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北へ北へ6

 北へ北へ6

 

「俺たちは……。そう。俺たちはやはり別れたほうがいいと思う」

「……」


 マリアカリアは豪華ヨットのベットの中、カールの腕に抱かれながら自分のすべてを語った。

 3000年の歴史を誇るメラリア王国南部最大の伯爵家の一人娘として生まれたこと。父と自分は領地管理人を通じて地元マフィアと深い関係にあること。貴族とマフィアを毛嫌いする当時の独裁者エーコ頭領の機嫌を取るため6才で少年行動団というファシスト党の下部組織に入れられたこと。ある政治的理由から少尉に任官した18才の時、エルフランドのベルエンネ大学へ留学したこと。ベルエンネではマフィアに恩を売る意図でエーラ独立派との縄張り争いに参加してあるテロリストに出会ったこと。複雑な経緯のもと、その男と恋人の関係になったこと。24才の時、エーコ頭領の決断によりメラリア王国が3000年続いた平和を破りエルフランドに宣戦布告し、第2次大陸間戦争に参加したこと。戦争中、同盟国のザールラントに肩入れする情報局の上司に2度も命を狙われたこと。そして、砂漠の戦場では多くの人間を殺し傷つけたこと……。

 それから、ついに国王がザールラント派に先んじてクーデターを起こしてファシスト党を打倒したとき、国王に味方してクーデターに参加した彼女がリリス・グレンダウアーによってコピーされ、精霊たちのいる遠い暗黒大陸へ送り込まれたこと。挙句に、知らずにユグドラシルのリンゴを食べてしまい、精霊になってしまったこと。その後、いろいろな事情が有り、マルグリットに頼まれて精霊防衛隊の隊長として辣腕を振るってきたことなどなど。


「わかった。……すべて自分のやったことだ。受け入れられないというのであれば仕方がない」


 マリアカリアは顔面を蒼白にしながらもそう言い切る。


 マリアカリアなりのけじめをつけるため勇気を出して自分の過去を正直に曝け出した結果がこれである。

 彼女の内心はカールなら理解してくれるという甘い期待を裏切られた後悔と彼にすがりつかない自分へのもどかしさでいっぱいだ。しかし、彼女は気丈にも寝巻きの上にガウンを羽織るため身を起こし、カールに絶対に涙を悟られないよう背を向けた。


「じゃあな。カール。

心配しなくてもいい。わたしはすがりついたりしてカールに嫌な思いをさせない。

……もう会うこともないだろう」


 立ち上がった彼女は突然、立ち眩みを覚え、支えを求めようと腕を伸ばしかけて意識を失った……。




 マリアカリアが汗をびっしょりとかいて目を覚ますと、泊まっているホテルの部屋の天井が見えた。


「ハッ!……夢か。

 ああ、よかったよかった。ありがたい!

 まあ、考えてみればカールがあんなことを言うはずがないよな。わたしにゾッコンだし。わたしの見込んだ男ならあんな冷たいことは絶対言わない。ハハハ」


 マリアカリアの顔に微笑が浮かび上がるが、突然固まる。


「……言わないと思う。言わないはずだよな。あれ!?あれ!?なぜわたしは不安になるんだ!?」


 ホテルのベットの中でブルリと身震いしてマリアカリアはひとりごちた。


*       *        *        *


「ここへサインをお願いします」


 町長の執務室で白いベールを被ったマリアカリアとモーニング姿の美男子とが書記に結婚証明書への記入を勧められる。


「お幸せに。お二人さん!」

 国旗を模した帯を肩にかけた町長がニコリとして祝福する。

 側に控えた証人のエリザベス伍長とアン・チェスター少尉も微笑んでふたりを祝福する。二人とも制服姿ではない。胸に白いハンカチを付け、この後の披露宴で踊る気らしくとても気合の入ったドレスアップをしている。

 戸口の外では、友人や知人が大勢集まり、祝福の声を掛けようと控えているのが分かる。


 この様子に幸福感で胸をいっぱいにしたマリアカリアが恥ずかし気に金のボールペンを書記の示した結婚証明書に走らせる。隣の美男子もマリアカリアの手を握り締めながら嬉しそうにペンを走らせる。


「ここにマリアカリア・ボスコーノ嬢とトマス・ベケット氏の婚姻が目出度く成立したことを宣言する!」

 

 町長の宣言を受けたトマスが満面の笑みを浮かべてマリアカリアのベールを持ち上げ、キスしようとする。


「はあ!ちょっと待て!

