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攻撃3

 攻撃3


 その後、わたしは白い着物の麗人と赤い長衣をまとった麗人と相対した。


「早速、至らぬわたくしめのためにお手を控えてくださり感謝いたします」


 白い麗人が静かに口上を述べ出す。声は小鈴をふるわしたかのように涼やかだ。だが、わたしは気が重かった。卒なくあしらわなければ、またぞろ命のやり取りをしかねない。読んだ武侠小説ではそうなっていた。こういう局面ではとかく面子に重きが置かれるからだ。


「なんの。小官などはほんの駆け出しの三下にすぎません。貴殿のような先達のご忠告を有難く受け取るのは目下の者の務め。ご高配、まことに感謝いたします」

 まるでやくざものの会話だな。まあ、江湖、武林などと言っても所詮は無頼漢の世界。こういう世界のしきたりはたいてい同じだ。マフィアを知っているわたしには馴染みがあった。


「申し遅れましたが、小官はマリアカリア・ボスコーノというメラリア王国の軍人。以後懇意にしていただければこれに優る歓びはございません」

「ご丁寧なお名乗りありがとうございます。わたくしは……」


 長い話である。

 要約すると、こうだ。


 白い麗人こと魯雪華(通り名を白素子)、赤い麗人こと林青蛾(通り名を青梓子)、まだ会っていない向蓮蓮(通り名を黒楓子)の三人は武林の同門であり、揚州衢(現在の浙江省衢州)の青霞洞に住む仙人に討伐すべく探していた妖狐の居場所を教えられその殺害のためわざわざこの蓬莱山の大会に参加したのだ、という。


 彼女たちの流派の祖は春秋時代の越という国にいたある女性にまで遡る。女性の名は伝えられていない。後世の人間からはただ越女と呼ばれている。非常に才に溢れた人物らしく特に舞楽と武芸には際立つものがあった。

 彼女は寂滅する間際に畢生の集大成として一つの剣譜を残した。

 これを越女舞剣譜という。


 越女の残した舞楽と武芸の技術はその奥義書である越女舞剣譜とともに代々女弟子に受け継がれ伝えられていった。

 時代が下り戦国時代となると、越女舞剣譜に楚女舞踏譜が加わる。後者は舞技の奥義書であるとともに陰の内功の優れた教本でもあった。

 この越女舞剣譜と楚女舞踏譜の奥義を会得できた者は当代無双の舞楽と剣術の達人になれたと伝えられている。


 しかし、秦の始皇帝が命じた焚書(紀元前213年、始皇帝は思想統制のため市井にあった書経、詩経等諸子百家の書物をことごとく焼く払わせた。)の折り、密告する者があって門外不出とされた越女舞剣譜、楚女舞踏譜も焼失の憂き目にあう。

 当時の門主であった梅春華はこのことを恨みに思い始皇帝に復讐しようとするが、病に罹り果たせずに亡くなってしまう。

 その志は妹弟子の佟麗姫に受け継がれ、陳勝呉広の乱ののち、佟も挙兵し項羽の叔父である項粱の軍に加わる。佟は項羽が阿房宮を焼き払い秦を滅亡させたのを復讐の成就ととらえ、以後世から隠れ自身に伝授された武芸、舞楽の研鑽に励む。しかし、佟に承伝されたのは一部(主に越女舞剣譜)であって結局奥義を究めることはできなかった。

 佟は知らなかったが、亡くなった師姉梅春華は市井に埋もれていたひとりの舞楽の才人を見出し秘かに楚女舞踏譜の奥義をことごとく伝授していた。 これが虞姫(虞美人。項羽の寵愛を受けた絶世の美女)である。

 その虞姫も垓下の戦いののち、項羽の足手まといとならぬよう自殺(紀元前202年)してしまうが、その際、自身の理解できた奥義の解説書(虞美人明月抄)を残していた。

 その虞美人明月抄も漢成立時の混乱の中一時行方が分からなくなってしまい、再び世に出るのが200年後の前漢末期成帝の時代である。傾国の美人姉妹趙飛燕・趙合徳が所持していたといわれる(姉の趙飛燕は成帝の寵愛を受け、許皇后が廃された代わりに皇后となるが、成帝崩御後簒奪者王莽に弾劾され庶人に落とされて自殺。妹の趙合徳も姉について後宮に入り一時権勢を振うも、成帝崩御後弾劾されて自殺。)。

 趙姉妹は歴史書に稀代の悪女として描かれているが、実はそうではなく、彼女たちは三匹の妖狐に操られていたにすぎなかった。虞美人明月抄も青霞洞の仙人によって新たに手が加えられていたのを妖狐が仙人の隙をついて盗み出したものであった。

 妖狐は趙姉妹の美貌と虞美人明月抄の舞技を利用して成帝を虜にしてその後宮に入り込み、上は成帝、下は後宮の官女に至るまで男女の区別なくその精を貪り自身の妖力の源とした(ゆえに、後宮では人死が続発し成帝も40の若さで崩御する。)。

