北へ北へ3
北へ北へ3
マリアカリアがぐるぐる巻きの謎の少年を盾代わりにしながら鍵穴に鍵を差し込むと玄関のドアがすんなりと開いた。同時に、後の3人が家の中へと流れ込む。
「クリア!」
「クリア!」
「クリア!」
家の中はいたって平凡である。居間にはソファーがあり、見やすい位置に液晶の薄型テレビが置かれていた。
「なんだ、この家は。時代考証がまるっきり間違っているぞ!」
いきり立つマリアカリアにカールが声を掛ける。
「エリカ。汚れた皿が山積みされていたが、キッチンには誰もいなかった。あと怪しい箇所は廊下の突き当りの部屋だけだ」
「いびき声の聞こえる部屋だな。よし!」
「気をつけて!中から異臭がするわ」
ぐるぐる巻きの謎の少年を破城槌代わりにしようと身構えるマリアカリアに向かって自称超大魔女が声を掛ける。
「分かっている。注意を引き付けるから各自、攻撃に全力を尽くせ!いくぞ!」
マリアカリアが少年を2度ドアにぶつけると、少年の頭から血が噴き出したが、ドアは破られた。
「ガサ入れや。令状は出てるっちゅうねん!おとなしくせいや!」
なぜか憲兵のカールが関西弁で室内にいた物体を脅しつける。
だが、ベットのうえで大の字になったモサモサのその物体は何事もなかったように依然熟睡中である。
「こいつ。狼神じゃないわ。だって、尾っぽが9本もあるし、品がまるでない。どちらかっていうと、キツネみたいだわ」
自称超大魔女の言ったキツネという単語が一瞬だけマリアカリアの頭の中にケダモノが意地汚くハンバーガーをがっついている映像を浮かび上がらせ、彼女に真の過去の記憶を取り戻させようとした。
「こいつ。どこかで見たような」
ベットの周りに所狭しと散らかっているファーストフードの包み紙や紙カップにマリアカリアははっとする。
「こいつ。ケダモ……ノ?そうだ!1日18時間睡眠の、引きこもりの無職のケダモノだ!蓬莱山で無銭飲食に歓喜していたケダモノだ!
起きんかい!ケダモノ。ケダモノの分際でベットで熟睡とは頭が高い!」
「ウッガァ!???ななななに!?地震か?エッ?」
マリアカリアにベットから蹴り落されたキツネが衝撃で目を覚ます。
「あっ。マリアカリアだ。嫌な奴」
「……」
的確なコメントの報酬は2発の左ストレートだった。
マリアカリアが肉体言語の得意なことを失念していたキツネは鼻血を吹き出す破目になった。軽率な行動は御身に害をもたらす。当然の結果である。
長い人生を安全に暮らすには、いつでも細心の注意が必要なのだ。
「いいか。ケダモノ。わたしの我慢も限界に近い。さっさと洗いざらい白状しろ。さもなくば五体満足でこの部屋から出られるようなことは不可能だと知れ!」
「言うよ言うよ。オレ、なんでも言っちゃうよ!?言っちゃうから。言っちゃうから、襟首掴んで揺すらないで。言葉の代わりに胃の中にあるものが全部出ちゃうから。ね。お願い!?」
キツネはケッという侮蔑の擬音とともに床に放り捨てられ、包み紙についていたケチャップで鼻を汚した。
「狼神はどこへ行った?」
「あいつ?あいつはベガスへ行ったよ。(マリアカリアの目が冷たく光る)あっ!ラ、ラスベガスへ観光にお、お出かけになられました」
「おまえは何でここにいる?」
「あいつに留守番を頼まれて。ハウスキーパーやってますです」
「ハウスキーパーだと?部屋を汚して熟睡しているハウスキーパーなどいてたまるか。いい加減なことを言うな」
「いや。ハウスキーパーだよ。オレ?」
なぜか語尾に疑問符をふりながら(たぶん無職生活が長かったせいだろう)9本あるしっぽの1本で床を叩くと、一瞬で部屋が片付いた。
「ね。オレはちゃんとできるの。しないのはする気が起きないだけ。やる気さえ起こせばオレは超一流の仕事人さ」
ケダモノはなぜか得意げにダメダメ特有のセリフを吐いて胸をそらした。
マリアカリアに睨まれながらキツネが語った事情によると、キツネは静寂尼に座禅三昧の修行生活とセルマの企図をくじく奉仕活動の2択を迫られ、やむなく後者を取ったのだという。
キツネはその後、セルマに封印を解かれて一丁暴れたろかいとやる気を見せていた狼神に気楽が一番というこの世の真理を説いて破壊活動をやめさせたうえ、観光旅行を勧めたのだそうである。
「なんで狼神はおまえなんぞの言うことをホイホイ聞くのだ?」
「エッ!?あいつ、オレのネット友達だし。オレって信用ある方だからじゃん?」
「……」
「あいつの帰り、待つんだったら当分かかるよ。なんかアカプルコ寄ってくとか言ってたし。
今時、アカプルコだって。へっ。あいつ、頭古いよなあ。ないわー。ハハハ」
仮にも友達と言っている相手の悪口を不特定の第三者の前で口にするような輩に信用などあってたまるか、とマリアカリアは思ったが口にはしなかった。ほかに聞くことがあるのだ。
「じゃあ、狼神討伐はどうなるんだ?」
「へっ?中止じゃない?オレ、よくわかんないけど」
「……」
マリアカリアの肩が震え出した。
「お、おい。エリカ。変な目つきになっているぞ。大丈夫か?」
カールの心配もむなしく、マリアカリアはとうとう切れてしまう。
「カリアちゃん、もう嫌ぁ!おうち、帰る!」
小さな女の子の言うようなセリフが妙にアメリカン・テイストの家の中をこだました……。




