かくて美女は苦しみと涙のもとに生まれ3
かくて美女は苦しみと涙のもとに生まれ3
「ふーん。要するに、おまえは苛められているわけだな。それで、復讐のために悪魔の召喚を試みたと。
しかし、アメリカでは16歳にもなれば車の免許が取れるはずだろう。その年齢で悪魔召喚だって?行動が幼すぎるだろう。アホなのか、おまえは?」
「……そんな格好をした人に言われたくはないわ」
不貞腐れた少女が口をへの字に曲げ、背中に羽根の生えたマリアカリアを恨みがましく睨んだ。
話を聞いたマリアカリアが至極つまらなそうに断定したように、実際、この根暗な少女エマ・シトリーはハイ・スクールでひどく苛められていた。
彼女に割り当てられているロッカーだけは凹んでいる上、扉にスプレーで『GLOOMY(暗い)』とか『SKANKY』とか『CREEPY』と大きく書かれていたし。ロッカーを開けるたびに誰かが放り込んだゴミが山のように出てくるし。教室では授業中、後ろに陣取った二人組が暇さえあれば彼女の頭めがけて紙つぶてを投げつけてくるし。
そして、誰もがそれを見て見ぬふりをしている……。
ハアァと、マリアカリアはため息をつく。
「いいか。わたしも好き好んでこういう格好をしているわけではない。わたしは今、おまえ以上に根暗なやつとのゲームを強制されているのだ」
根暗とか言うなと抗議する少女を無視してマリアカリアは言葉を続ける。
「この格好から見るに、わたしはどうやら今回はシンデレラに出てくる魔法使いとか妖精とかいった役回りらしい。そして、おまえがそのシンデレラで、わたしはおまえに何らかの手助けをしないと話が進まないようでもある」
「だったら、わたしの復讐を手伝って。わたしは舞踏会へ行きたくないし、白馬の王子様にも会いたくないわ。ただただあいつらをぶち殺して欲しいの!」
勢い込む少女をマリアカリアは手で制して冷たく拒否する。
「嫌だね。なぜ、わたしが学校を燃やしたり人殺しなぞしなくてはならないのだ。精神衛生上、非常に悪いことだぞ。病気になったらどうしてくれる?」
「あなた、自分でシンデレラの妖精とか言ったじゃない。苦しんでる私を助けてくれてもいいじゃない!」
「馬鹿馬鹿しい!おまえの悩んでるイジメ程度なら野球のバット一本あれば事足りる。
それに、だいたいわたしはドイツ語版やフランス語版のシンデレラの物語が大嫌いなのだ。嫌いな物語通りに話を進める気などわたしにはない!
ドイツ語版やフランス語版は結局、悪役の義母と同じようにシンデレラが玉の輿に乗り、立場の逆転したシンデレラが今まで自分を虐めてきた義母や義姉たちに向かって『ざまあ』という底の浅い物語にすぎない。
ああいった物語の跡をなぞるなど、物事の本質を知る教養高いわたしができるか!」
「じゃあ、どういうふうに私を助けてくれるのよ?何のために私の前にあなたは現れたのよ?意味ないじゃないの!この悪魔め!」
エマが涙を溜めてやけくその声を張り上げる。
「私は苦しいのよ。死んでしまいたいくらいに!」
だが、このエマの胸をかきむしらんばかりの悲嘆もマリアカリアはどこ吹く風とばかりに吹き流す。
「もちろん、わたしは目先のことしか見えていない精神的に幼いおまえの蒙を啓いて本当の『愛』を知る手助けをしてやるつもりだよ。
わたしは悪魔ではないからな。わたしは精霊である前にひとりの教養のある立派な淑女なのだ。淑女教育ぐらいは授けてやるさ。
ところで、おまえはイタリア語版シンデレラ『チェネレントラ』を知っているか?
ほら、プッチーニのオペラになっているやつだ?」
「し、知らないわ。うちはイタリア系じゃないもの。アイリッシュなのよ」
マリアカリアはしばらくさも可哀想なものを見るような目つきをしたあと、『チェネレントラ』の終幕のアリアを歌ってみせた。
♪ 苦しみと涙のもとに生まれ
心は黙って耐えて参りました
けれど甘い魔法のおかげで
花開く私の年頃に
まるで素早い稲妻のように
私の運命は変わったのです
まるで素早い稲妻のように
私の運命は変わったのです
(立場の逆転した義父や義姉たちに向かって)
いいえ、いいえ 涙を拭いてください
なぜ震えているのですか なぜ?
この胸に飛び込んできてください
娘も 妹も 友達も
みんな 私のうちに見つけられますから
「心優しいチェネレントラは賢くもあった。彼女は自分の希求するものをよく知っていた。彼女は玉の輿に乗ったり、贅沢な生活を送ることには何の関心もなかった。彼女の求めていたのは愛し合う関係だったのだ。
家族。夫。友達。
彼女はそれらだけが欲しかった。復讐なぞどうでもよかったのだ」
マリアカリアはエマに向かって厳かに言う。
「人間は社会的な動物だ。一人では生きてはいけない。お互いに認め合う関係が必要なのだ。幸せになるためにはな!
おまえもそれを知らなければならない」




