知っていると伝えられた。
これは異常なことなのだ。
こちらの世界の住民で、しかも保守派の重鎮の息子だぞ、そんなことを知っているなんてまず有り得ない。
だとすればどういうことだ。
たまたま誰かから聞き及んだのか。私は最初、そうとも考えた。保守派の息子だから異世界人を嫌ってたまたま知り得た異世界人の不利になる事柄を密告したのではないか、と。
しかし、取調べ室に入ったとき、この考えが違っていることに気がついた。レナード・コールは私を睨みつけ嫌悪感を露わにしていたからだ。
彼にとって私が睨みつけるほどの敵となる存在であるとしたら、答えは一つしかない。
レナード・コールは転生者に間違いないということだ。
しかも、煙草の臭いを露骨に嫌い、部屋の暗さを厭う。普通の男の子なら少しは耐性があるはずだ。生意気な年頃のはずだしな。それがそうではないという。だとしたら、コイツは性転換されたもと女の子か。厄介な。
そして、この保守派の重鎮の息子が転生者であるという事実は大スキャンダルになるはずなのだが……。
そこまで考えてから、私は黙ってレナード・コールに青色のバッチを差し出した。