 隣にいたカールはどこに消えた?なぜに無職のデブに入れ替わった?」


 悲鳴を上げるマリアカリアに腕を回してなおもトマスがキスを迫る。


「抵抗しても無駄だよ。もう僕たちは夫婦だ」

「嫌だあ〜!イヤダー!嫌だ!」


 生理的嫌悪感から体が動かなくなったマリアカリアにトマスが強引にキスをする……。



 またしても汗をかいて目覚めたマリアカリアにはホテルの天井が見える。


「ハッ!また夢か。しかし、助かった!

 それにしてもなんという悪夢だ。体中に蕁麻疹が出そうになったぞ!銃を持っていたなら絶対にあいつを射殺しているところだ!」


 夢でもトマスに触られたところが気になったマリアカリアは消毒のためベットを降りていそいそと浴室へ向かった……。


*      *        *        *


「完成しました!大尉さん」

「ふむ。ようやくか。どれ。見せてみろ」


 ちょび髭を生やしたベレー帽の画家からマリアカリアが肖像画を受け取る。

 絵には、砲煙くすぶる瓦礫の街でマリアカリアがぶちのめしたリリス・グレンダウアーを踏みつけながら右手にベレッタを、左手には精霊防衛隊の隊旗を持って部下たちを叱り飛ばしている模様が描かれている。


「……まあまあだな。悪い絵ではない」

「お気に召していただいて光栄です」

「マルグリットから任務遂行の褒美に肖像画を飾らせてやると言われたときは、正直、勘弁して欲しいと思ったものだが、こうして見ると、執務室にわたしの肖像画の一つくらいあってもいいように思えてきた。

 なんといってもわたしは保安局の局長だからな。偉いのだ」


 マリアカリアが無い胸を反らして得意満面の笑みを浮かべた。

 夕日の映える執務室の窓際でモップがけをしていたナカムラ少年はその様子を見てそっとため息をつく……。いつものことである。


 と。そのとき、執務室の窓から赤外線ビームの筋が……。


「ナカムラ少年。頭を下げろ!」


 タッタタタタタ


 床運動の体操選手もかくやと思われるようなアクロバテックな動きでマリアカリアが物陰へ滑り込む。それを追ってカラシニコフの5.25弾が壁に無数の弾痕を刻んでいく。


「誰だか知らんが、わたしを狙うとはいい度胸じゃないか」


 いつの間にかホルスターから抜かれたUSP拳銃が火を噴く。

この拳銃。ただのハンド・ガンではない。マルグリット特製であり、弾はリロードなしに無制限に撃つことができ、そのうえ有効射程距離も威力も射手の思いのままというチート仕様である。


 タタタタ。バスッ、バスッ。タタタタ。


 しばらく凶悪な銃火の応酬が続く。執務室の調度品などはすべてなぎ倒され、ソファーはただの綿埃と化した。


 やがてー


「どうやら当たったようだな。フン」


 不意に銃声が止み、マリアカリアが立ち上がる。


 ヒート弾で耕された執務室の内外は火の海である。マリアカリアを狙撃したのが普通の兵士であれば骨も残っていないはずである。


「意外と呆気なかったな……。まあ、こんなものだろう。

 それよりも、わたしを倒せると思い上がる馬鹿がまだいたことの方が驚きだが。

うん?!」


 マリアカリアが感慨深げな声を出した瞬間、火のついた林の中から着剣したカラシニコフを抱えた金髪の女兵士が躍り出てきて、執務室の窓を破ってマリアカリアに突進した。


「死ねえぇ!わたしのトマスを横取りしやがって。この泥棒猫!」

「シルヴィアか!それは誤解で、ここは一階だ!」


 マリアカリアがシルヴィアの執拗な刺突に対抗するため壁に飾ってあるサーベルに手を掛けようとした瞬間、壁がぬめりと溶けてなくなり、重心を傾けた体ごとマリアカリアは暗闇の中へと飲まれていった。


「あんな不潔で無職のデブはわたしの趣味ではない!わたしがいくら寛大な心を持っているからといっても限度がある!怠惰なヒモと付き合うくらいなら死んだ方がましだぞ!

 シルヴィア!貴様の誤解だけは我慢できん!我慢できんぞ!」


 マリアカリアはシルヴィアに襲撃されたことよりも誤解されたことの方に腹立ちしたようで、奈落の底へ落下しつつあるにもかかわらずトマスへの悪口雑言を喚き続ける……。



「我慢できんぞ!我慢できん!」


 マリアカリアがふと気づくと、天井が見える。


「見知らぬ天井だ。

 ではなくて。

 ハッ!なんだ。またまた夢か。シルヴィアなんぞとあんなしょうもない男の取り合いを演ずるなんてなんという悪夢だ。昼に食べた豚ハムがやはり悪かったのか?」


 マリアカリアが首をひねっていると、不審な女の忍び笑いが聞こえてくる。


「フフフ。そう。ここは夢の世界。

 わたし、セイジャクからマルガレーテで遊んではいけないと言われたの。

 だから、今度はあなたに遊び相手になってもらうわ」

「貴様。セルマか!

