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続攻撃4

 続攻撃4


 関雲長と呂奉先は薄暗い部屋の中で同時に目覚めた。

 両人とも木の寝台に寝かされており真っ裸である。身体は動く。なんの拘束もされていない。

 しかし、看病されていた跡はない。客として丁重にもてなされているわけでもないことが分かる。

 ここはどこで、今自分はどうなっているのか?

 両人とも自己の記憶を探れば戦場で敗れ命を散らした事実にすぐたどり着いた。

 では、どうなっている?死んだはずだが生きている?


 と、両人の戸惑いを見透かしたかのように声がかかる。


「お。目を覚ましたか。関雲長に呂奉先。わたしはリリス・グレンダウアーという。もと精霊で君たちの創造主だよ。身体の調子はどうかな?違和感はないかね?」


 両人のすぐ右横に長い白髪の二十歳前後に見える女性が立っていた。

 白のワンピースに黒のエナメルのベルトを身に纏っている。瞳が金銀のつぶつぶで出来ており常の人ではないことが分かる。

 ただ、両人は妖人リリスの外見よりもこんなに身近にいるのに気配を全く感じさせなかったことに戦慄を覚えていた。両人ともこのような不覚をとらなかったからこそ幾多の酷い乱戦を生き抜いてこられたのだ。これでは攻撃はおろか身を守ることすら危うい。


「……貴公は仙女か神か?いや。そんな詮索よりも礼を言う方が先だな。わしは漢寿亭侯、関雲長というものだ。生き返らせてくれたことに一応礼を言おう」


 関雲長はやはり義の漢。してもらったことには形だけでも感謝の意を示す。不審がりつつも妖しいリリスに拳を合わせて礼をした。


「まあ似たようなものだけど、わたしは君らを生き返らせたのではないのだよ。後世の人々の君たちに対するイメージに合わせて君たちを新たに創造したのだ。アハハハ。やはりわたしは天才だなあ。君たちを直接見たこともないのに小説だの歴史書などという記録だけでわずか3分とかからずに構築したのだよ。

 ああ、君たちは3分という時間の単位は知らないか。200数えもせん内に作り上げたということだよ。アハハハ」


 妖人リリスの高笑いが薄暗い部屋に響く。


 関雲長は戸惑い、怪しみ、不安に駆られた。

 確かに自分には死んだ記憶がある。肉体が滅んだことに間違いはない。しかし、眼前の妖人は蘇らせたのではなく新たに肉体を創造したのだと告げた。このことをどう理解すればいいのか。記憶では自分が関雲長である。しかし、妖人はその記憶は記録や自分の死後の評価から作られたものだと言った。では、自分は関雲長ではないのか。わからん。関雲長でないとしたら今後はどう生きればいいのか。それもわからぬ。

 創造主とかいうからには眼前の妖人に自分は自己というものを持たずにひたすら隷属して生きていくことになるのか。しかし、それはそれでたまらぬ。自分に関雲長という記憶があるかぎり似つかわしい生き方ではない。

 しかし、その記憶も勝手に創造され付与されたものにすぎないという。自分はどうすればいいのだろう。本当に困る。


「うむ?関雲長君はかなり戸惑っているようだな。先に言っておくが、わたしには特殊な能力がいくつも備わっておって君たちの考えていることは筒抜けだ。関雲長君。そんなに緊張する必要はないよ。君は君の記憶に従って自由に生きればいい。本当のことを言えば、わたしにとっても(創造は)はじめてのことなので君たちをどう扱ってよいか自分でもわからないんだよ。

 君たちを作ったのは仙人たちの主催する剣術大会に優勝して賞品の剣譜を手に入れるためだ」


 ここまで言うとリリスは言葉を切りニヤリとし、二人の顔を舐めるように見た。

 関雲長は何か言いたそうにし、呂奉先は仏長面をしてみせた。


「お察しの通り、剣譜の奪取のためだけならば別に君たちを創造する必要はない。単純に考えれば、腕っ節が強くてわたしの言うことを素直に聞く木偶人形を作りさえすればよいはずだ。

