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かくて美女は苦しみと涙のもとに生まれ2

 かくて美女は苦しみと涙のもとに生まれ2


「あんた、馬鹿なの?鬼なの?」


 セルマの罵声が赤い部屋の中に響く。激おこでマリアカリアのことを大尉さんとも呼ばずに『あんた』ですませている。


「悪役令嬢が出てくる乙女ゲームというのは、もともとヒロインが攻略するだけのために作られた無理のあるフィクションの世界なのよ!そこに現実の政治の話を持ってきてどうするのよ!それに、ヒロインが攻略に攻略を重ねてようやく報いられる最高の瞬間に悪役令嬢が詭弁と暴力による恫喝ですべてを台無しにするなんてどんだけ鬼畜なの!あんたのせいでヒロイン、白目剥いて倒れちゃったじゃない!ヒロインが悪役令嬢に苛められたのは全部、事実だし、父親の公爵に至っては本物の大悪人で、娘の婚約破棄をきっかけに悪事が露見して国王に処断されることになっていたのよ。それを無茶苦茶にして!」

「セルマ君。弱肉強食は世界の理だよ。力のないものが蹂躙されるのは世の常だ。今回はたまたまヒロインより悪役令嬢の方が強かった、それだけのこと。なにか不都合でもあるのかね。

 それとも何か。君の考える正義のためにわたしだけは世界の理に従って抗ってはいけないというのかな?」


 シガレットを吸いながらマリアカリアが眉根を寄せる。


「抗うところが違うと言ってんの!こちらの指示しているところで抗いなさいよ!あんたに赤頭巾ちゃんを演じさせたときみたいに無茶な筋を作られたら困るというんで、今回、わざわざ最終局面にしたのよ。空気、読みなさいよね!」

「言っていることがよく分からないんだが」

「あのね。わたしはアドリブを入れることとか、最近流行りのラノベのように悪役令嬢がハッピー・エンドを迎えることには反対していないの。ここでそれまで禁じてしまったら大尉さんとのゲームにはならないからね。了解?」

 頷くマリアカリアを睨みながらセルマが言い募る。

「じゃあ、了解したとの前提で大尉さんに訊くけど、そもそも悪役令嬢のハッピー・エンドとは何なの?

悪役令嬢が処罰を免れた上ヒロインから攻略対象の一人を奪ってイチャイチャすること?それともヒロインとか他のすべての攻略対象とかと仲良しになること?

 たしかに最終局面の前なら、転生悪役令嬢がすべてのフラグを折るという意味でそれもハッピー・エンドの一種とは言えるわね。物語のヒロインが転生悪役令嬢に変わっちゃっているけど、それでもよくある絶対的不利な状況から努力と優しさで周囲の理解を得てヒロインは幸せになりましたとさ的物語としては成立するから。

 でもね。最終局面まで来てしまったら悪役令嬢は悪役令嬢のままでヒロインには成りえない。その種のハッピー・エンドも物語として成立しない。

 そして、最終局面後の悪役令嬢のとれる行動は反省するかそれとも反省せずに処罰されるかの二択しかないの。理解る?」

「つまり反省して得られる精神的な成長(その精神的な成長を糧に新たな人生を前向きに歩むこと)こそが最終局面後の悪役令嬢のハッピー・エンドというわけか」

「そうよ!

 そういう前提でわたしは大尉さんに悪役令嬢としてどんな反省をするかの問いかけをしていたのよ。正しい反省をすれば、わたしは満足して大尉さんの勝ち。間違った反省をすれば、大尉さんの負けで地獄の苦しみを味わってもらう。そのはずだった。それを詭弁と暴力による恫喝で物語の筋を変えてゲームの土俵にすら上がってこないんで、わたしは怒っているのよ!お分かり?」