 だが、生憎だな。わたしはこれでも精霊の端くれだ。早々、おまえの思い通りにはならんぞ。相変わらず頭の悪い女だな」


 姿を見せぬ声にマリアカリアが軽蔑の受け答えをするが、相手は余裕の態度を崩さない。


「分かっているわ。だから、今回は趣向を変えたの。それに、あなたの欲望を叶えて破滅させてみても、わたし、ちっとも面白くないし」


 セルマはもともと他人を蹴落としても自分だけは幸せになりたいと本当は思っているくせにそれを自覚していない偽善者を虐めるのが好きである。悪党を自認している現実主義者のマリアカリアをいじっても彼女にとってあまり面白いものではないのだ。


「趣向を変えたとか言ったな。どういう趣向なのだ?

 まさかこの赤い壁に囲まれた悪趣味な部屋にわたしを閉じ込めるということではないだろうな?わたしは閉所恐怖症ではないのだ。そんなことをしてもなんの意味もないぞ」

「その部屋にはなんの意味もないわ。言ってみれば、オリエンテーションの場かしら?

 疑問で頭がいっぱいの大尉さんをこれ以上引っ張ってへそを曲げられたら困るから、ちゃっちゃと説明しますね。

 わたしはね。昔から絵本の童話というのが大嫌いなの。あの手の取ってつけたような偽善的なお話には虫酸が走るのよ。大尉さんもその点、同じでしょう?

 それでね。大尉さんにこれから童話の世界をぶち壊しに行ってもらおうと思っているのよ」

「同意できる部分もあるが、なんでわたしがそんなことをしなければいけないのだ?貴様が適当に絵本の内容を書き換えればいい話ではないか」

「残念ながら大尉さんには拒否権はないわ。だって、これはわたし、セルマのお遊びですもの」

「!?」


 再びベットがぬめりと溶けてマリアカリアが飲み込まれていく。


「貴様!この代償は高くつくぞ!」

「おお、怖い。

 でも、大尉さん。言っておきますけど、わたしを満足させない限りあなたはその世界から永遠に抜けられませんわよ。代償云々は無事に脱出出来てから仰ってくださいな。フフフフ。アハハハ」

「なんだ、この展開は!今回もまた物語が中途半端のまま新たな話に走り出すのか。いい加減にしろよ!カールとわたしの恋物語はどうなるんだ!」

「作者の都合です。悪しからず」

「おい!」


 