 が、この話しは複雑でかつとても面白いんだ。

 元来わたしはひとりであらゆる世界の面白いことに首を突っ込んで自由に生きていく質で、過去に手下や仲間を持ったことなどは一度もない。せいぜい他人をおもちゃにして振り回したぐらいで、人付き合いはしない質なんだよ。

 しかし、今回の話しはとてもとても面白い。興味を惹かれてついつい自分のいつものパターンを崩すことにしたんだ。ここのところを分かってくれるかな。わたしにとっては重大なことなんだよ。つまり君たちが話しに水を差して面白みをなくすようなことをしたら、お互いにつまらない結果になるということだ。単純な呂奉先君にも分かりやすく言うと、わたしの興を削ぐことをすると殺すぞと脅迫しているんだよ」


 リリスは心中で悪態をついた呂奉先に釘を刺した。


「遊び方の詳しい話しは、今から紹介する情報提供者にして今回限りの協力者である狐の精からしてもらう。彼女の話しをよく聞いてくれたまえ」


 こう言うと、リリスは右手で部屋の隅に合図を送った。


 ……確かにいる。

 リリスの話しを聞いて関雲長も呂奉先も自分たちの近くに人ならざる者の気配を今更ながらに感じ警戒した。


 シャラン


 鈴の音とともに部屋の隅から女人の影が浮かび上がる。威圧とか恐怖は感じられない。儚げな、それでいてたおやかで婉然とした気が漂ってくる。


 リリスに狐の精と紹介された女人の影は関雲長と呂奉先に向かって深々とお辞儀をした。


「関雲長様、呂奉先様。お初にお目にかかります。先ほどのリリス様からのご紹介の通り、わたくしは年を経た一匹の妖狐でございます。事情があってわたくしは真名も字も名乗ることができません。とはいえ名無しでは不便ですので、貴方様がたはわたくしのことを夏姫とでもお呼びくださいませ。世間様では不吉な名で通っておりますが、わたくしのかつての名前ですので遠慮は無用でございます」


 その名は関雲長と呂奉先に春秋時代の傾国の美人のことを思い起こさせた。


 まさか、な。いや、それでも。

 

 夏姫とは西施と並ぶ春秋時代の伝説級の美人であり、彼女の姿を見た者はすべて虜になり係わったものすべてを不幸にしたと云う女人である。それゆえ、夏姫の名は不吉とされ、後世の儒者たちからは君主を誑かし国を乱した姦婦として忌み嫌われ続けた。

 見てみたいが、係わるのは怖い。

 仄めかしただけで現に英傑二人の心を惑わすほどの女の名なのである。

 二人は眼前の婉然と微笑んでいるらしい女人の影が伝説の悪女夏姫であってほしいという期待と女の虜となり滅ぶことの想像で激しく心を揺らした。


「わたくしははるか昔、天狐の番いの3番目の仔として生まれた者です。妖孤としての自覚を持ち活動したのが春秋の頃のこと。それ以前はただひたすら不可視の存在として人に取りついておりました。世間様でよく言われているように人の陽や陰の気を吸い取っていたわけではありません。ただひたすら取りついた人に寄り添い、その人が死ぬまでその人生を傍観していただけなのです(ただ取りついた人が死ぬとその人の生前の容姿を所持している画皮に描きこむことができるという特典はございましたけれども。)。

 このように傍で幾多の人の人生を目の当たりにして知恵を得、自らの獣としての本性を押さえることができるようになりますと、今度は取りついた人と自我を同化させられるようになりました。そして、わたくしがはじめて同化させたのが鄭国の公女として産まれたばかりの夏姫でした」


