攻撃2
攻撃2
扉を抜けると、石畳みの道が続き、「清新仙府」の額(張益徳どのの解説。我々には漢字は読めない。)が掲げられた中華風の木造の大門に通じていた。そこで、門番の小僧(7,8歳くらいの黒目の男の子で耳の上を残して頭をそり上げていた。ハード・ロックのバンドのメンバーですらドン引きの髪型だ。)に名簿の確認をされ、選手村の宿舎の割り当てを受ける。
大会開始までは自由にしていていいそうだ。
そう、自由。これがなかなか曲者なのだ。たとえ試合前であろうと殺し合いもOKの意味を含む。大会規約集のどこにも私闘を禁じる条項がないのだ。してはならいことを規定した条項もない(選手になった者の棄権だけは禁止。命のリスクを覚悟したうえで参加しろとの意味だ。)。剣譜奪取のためにはいかなる手段を弄してもいいということらしい。それに、これには本戦までの人減らしの目的も兼ねている。規約47条b項によれば選手資格は「生きた有機体であって剣を握れる手を持っていること」、それだけだ。つまり、精霊やアンデッドの化け物は選手になれないが、それ以外ならモンスターでもなんでも選手資格はある。だから大会にはとかく人数が集まってくるのだ。
当然、わたしの嫌いな妄想過多やゲーム廃人などがどこぞの精霊もどきにその妄想を実現された能力を付与されて参加してくる。そして、やっかいなことにこれが一番多く集まってくるらしい。弱いくせになんで集まってくるんだ。死ぬだけだぞ、お前ら。
と、そんな感慨にふけっていると、さっそく奴らに出会ってしまった。
真っ赤な金属製の西洋甲冑で身を固めドでかい両手剣を振り回している奴。黒シャツ黒ズボン黒マント黒鞘で黒の刀身の片刃の剣(日本刀というらしい。)となんでも黒ずくめでうすら笑いしている妙な奴。二股に分かれ先に鈴のついた帽子を被り目のまわりだけを覆う黒マスクをつけた道化師の格好をした奴(先のとがった靴を履いてぴょんぴょんと飛び回っている)。指にゴテゴテとした宝石付きの指輪をいくつも嵌め黄金のマスクで顔を覆っている奴(偉そうにひっきりなしにしゃべっている)。
まだまだいるが説明がめんどくさい。あと、その他大勢。そういうことにしといてくれ。
「クソ。攻撃が当たんねえ」「グッハ」「ふん。かすりもせぬわ。お前ごときに我の身体に傷一つでもつけられると思うておったか」「もらい!」「寝言は寝て言え」「クソったれがあ。当たれ当たれ当たれ」「ひあゃん!」「遊びはこれまで。僕の本気を見せてあげよう」「やっと、あたったあ」「キヒキヒキヒ。そろそろフィナーレといきますか」「身の程を知りなさい。本気で至高の力を持つ我に勝てると思うておるのか」「絶技。桜花乱舞」「くう。契約第7章紅蓮乱風百式開放」「ロケット・パーンチ!」等々。
よくわからないセリフも交じっていたが、うるさいことには変わりない。
さすがに黒目黒髪の奴ら、本当に騒がしいぞ!
うむ?目の隅をなにか赤いものがかすめた。
「さあチャンスよ。大尉にシルヴィア。(妄想過多どもを)殺ってしまいなさい」
マルグリットが射殺するよう命令する。マルグリットも妄想過多どもが嫌いなのである。
「待て。シルヴィア」
わたしは右手を上げてベルギー製FN P90サブマシンガンのドット・サイトを覗き込み引き金に指を当てているシルヴィアを制止する。
「なに?なんで殺らないの?反抗期?ファンタジー名物の殺す覚悟を固める鬱シーンは十分やったでしょう?物語の進行は巻きでお願いします。そうしないとただですら少ない読者が離れるわよ」
マルグリットが叫ぶが、無視だ。それに今更遅い。この物語は蛇行することでできている。サクサク進むことは期待できないのだ。
「もう奴らは死んでいる」
わたしは静かに宣言してやる。
「!!!」
わたしが言い切ると同時に妄想過多の8人が白目を剥いて崩れ落ちた。幾人かは痙攣し無意味に手足をばたつかせている。
奴らの身体のどこからも血は噴き出ていない。それもそのはず。
「脳を破壊されている。針のような物を飛ばされたのだ。頭蓋骨を貫通するだけでなく中で針を回転させ周辺の組織を破壊させたのだ。恐るべき手練がいる。気をつけろ!」
内功で自身の感覚を極限にまで高めているわたしだからこそ針が奴らの頭を直撃する瞬間をとらえることができたのだ。常人では針の攻撃を見切れる者はおるまい。そのうえ、攻撃者はP90の5.7×28mm弾でもあるまいにただの針にマンストッピングパワーを付与したのだ。どんな化け物なんだ。暗殺専門の特殊部隊よりはるかにたちが悪い。
わたしは冷や汗をかきながらサーベルを抜き放ち、利き手の左手でヘッケラー・アンド・コッホ社製のXM8自動小銃を構えた。この銃は「ジャムを死語にした」G36の派生で、軽くて反動が小さく命中精度が抜群なうえ片手でフル・オート射撃が可能なのだ。