 叫び続けるマリアカリアが飲まれていった後の部屋はやがて静寂に包まれ、いつの間にか赤い壁に額が掲げられていた。


『ウエルカム ツウ ヘル(地獄にようこそ)』と。


*      *       *       *


 剣呑な雰囲気の薄暗いパブの奥で銀髪の目つきの悪い6歳ぐらいの少女がテーブルを挟んで黒メガネの中年の男と対座していた。


「商品は用意したわ。その目で確かめてちょうだい」


 銀髪の少女がテーブルに載っているカゴの覆いをとる。


「じゃあ、遠慮なく確かめさせてもらうぜ」


 黒メガネの男がカゴの中に手を突っ込み、丁寧に一つ一つ匂いを嗅いで確かめる。


「いつもの通り極上品だな。混じりっけ無しの天然物だ」

「当たり前でしょ。うちのファミリーは目先の利益に釣られて信頼関係を潰すような愚か者ではないわ。

納得がいったのならこちらにもバーターの商品を確かめさせてくれないかしら?」

「いいぜ。好きにしな」


 黒メガネの男が黒いケースごと入ったものを少女の前に置く。

と。僅かな間に手馴れた仕草で少女はどこから取り出したのかバタフライナイフを華麗に展開させて形作り、切っ先で袋をつついて中身の粉を舌で舐めとる。


「こちらもいつも通りの上物ね。わたしの舌が保証するわ」

「じゃあ、取引成立だな」

「次もまた入荷したら知らせてちょうだい。ボスコーノ・ファミリーはあなた方の期待を裏切らないわ」


 男と少女が固い握手をしていると、小僧から耳打ちされたパブの亭主が少女に声をかける。


「お嬢。ボスが呼んでるぜ」

「ああ。また仕事が入ったのね。わかったわ。すぐ行く。

 息つく暇もありはしないわ。有能な働き者はこうして使い潰されていくのねブツブツ」


 愚痴りながらトテトテと歩み去る銀髪の少女の姿がカウベルのついたドアの彼方へと消えると、男がだるそうに黒メガネを外してため息をつき頬をテーブルにひっつける。


「マスター。カプチーノ頂戴。疲・れ・た」

「お疲れ様。親方もよく付き合うね。毎回毎回、似合いもしない黒メガネをかけたりして」

「だって、赤頭巾ちゃん。マフィアごっこしないと、交換してくれないんだもん」


 最近の赤頭巾ちゃんことマリアカリアのマイ・ブームはマフィアごっこであり、行商の親方がボスコーノ家の育てたリンゴとパプリカの粉を交換するにはこの手の芝居が必要なのである。

 

 困ったものだと、パブのマスターがカプチーノのカップを置きながら同じテーブルに載った見事なリンゴを見てため息をつく。


 だが、パブのマスターも行商の親方も真の赤頭巾ちゃんの正体をまだ知らない……。


*      *       *       *


「ママ。帰ったわ。今度はなんのお仕事かしら」


 抜かりなく部外者がいないかどうかを確かめた赤頭巾ちゃんは一家の大カポ(幹部)ことママに声をかける。


「あら。赤頭巾ちゃん。お帰り。パプリカの粉もちゃんともらって帰ってきたのね。お利口さん。

 疲れているところ悪いんだけど、森のおばあちゃんのところまで焼いたクッキーを届けてくれないかしら。本当ならママが届けるべきなんだけど、おばあちゃん、ママのこと、嫌っているから……」


 皆まで言うなとばかりに胸のところで腕を組んだ赤頭巾ちゃんが小さく頷いてみせた。


 ガス派のグラン・マムというオールド・マフィオーゾは家事のオール電化というファミリーの新しいやり方についていけず、引退という形をとり袂を分かって森の中にひとりいるのだ。


 老兵は消え行くのみ。

 悲しい話ではあるが、世間ではよくあることである。赤頭巾ちゃんもガスで焼いたパンの美味しさを知るものであるが、ファミリーという組織は上下の関係が絶対であり、グラン・マムとママの関係に口を挟むことはできない。


「ママ。お使いにはブローニングM2重機関銃搭載のラウンド・ローバー使っていい?」

「あら。ダメよ、赤頭巾ちゃん。あなた、足がアクセルに届かないもの」

「あっ!そうか。アハハハ」

「そうよ。ウフフフ」


 普通、6歳の少女に山道68マイルのお使いはきついものがあるが、構成員がやや特殊なこのファミリーではその点について問題視する者はいない。


「じゃあ、ママ。お使いの準備をしてくるわね」

「あらあら。赤頭巾ちゃんはおめかし屋さんね」

「3分で済むわ。ママ」

「そんなに慌てなくてもいいわよ。赤頭巾ちゃん。

 女の子ですもの。お出かけの準備に時間をかけるのは当然よ。フフフ」

「嫌だわ。ママったら。アハハハ」



 ♪フンフン、フーン


 朗らかに鼻歌を歌いながら二階へと駆け上がる赤頭巾ちゃん。

 森のおばあちゃんのお家までのお使いとの形式をとるこのミッションが最近頻繁に現れるようになったファミリーの敵対者に対する偵察とその殲滅にあることを赤頭巾ちゃんは承知している。