 古代の歴史書「春秋左氏伝」によると、晋の文公(重耳)が覇者として天下に名を知らしめていた頃、夏姫は晋楚二大強国に挟まれた弱小国鄭の公女として生まれた。

 夏姫は齢10にしてその容色で男たちを惹きつけて止まず、特に兄の子夷(後の霊公)をして狂愛を抱かせるに至った。

 それゆえ、夏姫は実の父である穆公(蘭)にうとまれ、国に災いを呼ばぬよう成人するや否や隣国の小国陳の大夫(貴族)夏御叔に嫁がされてしまう。夏姫の不幸はここから加速していく。

 まず、夏姫は夫の夏御叔との間に一児(夏徴舒。字は子南)を儲けるも、その後すぐに夫が早死にしてしまう。

 夫の夏御叔が死ぬと、すぐさま陳の政庁は理由をつけて夏氏の大夫の地位と領地を召し上げてしまい、夏姫は子を抱えて逼迫の憂き目に遭う。夏姫はやむなく夏氏のもと家宰の家に居候をしながら、大夫の地位と領地の返還を嘆願しつつ子の成長を待った。

 しかし、何度嘆願してみてもなしのつぶてであり、いよいよ逼迫の度合いもきつくなってしまう。

 事ここにいたり夏姫は決心し生涯初めての積極行動に出る。

 夏姫は陳国内で二大勢力を誇る大夫儀行父と孔寧に一子夏徴舒の大夫復帰と領地返還を条件にその身を差し出した(ふたりの大夫はもとより夏姫の美貌を見知っており何とか情を通じようと秘かに狙っていた節がある。夏姫が逼迫したのも仕組まれてのことだと云われている。)。

 こうして夏姫と情を通じた二大夫は君主である陳公平国に未亡人との不義を知られるのを恐れ、陳公にも夏姫と情を通ずることを勧めた。

 陳公は渋った。「その容色の優れたことは名高い。しかし、夏姫はもうすでに40を超えている。いくらなんでも……」

 だが、「いえいえ、とんでもございません。(容色が落ちているかどうかは)一見すれば分かります」と儀行父に強引に勧められ、陳公はいやいやながら夏姫を引見する。

 その結果は読者諸氏の御想像通り。

 陳公はたちまち夏姫に溺れた。

 もとより小国で一度南の楚国に戦でボロ負けしている陳国に財政上のゆとりはない。しかし、陳公は夏姫と遊ぶためだけに多額の費用を掛けて高台を建設し、建設後は政務を顧みることなく件の重臣二人を加えて夏姫の身体に耽溺していく。

 有名な、朝議の席で国政をそっちのけにして3人がお互い上着の下に夏姫の肌着を身につけていることを自慢し合ったのは、このときの話しである。

 現代に置き換えてみれば、国会で代表質問の最中に与野党の党首たちが答弁をそっちのけにして共通の馴染みの芸者のエロ話しに興じるのと同じである。しかも、当時ですらタブーであった未亡人との情交を公開の場で公言したのである。

 当然、国は乱れた。

 この乱れた国を支え必死になって破局に至るのを防いだのは、皮肉なことに母の身体と引き換えに大夫に返り咲いた夏徴舒であった。この母譲りの容色を持つ美青年は黙々と政治の切り盛りをする。生来生真面目な青年であったため夏徴舒は誠心誠意陳国とその民のため力を尽くす。