ちなみに、銃の解説をいちいち加えているのは、読者に軍オタがいた場合にアゲ足を取られないよう大藪晴彦氏にならっているためだ。普通の読者は読み飛ばしてくれ。
「妾の飛針を見破るとは、なかなかの達人じゃ。褒めてとらすぞえ。見れば、バタ臭いがそれを割り引いてもなかなかの美形。そっちのノッポの方も好いの。どうじゃ、二人して妾の色にならぬかえ。ああ、チビの金髪は要らぬぞ。その情けない面は見ていてなんだか腹が立つからの」
突然、面前に漆黒の髪を高々と梳き上げて飾り紐で巻きとめた麗人が現れた。唐風の長衣と吊帯長裙と帯を身に付けている。
さっき目の端に赤いものが映ったのは麗人の長衣だった。赤地に日本の打掛けのように鳥やら花などを金糸銀糸を使い飛ばしている。極めて派手な衣装だ。
「美形とは痛み入る。が、女に褒められてもチットもうれしくない。ましてやわたしには同性好きの特殊な趣味もない。むしろそのセリフは鬱陶しい。すまないが、勧誘はよそを当たってくれ」
「わたしも大尉と同じだ。勧誘を受け入れることはわたしの夢に反するのでな。悪く思わず諦めてくれ」
わたしとシルヴィアがこもごも返答する。
「なんと。二人とも女子とな?その凛々しい顔で女子とな?驚いたわいなぁ。それにしても勿体無くもつまらないことじゃ。凛々しい顔で女子とはの」
「言いたい放題言ってくれるじゃないか。気にしているんだ、ほっといてくれ。第一、そういうお前こそ、目と目が少し離れている以外女らしい点がないじゃないか。顔がきれいなのは認めてやる。だけど、その少々太い眉はなんだ。凛々しいとしか言いようがないではないか。人のことをあげつらうな」
「待て、大尉。全くの同感だが、怒らせては不味い。ヘタをすれば全滅だぞ」
「もう遅いぞよ。地獄で後悔するがよかろ」
麗人の赤い長衣がはためく。と同時に、わたしとシルヴィアの銃口から火が噴き出す。
こうして名も知らぬ麗人と戦闘を開始する破目となった。まだ着いたそうそうだぞ。勘弁してほしい。
麗人はXM8のフル・オートの鉛玉の雨を煙のように避けつつ針を飛ばしてくる。シルヴィアもP90を連射するが全く当たらない(ちなみにP90の連射速度は毎分900発)。
どんな反射神経なのだ。
まあ、こちらも例の破箭式を用いて飛針をすべて弾いているので文句をいう筋合いではないのだが。
……(戦闘開始から3秒経過)……
麗人はニヤリとすると、わたしとシルヴィア以外に針を飛ばそうとした。
まずい。
いや、まずくないか。エリザベス伍長もマルグリットもエネルギー体だから針が直撃しても通り抜けるだけ。針に多少内功を掛けていても精霊さまをどうこうすることなどできはしない。
張益徳殿はわたしがシルヴィアを制止した時点で安全圏に逃れ去っている。彼は解説員だからな。無理をする必要はない。
残るはナカムラ少年だが、まあどうでもいいが保護すると言った手前、適当に針をはじいてやるか。
キンキンキンキンキンキンキーン
何本針を撃って来るつもりだ。きりがない……。
わたしの目の隅をなにやら白いものがまた掠める。
新手か。まずいぞ。
残りの銃弾を新手らしきものに叩きこむ。
……(戦闘開始から3・3秒経過)……
我々と麗人の間を白い一陣の風が通り抜ける。
と、麗人の飛ばした針や我々の銃弾がポトポトと地面に落ちる。すごい内功だ。
何者だ、こいつは。共通の敵だとしてどうする?わたしもシルヴィアももう弾を撃ち尽くした(XM8の弾倉は30発入り。P90のは50発入りマガジン。)。ホルスターから拳銃(ヘッケラー・アンド・コッホ社製USP自動拳銃。長らく愛用していたブローニング・ハイパワーと同じくショートリコイル方式。9mm×19弾使用。大きさは同じだが、強化プラスチックを使い軽量化され重心もちょうどいい。連続発射速度も向上している。
言うことなしのいい銃だ。ふー。大藪晴彦氏風解説は疲れる。もう、止めよう。)を引き抜くかそれとも剣で独狐九剣を使うべきか。
「私闘はおやめなさいな。達人同士の争いは本戦で決着をつければいいこと。(達人同士の私闘は)決着に時間がかかるばかりか他者に付け込まれる隙を与え後れを取ることにもなりかねませんよ」
白い薄絹を垂らした笠を被り、同じく白くて袖口の狭い着物と上着を重ね着した(下は襦裙)、これまた麗人が両者の間に儚げに立った。
「白素子かや。お主に首を突っ込まれては興ざめじゃな」
「貴君の言うことは道理。謹んで手を引かせてもらおう。シルヴィアもいいな」
内心、冷や汗をかいていた。格好をつけてもコチラは達人との戦闘ははじめてなのだ。止めてくれるのは本当にありがたい。わたしも慌てて戦闘中止を告げた。
こうして蓬莱山での最初の戦闘は5秒で終結した。これは達人同士での戦いではかなり長いらしい(張益徳殿談)。なんというレベルの高さだ。眼前にいる二人以外にまだまだ達人が出て来そうなので暗澹とした気分になる。
本当に任務遂行できるのだろうか。




