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かくて美女は苦しみと涙のもとに生まれ5

 かくて美女は苦しみと涙のもとに生まれ5


「さて、エマ。おまえは持ってきた野球バットを取り出して、転がっている連中の足を適当に選んで殴れ」

「エエッ!?」

「まずは現実を知ることが大切だ。

 人間には、虐められても黙って嵐が過ぎるのをひたすら待つタイプと、たとえ相手が魔王だろうと悪魔だろうと顔の一つでも引っ掻いてやろうと諦めずに抵抗するタイプがいる。

 おまえはどちらのタイプだ?

 悪魔召喚して皆殺しを狙うくらいだから当然、後者のタイプだよな。

 だったら、暴力というものを理解すべきだ。消極的であやふやな霞みたいなオカルトなんぞに頼るな!

 暴力を知り、暴力の美学を学び、暴力を実行しろ!

 さあ!はじめの一歩 だ。暴力の信者になれ!」

「しゅ、淑女教育、関係ないじゃん?わ、わたし、ストリート・ギャングになるつもりなんてないわよ!」


 ブルブル震えているエマが精一杯の抵抗を見せる。

 しかしー


「バカを言うな。高いプライドがないと淑女とは言えぬ。レディたる者、そのプライドを保つための手段を持たなくてどうする。

 わたしはなにも素人に向かって武芸の達人になれとかの無茶振りをしているのではない。

 暴力と真摯に向き合う心構えのことを言っているのだ。

 さあ、殴れ!足の骨を折って一生涯、車椅子のご厄介になるようにしてやってもいいぞ。

 心配はいらん。やつらの反撃はない。どいつもこいつもわたしが抵抗不能な程度に痛めつけておいてやったからな」


 エマに暴力の催促をするマリアカリアに地面から苦しげな声がかかる。


「おまえは鬼か!」

「わたしは精霊だ。現役の軍人であり、保安局の長官でもある。そして、メラリア王国南部最大の領主の娘で伯爵令嬢でもある」

「「「訳分かんねえ!」」」


 内臓破裂をギリギリしない程度に腹パンをもらい、口から血と胃液をぶちまけながらクの字に横たわる悪党どもが恨みがましい目で睨む。


「♪ヘイ、ユー。ユーはルーズで、わたしはウイン。オウ、イェー。

 負けたユーは素直にミーをリスペクトしなYO。イェー。アハッ~

 それともママに言いつけてべそでもかいちゃうかもYO?オウ、イェー。どうなんだYO。YOYOYO」

「ラップ馬鹿にしてんだろ、おまえ!」


 マリアカリアが自分に負けた敗者をからかい尽くすのはいつものことである。とにかく心が折れるまで言葉責めでいたぶり尽くすのである。黒人の悪党たちには今回出会った相手が悪すぎたのだ。

 たぶん日頃の不信心が祟ったのだろう、彼らは神様にすでに見放されていた。


「ラップは相手をディスるための音楽。わたしは基本に従っただけだよ。アハハ。

 しかし、なんだな。あれだけ銃をぶっぱなしながら一発もわたしに当てられないとは情けない限りだな。おまえたちの弱さ加減にはこっちが涙が出そうになってしまうよ。よくそんなので今まで強面として威張ってこられたものだな」


 マリアカリアが落ちている銃を拾い上げながら嫌味を言う。

 精霊でなくてももともとマリアカリアは弾道が読める上に同時攻撃にも耐えられるだけの俊敏さを持ち合わせている。並みのチンピラが勝てる相手ではないのだ。


「それにしても酷い銃だな。見栄えだけでろくな掃除もしていない。

 まあ三流のチンピラが持つにはふさわしいとも言えるがな」


 ズドッ


 いきなりマリアカリアが発砲し、一番近くにいた男の股間まで1センチの地面に当たって弾丸が跳ねとんだ。


 ズドッ ズドッ


 3発連続で同じ場所に当てる。


「ヒッ!?」

 動けない男が情けない悲鳴を上げた。


「この国の西部には宙に放り上げた25セント玉を正確に打ち抜いたり、2人ひと組で空き缶を撃ち合ってキャッチボール代わりに遊ぶ銃の名人たちがいるそうだが、これくらいなことはわたしにでもできる。

 だが、名手もときにはミスをする。

 エマよ。手が滑ってわたしが奴の股間を撃ち抜かないうちに早くバットで殴れ」


 ズドッ


 マリアカリアは容赦なくエマを催促する。


「……できない。できないわ。私」

「おまえはこの男が一生涯女と遊べなくなってもいいというのか。随分残酷だな」


 おまえが言うな!と普通は突っ込みが入るところであるが、マリアカリアが怖くて誰も言い出せない。


「おまえは悪魔召喚をして皆殺しを狙った邪悪な人間のはずだろう?足の38本くらいどうということもあるまい。

 おまえが人を痛めつけるのは好きだが、自分の手で直接痛めつけるのを嫌がる臆病な最低の悪人だとしても、だ。現況を見てみろ。おまえにとって圧倒的に有利だろう?何を躊躇う必要がある?」

