攻撃4
攻撃4
「あと、南の方から来た神様のチームに『ごるごんのめでゅーさ』という選手がいるんですが、まともにお顔を見ると石になってしまうそうで大変危険です。対策グッズのご用意はしておられますか?
今朝も宿舎の軒先でその他大勢の選手たち(妄想過多ども)の石像ができていて大変でしたよ」
「……」
そんな危険生物が野放しなのか、ここは。とんでもないところだな。
マルグリットのブリーフィングではそんなことなんとも言ってなかったぞ。手抜きか?手抜きなのか?情報収集は軍事行動を起こす際の最重要事項だとあれほど口を酸っぱくして言っているのに、なんだこの様は。
それにしても対策グッズってなんだ?もしかしてあれか?馬の目隠しみたいに顔の両サイドに板を立てて視野を狭めるとか、常時赤外線暗視ゴーグルをつけておくとかか?
「なんだかご用意していらっしゃらないようですね?よろしければ友好のしるしにわたくしたちの対策グッズを差し上げましょう。わたくしのお手製ですのよ。気に入ってくれればいいのですが」
魯雪華がマルグリットたちに白い薄絹を手渡してくれる。
好意は非常にありがたいんだが、どう見てもただの布切れである。
「あのう。大変申し訳ないんですが、これでどうやれと?」
「はい。顔に被るなりなんなりして目の前に布を垂らしてください。布越しに見るだけで防げますから」
「……」
「どうかしましたか?それ、わたくしのお手製なんですのよ。気に入ってくださらないのですか?」
「い、いや。なんとなく、お手軽だなというか設定甘すぎやしないかなというか」
忸怩たる思いが残るこのやるせなさを何とかしてほしい。
あと、この人、お手製お手製とこ煩いんだけど。ああ、褒めてほしいのね。わかったわかった。
「おお、繊細かつ気品に満ち溢れ、手にもものすごく滑らか。デザインも……、っとと。デザインはありませんが、そこがまた高雅で粋な点ですよね。イヨっ!天才!このような作品が気に入らないはずがありましょうかないでしょうよ。ありおりべけんや」
わたしの教養溢れるお世辞に白い儚げな麗人がほんのり頬を赤らめる。
これにはビックリした。
林青蛾もふくめて彼女たちの肌は死人ではないかと思わせるぐらい白いのだ。決して化粧のせいではない。血が通っていないのかとも思っていたが、どうやらそんなことはないようだ。
「まあ、お褒めにあずかり光栄ですわ。過分なお言葉、ありがとうございます。それにしてもわたくしの作品をそこまで見抜くなんて。貴方こそ繊細で教養があって気品があり凛々しくて。たぶん女性の方たちに大変おモテになる殿方なんですね」
……魯雪華よ、おまえもか。
わたしがこんなに気を使ってコミュニケーションを図っているというのに後ろの連中は勝手気ままだ。
シルヴィアが「うむ。スカーフに丁度いい!」と首に巻いているのはまだいい方だ。
エリザベス伍長はピケ帽の上から頬かむりしてまるでゴルフ場のキャディーのおばさんだ。
金髪のトンチキはヘルメットにグルグル巻いているし。意味あんのか、それ。
益徳殿は益徳殿で腹帯にしようと悪戦苦闘してる。アンタ、太っているからなあ。その布は3L完全超え用ではないぞ。無駄だ無駄。
一番問題なのがマルグリットだ。奴はまるで汚いものでも掴むかのように二本指でつまんで下に垂らしてるだけ。眉間にしわを寄せて、「けっ。ただの布切れかい」と毒づいているのが判る。
見ろ!魯雪華が涙ぐんでるぞ。
わたしなんかきちんと畳んでポケットにしまったぞ。あとで手品のネタか包帯代わりに使えそうだったからな。少しは見習うがいい。クソ精霊め。
「価値が判ってやっているならばそれはそれで素晴らしいがの。あの様子だと気付かんようだの」
林青蛾が溜息をついた。