 しかし、どんなに熱心に働いても、彼の心に溜まる暗い澱を払うことはできない。

 あるとき、陳公がふたりの重臣を連れて夏氏の邸宅へ遊びに来た。そこで、3人は無神経な冗談を口にする。

 陳公が儀行父に言う。「徴舒はお前に似ているな」

 すると、儀行父は笑いながら返した。「なんの。上様にこそそっくりでございますよ」

 陰でこれを聞いていた夏徴舒は爆発してしまう。


 こいつら、生きて帰さぬ。


 夏徴舒は矢を放ち陳公をし逆する。孔寧と儀行父の二人を取り逃がしてしまうも、二人は夏徴舒を怖れ楚国へそのまま亡命してしまう。

 その後、夏徴舒は陳公の地位に就き1年半にわたって善政をしく。


 しかし、夏姫の悲劇はこれからがクライマックスである。

 南の大国楚が夏氏の反乱の討伐を理由に陳に進攻してきた。楚国の当代の君主は荘公。名君であり、晋の文公のあとを継いだ覇者である。

 あとは弱小国の悲哀である。荘公自ら大軍を率いて攻め寄せてきたことを聞いた夏徴舒は民に被害を与えぬよう戦わず、荘公が入城する前に涙をのんで自刎する。

 入城した荘公は夏徴舒の死体を車裂きにして門に晒した。

 残るはその母である夏姫の処遇である。荘公は最愛の息子を亡くし茫然としている夏姫の後宮入りをのぞむ。

 が、ここで楚国の能臣である屈巫(字は子霊)がしゃしゃり出てきて荘公を諌める。「いけません。夏姫の色香に迷うことは淫。淫は君主にとり大罪であり天罰を受けます。どうかお考え直しください」

 さしもの荘公も自分の能臣に諫言されては諦めざるをえない。

 すると、今度は公子である子反が夏姫に恋着し妻にくれるようねだり出した(断っておくが、夏姫はそろそろ50に手が届きそうな年齢であった。当時の平均寿命から言えば棺桶に片足どころか両足とも入っていてオカシクない。驚くべきことにそれでも夏姫は男を魅了し続けた。)。

 が、ここでも屈巫がまたしゃしゃり出てきて諌める。「夏姫は不祥の女である。強いて災いを招きいれることはありますまい」

 子反も忠臣として鳴らしている屈巫の忠告に耳を傾けざるを得ず、諦めた。

 荘公はその後結局、夏姫をある家臣に妻として与えるが、その家臣はすぐに戦で死んでしまい、夏姫はもとの未亡人の立場に戻ってしまう。

 普通の傾国の美人なら話しはここで終わるはずである。あとは貧窮のうち老いさらばえて誰にも相手にされずに寂しく死んだとか(小野の小町伝説のように)、あるいは国の風俗を乱した姦婦として名君に死を賜ったとかがふさわしい結末として待っていそうなものである。

 しかし、夏姫の話しはそうはならない。 

 なんと。荘公の崩御後、あれだけ諌めまくって周りの人間に夏姫のことを諦めさせた屈巫自身が夏姫を盗み出しうれし顔で楚の仮想敵国である晋へ亡命してしまうのである。それも能臣、忠臣の誉れをかなぐり捨ててまでしてである。

 まさに夏姫の容色おそるべし、である(屈巫が夏姫を連れて亡命したときの夏姫の年齢はゆうに50代半ば過ぎと推測される。このとき、夏姫を屈巫に盗み出されたことを知った子反は大いに悔しがり、屈巫の晋での立場を危うくするよう献策し、楚王である共公に叱責を受けている。)。


「わたくしの一番上の姉は息姫(紀元前7世紀ごろの人。同じく春秋時代の傾国の美人。小国の姫君であり、他国に嫁ぐ途中、小国の君主に顔を覗き見られてしまう。プライドを傷つけられた息姫は覗き見た君主に陳謝させるべく大国楚に圧力をかけてくれるよう頼み込む。が、楚の文王はこれを口実に兵を出し息姫の生国を含む周りの小国すべてを平らげてしまうばかりか、生国も嫁ぎ先の国も失った息姫までもつかまえて後宮に軟禁してしまう。怒った息姫はだれとも口をきこうとしない。ほとほと困った文王が問うと、息姫ははじめて口をひらく。「わたくしは敵国の者と語る口を持たぬ」)と自我を同化させ、二番目の姉は驪姫(紀元前7世紀ごろの人。同じく春秋時代の傾国の美人。もと蛮族の娘であるが、自分の氏族を晋の献公に征服されてしまう。その後献公の夫人のひとりとなるが、復讐の念を忘れることができず、献公の寵愛を逆手にとり晋の国力を削ぐことに専心すると同時に自分の子以外の公子殺害を企て重耳(後の晋の文公。驪姫のため亡命を余儀なくされる。)以外を皆殺しにする。)と同化させ、それぞれ係わる男たちを惑わし国を消滅させたり傾けたりいたしました。