 銀髪の幼女は舌舐りして自慢の武器庫を開き、準備に入った……。


*      *       *       *


「エクスキューズミー!リトルプリティガールちゃん」


 山道をトテトテと歩む赤頭巾ちゃんに背の高い若い女性が声をかける。


「なんの御用かしら?人狼娘さん」

 赤頭巾ちゃんは一見普通の若い女性のスカートから狼の尻尾がはみ出ているのを見逃さない。


「なっ!一発で見抜くとは、なかなか早熟なお嬢ちゃんだわね。お姉さん、驚いちゃったわ」

「うだうだ言ってないで早く用件を述べてくれないかしら。わたし、これでも忙しいのよ」


 可愛気のない赤ずきんちゃんはポケットから金のシガレットケースを取り出すと、一本を選んで火をつけた。もちろんメラリア産のシガレットである。


「ふーん。さすがはボスコーノ・ファミリーの一員だわね。度胸だけでも大したものだわ。実体はツルペタだけど」


 皮肉になんの反応もみせず、赤頭巾ちゃんは目を細めて紫煙を吐き出す。


「わたしもあなた方の度胸だけは認めてあげるわ。うちのシマに白昼堂々と忍び込んだ点なんて、考えることのできる頭を持った人にはなかなかできない行動ですもの」

「あなたのところのファミリーを舐めているわけではないわ。その証拠に……。

 カトリーヌたち、出てきなさい!」


 赤頭巾ちゃんの前に立つ人狼娘がそう言うと、包囲するようにあと4人の人狼娘が現れる。


「なるほどね。でもねえ」


 クスッ


 赤頭巾ちゃんが失笑をもらす。


「わたしたちを馬鹿にするのはよしなさいな。でないと」

 幼女の笑いに苛立った人狼娘が声を荒げる。


「でないと、なあに?」

 ニヤニヤした幼女が相手の反応を楽しむように挑発を繰り返す。


「……質問に正直に答えたのなら命だけは見逃してあげようと思っていたけれど、気が変わったわ」

「あなたたちの気が変わろうがどうしようがわたしには関係ないわ。だって、結果は最初から決まっているんですもの」


 皮肉な笑みを浮かべていた赤頭巾ちゃんが吸っていたシガレットを捨てると同時に籠からイスラエル製のマシンガンを、スカートの下からは愛用のベレッタを取り出す。


「並みの6歳児には十分な布陣だけれど、このわたしには貧弱すぎるわね。事前の情報収集を怠ったツケは大きわよ。フフフ」


 アンギャー!キャイン、キャイーン!キャンキャンキャン!


 言うまでもなく先ほどの紫煙に代わり硝煙と鉛の礫の嵐が辺りを覆い尽くした……。


*      *        *        *


「ママ。ただいま。

 あら、受話器なんかもってどうしたの?もしかしたらマルコかピノキオのところへお電話するつもりだったのかしら?」

「……」


 ママと呼ばれた女性はブルブルと震える手で受話器を置く。


「あのね。ママ。

 おばあちゃんのところへクッキーを持って行けなくなったの。だって、途中で出会った犬コロに試しに食べさせてみたら口から血の泡を吹いて死んじゃうんですもの。

 それでね。ママ。

 時間が余ったから、お友達に連絡してマルコやピノキオ、それにバルジー二、タッタリア、トニオ、モス・グリーンのところへ落とし前をつけに行ってもらったの。みんな、死んじゃったわ。だから、ママがいくら電話をかけても誰も出ないのよ」


 赤頭巾ちゃんの背後からはストライプのスーツを着た屈強な男たちがぞろぞろと入ってきてママと呼ばれた女性を取り囲む。ママと呼ばれた女性は冷や汗をかいて全身の震えが止まらない。


「お、お願い、助けて!」

「ママ。座って。そして、レモネードでも飲んで落ち着いて。いいかしら。

 わたしにとって義理のママとはいえ、パパのワイフよ。そんな人をわたしは殺さないわ。パパが悲しむもの。

 でもね。ファミリーのビジネスからしたら敵への内通者が近くにいるのは困るの。だからね。わたしの目の前をうろちょろしないように国外へ行ってもらうわ」


 赤頭巾ちゃんが「トンマーゾ!」と低い声で呼びかけ、部下に旅券を持ってこさせる。


「最後にひとつだけ聞いておくわ。ママ。

 でも、嘘はいけないわよ。嘘をつくということは相手を馬鹿にして侮辱することだもの。正直に答えること。いいわね?」

「……」

「今回の絵を描いたのは誰なの?ママ」

 

 赤頭巾ちゃんがママと呼ばれた女性の耳元で囁くと、掠れた声が返ってきた。


「……ジュゼッペ。ピノキオ・ファミリーの」

「グッド。

 もう用はないわ。玄関に車を待たせてあるから乗り込んで港まで行ってちょうだい」


 答えを聞くと赤頭巾ちゃんは急に冷淡になり、背を向けた。男たちがママと呼ばれた女性を玄関に押し出すと、そのまま投げ込むように車の前部座席へ座らせた。


 そしてー


「ボンジョルノ。そしてチャオ。ついでに毒入りクッキーに対してグラッチェよ。裏切り者のビッチちゃん」

 後部座席から老女の腕が伸びてきてママと呼ばれた女性の首にロープが二重に巻き付けられる。


 急発進した車は中で陸に揚げられたマグロが暴れているように震えていたが、玄関前にある蓮池を2周した頃には静かになった……。


 *        *         *         *


「大尉さん。あんたねえ」

 セルマが赤い部屋でイラついた声を出す。

「これって、ゴッドファーザー・パート1の一部そのままじゃないの!」


 しかし、セルマの叫びにマリアカリアは肩をすくめるだけである。


「お望み通り童話をぶっ壊したし、起承転結もある。伏線も生きている。何が悪いんだ?」




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