「魯の手織った絹布は千金を出しても購えんと有名だったのじゃぞえ。黄金蚕からのみ取り出した糸で陰の内功を込めて織ったものじゃ。並みの剣士の一撃では断ち切れんぞよ」
なんと防刃加工がしてあったのか。各国警察がのどから手が出るほど欲しい一品だな。よし。
「エリザベス伍長。魯先輩方へ例のグラスを三セット差し上げろ。ナカムラ少年とシルヴィアも今から装着しておけ」
むろんわたしも装着する。
これは一見薄い黄色のサングラスのようだが、実は最新式の装備である。左のつるの耳かけ部分には高性能マイクと通信システムが内臓され、右のつるからは先端に超小型デジタルカメラのついたアームを前に伸ばすことができる。左目部分にあたるグラスには送られてくる映像を映し出すこともできるし、持っている銃のドット・サイトと連動させることもできる(左利き仕様)。
ドット・サイトとの連動は今までにもあったが、これは最新式で一昔前のように銃を横に倒したら映像が反転するようなことはない。遮蔽物の陰から銃だけ上から出して狙撃することも可能だし、室内戦でドア陰から銃だけつきだして中を掃射することも可能となる優れものなのである。テロリストに手を焼いているどこぞの大国が開発したものである。今ではデルタフォースをはじめ特殊部隊の御用達商品らしい。
布越しで防げるのならグラス越しでも十分ゴルゴン対策になる。
魯雪華たちに使用方法を説明したら驚いていた。
これでお互い連絡を取り合える。こちらで妖狐とやらを発見したら必ず伝えると言うと、魯雪華たちは喜んでいた。なんとか友好の印にはなったようだ。
あとで魯雪華謹製の布とこちらのものとをバーターしたいからな。機嫌を取っておいて損はない。
まあそんなこんなで長話にも飽きたし彼女たちも用事があるとのことなので一旦玉女神剣チームと分かれ、我々は一先ず割り当てられた宿舎へと向かうことにした。
攻撃4のつづき
「あー、食った食った。ゲフ」
食堂では、狐が三個もハンバーガーを犬食いして皿の上はグチャグチャ、口の周りもグチャグチャだ。
「まっ、それなりの味だったな。ハンバーガー。皿の上で動き回るのが難点だったがな。78点だな。それはそうと、コークないのぉ、コーク。この店、時化てんねえサービス悪いねえ。ハンバーガーったら普通コークだろう。ええ?店長呼んできてもらおっかなぁ」
『ねえ通訳さん。いろいろ聞きたいことがあるんだけど、今現在の一番の疑問を解消してくれないかしら』
ケイトが嫌悪感を露わに鼻にしわ寄せながら狐を指さす。
『コイツ、なに?生物?なんか人間の言葉みたいのをしゃべってるし。食べ方下品だし。太ってるし。汗臭そうだし。一般人馬鹿にしてるようだし。世間様舐めきっているようだし。チョーうざくて、キモいんですけど。一体なに?宇宙人?未知の生物?魔物の排泄物?』
『ケダモノです。ケチで意地悪。心が狭くて粘着質。おまけに口が悪くて、一日20時間睡眠を要求する引籠りニートで(正確にはネットをやりはじめてからは18時間睡眠制。狐はブルーライトの影響をおそれて健康のため一日2時間しかネットをやらないと決めている。)、ダラシナイ。一言でいえば、どうしようもないダメ狐』
普通、ファンタジーではモフモフが多少の欠点があろうとも持て囃されるのだが、このダメ狐に関しては例外扱いらしい。確かに可愛らしさから随分と遠い存在であるので、こんなのが可愛がられては公害であろう。納得できる扱いである、ウン。
「ねえ、コーラ頂戴よ。コーラ。コーラ、コーラ、コーラ!」
狐はテーブルを前足でトントン叩きながら催促する。
子供か、おまえは。
コーク、コークって騒いでるけど、おまえどうやって飲むんだよ?その手で瓶は持てないっしょ。コップじゃ、舌でなめられないぜ。お皿にでも注いでもらうのか?ああん?