「……できないの。ばだしにはどうしてもできないの。ぞんなことは。エグッ」


 鼻水を垂れながら半泣きのエマの振り絞った声が響く。


「フン」

 エマの声を聞いたマリアカリアの目には意外と軽蔑の色はなかった。そして、ニヤリとする。


「エマ。これでおまえもようやく自分自身の本性に気づけたわけだ。人を殺そうと思ったことが、どんなにらしくない、愚かなことかもよく分かったはずだよな。

 世の中にはどうしても他人を傷つけることができないという人間が一定数いるものだ。信仰心だとか良心とかという他人にはよくわからない理由でな。

 だが、わたしは彼らを軽蔑しない。

 むしろ尊敬しているくらいだよ。彼らは生存が脅かされようとも相手を殴れない。彼らがしていることは究極の痩せ我慢だ。これは賞賛に値する。わたしにはとてもできないことだからな」


 マリアカリアはべそをかいているエマの肩に手をかける。


「そうさ。おまえも彼らの一員だよ。エマ。自信を持て。

 そういうことで、もうここには用はない。帰るぞ。今日の教育は終了したからな」

「きょうびぐ(教育)?」


 マリアカリアが左手を後ろに回して偉そうにする。


「淑女教育の最初の重要な過程だよ。

 女という生き物はだな。どいつもこいつも例外なく(意識しているかどうかは別として)世界は自分を中心に回っていると思い込んでいるものだ。

 女がその世界の中心である自分自身を知るということはだな。女が世界を再発見するのと同義なのだよ。

 わたしが最初に言った『現実を知る』の本当の意味はそういうことさ。

 エマ。今日、おまえも世界を再発見したのだよ。ようやく淑女のスタートラインに立てたというわけだ。よかったな。

 では、もう、うちへ帰ろう。夕食にはわたしがニョッキとトマトソースを使ったメラリア風焼肉をご馳走する約束だからな。遅れてはまずい」

「……ばだしも帰りだい」

「鼻を拭け。エマ。

 もともと美人ではないが、泣き顔はもっとひどいぞ。おまえ」


 ディスりながらマリアカリアがハンカチをエマに手渡す。


 日が傾き赤く染まったダウンタウンを背に銀髪の女がハンカチで鼻を拭いている少女を優しく抱いて立ち去りかける。

 しかしー


「おい!くそシスター!なにいい話でまとめようとしてやがんだ!」「腹の痛みが治ったら、てめえら、八つ裂きにしてやんぞ!」「これからはせいぜい夜道には気をつけるこった。俺たちを怒らしてただで済むと思うなよ!」


 地面に張り付いている悪党たちから罵声が浴びせかけられる。本能的に命が保障されたことを知った悪党たちは強気である。


 しかたがない。

 心底ため息をついてマリアカリアも振り返る。


「あー。おまえら、まだいたんだ。騒がしい実験動物どもめが。

 チッ。クズでも空気くらい読めよな。せっかく教師が生徒の心を掴みかけているというのにさ」

「ファック・ユー!」「サイコパス!」「イカレ尼!」


 ズバーン


 どこからか取り出されたマリアカリアの愛銃、マルグリット特製のUSP拳銃が火を噴き、悪党の一人の事務所が入居しているビルの三階を直撃した。


 瞬時に、轟音とともに建物の内部から火が吹き出して燃えはじめ、すべての窓ガラスが割れていく……。


「……」

「これでいいだろう?空気読めない諸君。

 おまえらでもこの後、われわれに手を出せばどんな地獄を味合わされるか、わ・か・る・よ・な!

 舐めた口は一生涯噤んでおけ」


「おかしいだろ!おまえの拳銃はグレネードランチャーか!そもそもシスターが銃持っていいのか!」「シスターが弟子の非暴力を褒めながら自分は特大の暴力を振るうのかよ!」


 轟々たる非難にもマリアカリアは顔色一つ変えない。


「わたしはわたしを知っている。矛盾は常に有り得ない。

 わたしの行動はすべてわたしの色に染まっている。わたしはわたしに似つかわしくない行動など一度たりとてとったことはない。ゆえに、わたしの行動のどこを取っても恥じたり反省したりする要素は見つからない。

 結局、わたしはわたしなのだ!メラリア王国国家義勇軍大尉マリアカリア・ボスコーノとしてな!」


 地獄の悪魔よりも尊大な顔がひとつ、支配者然として地面に這いつくばる悪党どもを見渡した。


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