 妖狐の悪事は成帝崩御の折り天帝の耳にまで届き、天帝は追捕のため神将を遣わすも、妖狐は巧みに逃げ回り遂に捕えることができなかった。その後、妖狐は長らく長安の都の暗渠に隠れ住み、趙姉妹の姿を写し取った画皮を用いて時折若い男を誘惑してはその精を貪っていたという(一説によると、追捕の神将が暗渠の穢れを嫌ったため妖狐の征伐ができなかったと云われる。)。

 悩んだ天帝は剣仙のひとりを当時衰えていた佟の流派の門人たちのところへ遣わし、玉女神剣という剣術の究極奥義を伝え、これをもって妖狐を撃たせた。

 まず、後漢初めに魯雪華が一匹目の妖狐を撃ち果たすことに成功する。

 しかし、他の二匹は長安から逃げ出してしまい、長らくその行方が分からなくなった。

 ようやく見つかったのが唐の中期であった。当時の流派の門主林青蛾が祁山で二匹目の妖狐を退治した。

 その後、北宋時代において向蓮蓮が最後の妖狐を開封で見つけ傷を負わせるも逃げられてしまう。


 今般、青霞洞の仙人がようやく最後の妖狐の消息をつかみ、天帝の命を受けた泰山府君(泰山に住まう冥府の神様)が討伐のため三人を復活させたらしい。それゆえ、チームのオーナーは一応泰山府君ということになる。チーム名は「玉女神剣」。選手は件の三人であり、サポーターの類はいないとのことだ。


 わたしも林青蛾と魯雪華にマルグリットから教えられたことを伝えてこちらの大会参加の目的を了承してもらう。

 片や妖狐討伐、此方はリリスの剣譜奪取の妨害。

 目的が衝突しない以上、協力関係を結べると踏んだのだ。

 二人は向蓮蓮と相談して協力し合うかどうかの返事をすると言ってきた。二人が言うにまず向蓮蓮の反対はないだろうとのこと。期待しよう。


「最後に、重要なことを伝えておきますわね。わたくしたちにはそれぞれ通り名があるのですが、それをわたくしたちの前で呼ぶことはタブーです。呼んでいいのは仲間内と仙人、神様までです。もともと青霞洞の仙人に名付けられた忌名なのです。気の短い林青蛾などは呼ばれただけで殺してしまいますから気を付けてくださいね。あと……」

「あいやしばらく。しばらく」

 益徳殿が大音声で白い麗人の続きを妨害する。殺されても知らんぞ。

「なんですか?益徳殿。今はそちらの御仁の語りの最中。大変失礼ではあるまいか」

「それどころではござらぬぞ、大尉殿。貴殿はもしや一話登場人物4人までの黄金ルールを前回に引き続いて破ろうとなさっているのではあるまいのう?もしそうであるならば、この益徳自慢の一丈八尺の蛇矛が黙っておりませぬぞ。前回、わしには会話が一切なく『益徳殿談』などと簡単に済まされてしまった。こんな屈辱、二度とあってたまるものですかい。断固阻止してやるぞい」

「はあ?」

「数えてみられい。前回に引き続き登場人物は7名(会話文中に出てきた人物はのぞく)。作者の力量では一話において会話に参加できるのは4名以下。前回会話ができたのは、大尉殿、シルヴィア殿、林青蛾殿、魯雪華殿ぎりぎり4名。わしは省かれちった」

「だから?」

「これから何の考えもないまま、向蓮蓮どのとの出会いのイベントや前前々回の最後に予告した狐さんチームとの食堂での出会いのイベントに突入すると、さらにさらに登場人物が増え収拾がつかなることが目に見えておりますわい。当然、わしの出番もなくなる。マルグリットどのに三顧の礼をとられて復活したわしの立場をどうしてくれるんじゃい」

「わたしにもっと登場人物が少なくなるようこまめに話を分けるよう誘導し、かつ益徳殿の登場回数を増やせるように努力しろと?」

「そうじゃ」

「だが、断る。あと3回で大会予選初日までの説明をしなければならないのに説明が三分の一もしていないんだ。このままイベントに突入しどんどん登場人物を増やしていかなければ間に合わない。混乱しようとどうしようと仕方がない。あと、益徳殿の役目である呂布と関雲長の説明はズーっと先の話だ。それまでは空気と化すか壁の花にでもなっていてもらう。今回、言掛りじみた乱入で随分としゃべった以上、抗議は受け付けない。アンタはもともとその他大勢のうちの一人なんだ。それで満足しておけ。なんのために作中に益徳殿が登場しているのか疑問の声が上がっている昨今、それ以上ゴネると自分の首を絞めることになるのを忘れるなよ。それと、今回は今後の勧善懲悪のいい話系の展開を予感させるところで終わるところをアンタがグダグダにしたんだからな。始末書はアンタが書けよ」

「……(さすがはマフィアと関わりのある女。わし、クレームつけに行って逆に脅されちったよ。どうしてこんな女が主人公しとるんじゃろ。凶暴すぎるじゃろ。)」

「なんかつぶやいたか?」


 益徳殿が首を振っている。

 文句はないという意味にとらえておこう。


 まったく。作者のヘタさのせいでストレスを溜めているのはアンタだけじゃないんだ。よりにもよってそのストレスを主人公のわたしにぶつけてくるのは止めてもらいたい。


 この物語の今後の展開がとてつもなく不安になる……。



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