拭われた灰かぶり2
拭われた灰かぶり2
「わたしは一度、拳を交えた相手を見間違えたりはしない。
イブ。おまえが今回、セルマから授かった能力を言い当ててやろうか」
狭い場所で残りの4人の取り巻きからの攻撃をいなしながらマリアカリアは言い放つ。
「召喚術。それも人外であろうと死者であろうと世界の外の存在であろうとも呼び出して周りの人間に憑依させるという厄介な能力。
イブ。不幸にしかならないのにおまえはなぜセルマに願ったのだ?」
「あらあら。よそ見しながらおしゃべりしている余裕があるの?」
4人が凄まじい破壊力を持った踵落とし、足を狙ったローキック、側頭部に対する回し蹴り、予備動作のほとんどない前蹴り等、連携のとれた怒涛の連続攻撃を仕掛けてくる。
「無駄無駄。
言ったはずだぞ。人狼娘。わたしは一度、拳を交えた相手を見間違えたりはしないし、ましてや敗れることなどありえない」
マリアカリアは女子トイレに押し入る前に倒した相手が以前、ボコボコにして捕まえたソフィアであることに気がついていた。
余裕を持って人狼娘たちの攻撃をすべて見切った上で神速の正拳突きを放つ。
「ガアッ」「グッア」
顔面の急所にヒットした2人の人狼娘が口鼻から血を溢れ出し白目を剥いて昏倒する。
「フン。狭い場所だからといってわたしが攻撃を躱せないだとでも思ったのか。師匠の魯雪華がよその世界で泣いているぞ。
老婆心ながら言っておくと、おまえたちの特殊能力はわたしには通じない。身体能力だけでしか攻撃できないことをよく認識してかかってくるがいい」
「たしかに舐めていたわ。わたしたち。
でもね。人狼特有の特殊能力と優れた身体能力だけがわたしたちの持ち味ではないのよ。
師匠のもとで修練した成果を見せてあげるわ」
残り二人となった人狼娘のうち、右のカトリーヌが半身になりながら長く変化させた剛爪で襲いかかる。
「なるほど。室内戦に特化した小剣使い。それも双剣」
剣術の8割はフェイントである。相手に太刀筋を悟らせないように千変万化して翻弄する。双剣はその最たるものである。
しかもカトリーヌを陽動として左のシモーヌが回り込んでマリアカリアの背後を衝こうとする。
「なるほど。考えたな。
しかし、相手が悪かったな。わたしにはおまえたちの太刀筋がよく見える」
「「クッ!!」」
マリアカリアがいつの間にか取り出した2丁の拳銃でふたりの必殺の剛爪を受け止めると弾き返した。
バ、バーン
「勝負あったな」
膝を撃ち抜かれて蹲るふたりに対してマリアカリアが冷たく宣言する。
「取り巻きたちが人狼娘だとすると、ビリーという少年はやはり狼神か。以前、倒すと宣言していたからその方がわたしにとっては都合がいいが。
で。さっきの続きだが、おまえはセルマになぜ願ったのだ?イブ」
じっくり話を聞くためマリアカリアはシガレットを取り出して火をつけた……。
* * * *
「だからさあ。ガキんちょ。カネの問題じゃないいんだよ。
俺だって商売はしてえんだよ。だけどよお。商売のネタが手に入らねえんだぜ。仕方ねえだろ」
ビリーは学校近くの路上に止めてあるGMの黒人チンピラと話し込んでいた。
「困ったな」
「こっちも大弱りさ。ファック!
なにしろイカレ尼に工場3つ潰され、事務所に溜め込んていたブツ全部に消火液ぶちまけられたんだ。元締め連中は大損したうえ全員ぶん殴られてさ。ここの組織はもうガタガタだぜ。
とにかくニューオリンズにいる俺のダチが都合つけてくれるまで待ってくれや」
「……」
二人が渋い顔をしているところへスーツを着た黒人がやって来た。
「ディルセンじゃねえか。スーツなんか着てどうしたんだ?ああ?まさか教会へ行くって言うんじゃねえだろうな?似合わねえぜ」
「俺はフランク。フランク・スタッホードだ。ディルセンではない。おまえに話があって来た。売人」
「フランク?話があって来た?おいおい。いつもと雰囲気が違うじゃねえか。ブラザー。
何とち狂ってやがる?」
フランク・スタッホードといえば、90年代後半、裏社会の住人から最も恐れられたギャングスターである。麻薬の売人は知り合いの豹変ぶりに完全に戸惑っていた。
この様子に狼神の憑依したビリーが呻く。
「シット!」
彼にはこの後の展開が読めたのだ。
「ウエア イズ マイ マネイ?(俺の金はどこだ?)」
スーツの男は売人の頭に銃口を突きつけた。
「はあ?組織の使いパシリが何言ってんだ?」
バスッ
銃声とともにフロントガラス一面に血が飛び散った……。