 その後も、わたくしたち姉妹は幾人もの傾国の美人になるべく運命づけられた女の子と同化を繰り返し、その時代時代の権力者たちを惑わし破滅させていきました。

 しかし、前漢末期、同化した趙飛燕・合徳姉妹が自殺に追い込まれた時、わたくしたち姉妹は自分たちの役割について気がつきます。

 つまり、わたしたち姉妹は新しい時代の主役が登場しやすくなるよう、主役の邪魔になる男たちを破滅させていくために傾国の美女たちと同化しているのだ、と。

 過去の例を挙げると、わたくしが最初に同化した夏姫は覇者楚の荘公を出現させるためでした。二番目の姉が同化した驪姫は覇者晋の文公を出現させるため。そして、趙飛燕・合徳姉妹の場合は簒奪者王莽の出現のため。

 わたくしたち姉妹と関係を持った男たちが破滅するか否かは、その男の持つ夢なり気概なりが新しい時代に見合う大きなものか否かによって決まりました。

 男の持つ夢が小さければ必ず破滅する。その多くは死にました。そして、わたしたち姉妹に性愛だけを期待した男たちは皆格別悲惨な最期を遂げました。

 このことに気がついたわたくしたち姉妹は正直ゾッといたしました。傍観者として他人の死を見続けるのは精神的につらいものなのです。わたくしたちにとっても、自分たちと関係を持った男たちが持つ夢が小さいというだけの理由で死ななければならないというのは納得できるものではなかったのでございます。

 それゆえ、わたくしたち姉妹は趙飛燕・合徳姉妹を最後に傾国の美人たちと同化することを拒否いたしました(ですから、唐の中期に玄宗を惑わした楊貴妃はわたくしたち姉妹が同化したものではありません。)。

 するとどうでしょう。「道」に反するとしてわたくしたち姉妹は粛清の対象となり、天帝から追捕の神将を送られてしまいました。

 わたくしたち姉妹は必死に逃げ回りましたが、結局、天帝の意を受けた玉女神剣という武林の女侠たちに次々に姉たちを討ち取られ、わたくし自身、北宋の初めのころに傷を負い、以来、力の無い影として世界を彷徨っている有様でございます。

 それからというもの、ひとりぼっちとなったわたくしは過去を振り返っては悔みつつも姉たちの復讐を考え抜きました。

 その結果がこちらでございます」

 そう言って、夏姫が自身の影の後ろを指し示す。

 呂奉先と関雲長は目を見張る。

 そこには木の台に寝かしつけられた一個の偉丈夫の姿があった。

「こちらのお方は秦を滅ぼし劉邦と覇を競い合った項羽さま。わたくしが虞姫と同化した時分に寵愛してくださったお方でございます。そして、わたくしが近付いたため破滅してしまった愛しきお方。ああ。あの頃、同化のからくりを知っていればこのお方に近づくことはなかったものを」


 夏姫は項羽の肉体を愛おしげに見つめながらふたりに静かに嘆願し出す。


「どうか。関雲長様。呂奉先様。わたくしめのお願いをお聞き届けくださいませ。わたくしは愛しい項羽さまのためおふたりのお力をお貸しいただきとうございます」


 シャラン


 ふたたび鈴の音がする。


「もちろんタダでお願いするわけではございません。傷を負い妖狐としての力を削がれ同化の力ももとより取り上げられた身で大したことはできませんが、妖狐には画皮という不思議なものがございます。わたくしがこれを被れば、わたくしたち姉妹が取りついたり同化した過去のいかなる美人にでも化けて御覧に入れることができるのでございます。

 おふた方がお望みなら、項羽さまが目覚めるまでのひととき、わたくしはお望みの美人に化けて身を差し出すことができるのでございます。

 どうか。どうか。美人との快楽のひとときを対価としてお力をお貸し願えないものでございましょうか」


 夏姫は静かに関雲長と呂奉先の返答を待った。



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