「……おまえがよくわからなくなった。

 反省して得られる精神的な成長がハッピー・エンド?正しい反省をすればおまえが満足して勝負はわたしの勝ち?何を言っているのだ、おまえは。

 なんだかまるでおまえが本物の正義の人みたいではないか。おまえはリリスみたいに人に苦しみを与えて喜ぶ心のねじ曲がった愉快犯ではないのか?」

「わたしは愚か者を嘲笑っているだけ。愚かな行動をした人間に罰を与えているだけ。わたしは人が正しい選択をしないことに数千年、苛立ちを覚えているの。心底、愉快に感じたことなど一度もないわ(そりゃ、愚かな行為を美しいと感じたことはあるけれども……)。

 そんなことより、大尉さん。ゲームのやり方を正しく理解できたかしら?」

「ああ。何となくな。心から納得はしていないが」

「大尉さんが納得しているかなんてどうでもいいこと。

 じゃあ、次へ行ってもらうわ。次こそはゲームの土俵だけには上がってきてもらいたいものね」

「フン。わたしがゲームのやり方を無視して時間稼ぎをすれば(救援が来て)戦わずして勝てるのだぞ?変な期待を抱いてもらっても困るな」

「大尉さんは負けず嫌い。必ずゲームの土俵に乗ってくるわ」

「……」


 またしてもベットに飲まれていくマリアカリアをセルマは冷たい目で眺める。

 セルマとて次のステージでまともな勝負になるとは期待していない。それどころかマリアカリアの失敗を織り込んでさえいる。赤頭巾ちゃんも悪役令嬢も、そして今回の優しい妖精の役も単なる前振りに過ぎない。すべては『シンデレラ』というお伽話の破壊に向けてのものなのだから……。


*      *        *         *


 照明が床に置かれた3本のロウソクしかない暗く締め切った部屋の中、爪を黒く染めた少女が床に敷いた紙一面に赤いペンキで召喚陣を描ききり、ホッとした表情になる。


 部屋の中には、ぬいぐるみなど少女らしいものが何一つ置かれておらず、殺風景である。

 その代わり、壁にはクレオンで殴り描きされた建物が燃えている絵や怪物にお腹を噛まれている少女たちの絵などおどろおどろしいものが一面に貼られている。


「自分でも馬鹿げたことだと思うけど、もうこれしかないの」


 アラバマ州モービルに住む16歳の少女エマは怪しげな本を片手にブツブツと呪文を唱え、奇怪な装飾を施されたナイフを怖々と持ってその刃を自分の指の上に走らせた。


「あれ?」

 痛くも痒くもない。

 目をつぶって思いっきり引いてみた。

「……」

 やはり痛くも痒くもない。


「このっ!」


 しかし、何度やっても指は切れない。しまいにエマは癇癪を起こしておこずかいを叩いて通販で買ったナイフを投げ捨てた。


「もういいわ」


 代わりに前回、呪いの人形に使った針を持ち出して左の小指をつつく。だが、及び腰である。


「痛っ!」


 おっかなびっくり3回目にしてようやく小指の腹にプクリと赤い小さな丸玉が出来た。

 急いでエマは召喚陣の上にその貴重な血の一滴を垂らし最後の呪文を唱えた。


「イカノソ ジュ ジミ キセ ラプ デ アモン……」


 だが、召喚陣にはなんの変化も現れない。床に敷いた紙に小さな赤い染みを一つ作っただけ。


「……やっぱり」


 エマは肩を落とす。

 今回はオカルト愛好者の間で有名な『レアンダーの魔術書』を使っただけにわずかながらも期待していたのだ。それが今までどおりの結果に終わった……。

 

「アハハ。あとは首を括るか、風呂場で手首を切るかしかないわね」

「……若い身空で自殺か。

 貴様は恋人にでも裏切られたのか?それとも返済できないくらいカードを使ったのか?

まあ、いずれにせよ、わたしは同情などしないが」


 エマが急いで振り向くと、背中に古代トンボのような巨大な羽根を生やし白い申し訳程度の衣をまとった銀髪の女が立っていた。


「ぎゃあああああ。誰?悪魔じゃない!?」

「当たり前だ!」


 エマ・シトリーという16才の平凡な少女はマリアカリアの出現に腰を抜かすほど驚いた……。


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