ケイトと小野少年がそういう思いで狐を注目していると、こころ利きたるボーイが狐のテーブルにストローつきのカップに入ったコーラをソッと置いた。
「さすがだねえ。やるねえ。仙人の弟子だけあるよ。俺がゴネたのはおまえを試したかったからさ。いや、ほんと凄いね。感動したっちゃぜ、その細やかな心配りには。カップにふたがついてんのは気が抜けないためだろ。やるじゃねえか。きっと出世するぜ、おまえ。いつのことになるかは知らんけどよ」
ふん。面白くない。
狐がカップからストロー使ってチューチュー飲みだすのを横目で見ながら、ケイトが小野少年との会話を再開する。
『とりあえず基本的なことを聞くわね。いい?あのケダモノと一緒にあんたやセイジャクはここへきて何やろうとしているわけ?』
『剣術大会への参加。優勝賞品として剣術の奥義の書いた巻物がもらえるらしい。ちなみに僕はサポーター。静寂尼さまたちは選手だけどね。君は控えの選手らしい』
『はあ?控えの選手って何それ。力がないか弱い少女になにやらせようとするんですか』
『柱を爪でひっかいている危ない少女の説明としては静聴尼さまの鷹爪拳の使い手との仮説が合理的だったからねえ。みんな信じたんじゃないのかな』
『危ない少女で悪かったなあ。コトリ派はルサンチマンで100パーセントできているんだよ。力のある奴を見たら嫉妬するの!しょうがないでしょ』
『ふーん。てか、なんで今まで(武術大会参加や自分が控えの選手であることに)気づかないわけ?昨晩、門番に分厚い大会規約集やチームの一覧表をもらったよね。ケイトの世界のことばでも書いてある奴。読まなかったの?』
『あっ。ああー。そんなこともありましたっけ。……ほら、わたし、どんな文章でも三行読むと眠くなっちゃうからさ。つまりー。読まなかったというわけでもないこともないのよ、わたし』
『意味わかんねえよ。つまりケイトは読んでもないし、状況の推測も出来てないわけだ』
小野少年はケイトにアホの子を見るような目つきで見るんじゃないわよと睨まれた。
『でもまあ、いいんじゃないの。ここで美味しいもの食べて大会終わるの待っていれば。ケダモノはなんか自信ありげだし。することなんて何もないと思うよ。僕たち』
『そんなわけにはいかないわよ。わたし、早急に帰ってやることがあるんだから』
『はあ?帰って何すんの?もう死ねないよ。ケイトは(コトリ派の教義上)自殺できないし帰っても誰も殺してくれないし。それに完全な信者はケイト以外残ってやしないんだろう。コトリ派はカルト通り越してもうひとり宗教じゃん。帰ったって電波少女扱いだぜ、きっと』
『宗教はねえ、個人の人格に深く根付くものなの。他の人が多く信じていようがいまいと関係ないことなの。自分の魂との対話なの!』
『御立派な信者様で。でもそのわりには、さっきは美味しい美味しいとか言って食べてたような。コトリ派って、ごはんは嫌々食べる教義じゃなかったっけ』
『ぐっ』
『いいんじゃないの。しばらくは気分転換でもしてみれば。留守のバードルフたちにしたところでなんか何信じているのかよく分かっていなかったみたいだし。ケイトのことは心配しているとは思うけど、別にケイトがコトリ派を背負うことなんて誰も期待してないと思う。きついこと言うようだけど』
『……』
いつのまにかマリアカリアたちが狐たちの側の席に座っていた。
小野少年がマリアカリアに気付いて見ていると、マリアカリアも気付き怪訝な顔をされた。だが、それは一瞬だった。マリアカリアは狐に気付くと、かけているサングラスの左を押さえながら突然がなり立てた。
「ブラボー・ワン。聞こえるか。こちら、チャーリー・シーン(米国の俳優。女性を殴り裁判を起こされ多額の賠償を条件に和解をした人物。ただし、真相は闇の中。)。狐発見。狐発見。繰り返す。食堂にて狐発見。指示を待つ」「……」「了解。標的が逃走もしくは不審な動きを見せれば直ちに射殺する許可を求める」「……」「了解。通信終わり」
「シルヴィア。念のため、ドラグノフも用意しておけ」
マリアカリアはすでにホルスターからUSP自動拳銃を引き抜いてスライドを引き終わっていた。
狐。大丈夫か?




