それぞれの思惑6
それぞれの思惑6
「公女さまを人質にとろうがどうしようが、あなたたちの勝手ですけどね。わたしには公女さまを元の姿に戻すという仕事があんの。仕事が済むまで邪魔しないでくれる。
ああ、それから。魯雪華さんでしたわね。マリアカリア大尉さんがお弟子さんたちもまとめてお相手をしたいそうよ。わたし的には、彼女が駆けつけてくるまで逃げずにちょっと待ってくれたら非常に嬉しいんですけど」
自称大魔女の言葉に魯雪華が渋い顔をする。
「わたくし共、何か彼女に粗相をしましたかしら。怒らすと彼女、厄介なひとですので、余りお会いしたくないんですが」
「あんた、自分とこの馬鹿弟子が調子こいて大尉さんを殺しにかかったのを知らないの?その馬鹿弟子を捕虜に取ったのが彼女なのよ。彼女がわざわざ捕虜に取ったのは全員を一人残らず逃げられないようにしてぶちのめすためよ。覚悟しなさい」
自称大魔女が得意げに言い放つと、魯雪華がますます渋い顔になる。
「不出来な弟子たちよ。わたくしを逃がすために命を張る覚悟は当然ありますわね?」
「師匠!いくらなんでもそれは。わたしたちを見捨てないでくださいよ!」
「見捨てるなんて人聞きの悪い。戦略的撤退と言って頂戴。
こうなっては仕方ありませんわね。是非とも公女さまを人質にして逃げ延びる時間を稼がなければ。弟子1号2号3号。バルコンから公女さまをお連れして飛びなさい」
師匠からの厳命に弟子たちは従おうとするのであるが、なぜか彼女たちの顔に焦りの表情が……。
「どうしたのですか?早くなさい!弟子1号2号3号」
「それが、師匠。わたしたち、急に飛べなくなりました!
それと、せめて名前で呼んでください。師匠にそんなふうに呼ばれると、なんだかわたしたち、悪の組織の一員になったかのようで悲しいです!」
カトリーヌが弟子を代表して答える。他はシモーヌとヴィルジニーというらしい。ちなみに、マリアカリアに捕虜とされたのはソフィーである。
「オホホホ」
慌てふためく様子を見て自称大魔女の嘲笑が止まらない。
「この天才にして超美人の大魔女様がいる限り、人狼のお弟子さんたちは能力が使えないのよ。
わたしがそういうふうに能力の発動を阻むよう仕組んどいたの。お分かり?オホホホ」
ところが、自称大魔女の得意満面の笑みもそう長くは続かない。
ガッシャン
自称大魔女の高笑いが続く中、突然、階上からロープの反動を利用して超絶美形が飛び込んできたのだ。
「公女殿下はいずこに?殿下の騎士、フランツがやって来たからには殿下に悪人共の指一本たりとも触れさせません。ご安心あれ!」
フランツがゴロゴロと前転してから剣を抜いてシュタッと立った。
「特殊部隊?ここにはテロリストはいないのですが」
「あんた、格好つけてなにやっているのよ!あんだけガラス戸が開いているのに、なんでガラス割っちゃうわけ!それに、どうして室内に入ってくるのよ!公女さまはバルコンよ。外、外!戻れよ」
自称大魔女と魯雪華からこもごもダメ出しが飛ぶ。
「いや。その方が格好いい登場かな、と」
登場の仕方の不評に頭を掻くフランツに対してバルコンから声がかかる。なんだか展開がここにきて妙に早い。
「フランツ。やはり来てくれたのですね。ペーラ・アンナさんの格好をしていますが、わたくしがクリスティーネです!」
「殿下あっ!」
フランツがバルコンへと駆け出し、がばりと声の主と抱擁をする。
「もしもーし、フランツ君。君、思いっきり騙されているから!君が抱いているのは殺し屋の人狼娘だから!」
自称大魔女からさらなる突っ込みが炸裂する。
「はっ。わたしとしたことが。ペーラ・アンナ嬢のお顔を知らなかったとはいえ、これは大失態。大変失礼いたしました」
「いえ。その、け、結構な抱擁で。あ、ありがとうございました。ぽっ♡」
「ハハハ。それはよかった」
「なごむな!イケメンっ!そういう問題じゃないだろうが!」
今度はアルフレードから突っ込みが入った。
本物の公女クリスティーネの肩が震えたのは言うまでもない。
* * * *
30分後―
「あのね。大尉さん。どうして扉を蹴破って入ってくるの?ここホテルのスイートルームだし、そもそも鍵、開いているのよ!
忠告しておいてあげるけど、格好いいと思っているんだったら、それは大きなカ・ン・チ・ガ・イ!
その癖、直しなさいよね!」
ツンツンしている自称大魔女を怪訝に思いながらも、マリアカリアは質問する。
「魯雪華たちはどうした?それと、部屋の中に微妙な空気が流れているが、どういうことだ?」
「魯雪華たちならとっくに逃げたわよ。誰かさんが追い払ったから。大尉さんの来るのがもう少し早かったら、わたしが活躍できたのにブツブツ。
部屋の空気が悪いのは、あの超絶美形が馬鹿だから。あいつ、本当にドクトルなの?3人も同じような顔が並んでいたのになぜ間違うのか。
目からエロエロ光線出すし。不思議すぎるわ」
「よく事情が分からないが、公女殿下が荒れていることだけは分かるぞ」
マリアカリアが指摘するように、確かに公女クリスティーネのいるスイートルームでは一触即発の刺々しい空気が流れている。
「もうお帰りになってはいただけないでしょうか。ドクトル・フランツ。
わたくし、当分の間、あなたのお顔を拝見しとうはございませんの!」
「殿下。ご気分を損ねられたことについて深くお詫びします。非はすべてわたしにあります。どうかお許しを」
「そうです。あなたがすべて悪いのです。ですから、許しません。お引き取りを。ドクトル・フランツ」
「……」
じっと頭を下げ続けているフランツに対して公女クリスティーネの緑の目がつり上がっている。
ふたりの様子を覗き見たマリアカリアとサラ・レアンダーが小声で話し合う。
「修羅場か。何が原因かは知らないが、わたしにはどうでもいいことだな。ふたりとも人質には取られなかったのだから、上々の結果じゃないか。
それはそうと、三流魔女。なんで公女の姿を戻していないんだ?」
「術を解くこと自体は簡単なのだけれど、そうすると今度は公女殿下のお召し物がなくなるのよ」
「はあ?服?」
「早い話が、今着けているコルセットで内臓破裂させていいんだというのなら、今すぐにでも公女殿下にかけられたセルマの術を解いてあげるわよ。大尉さん。
服もコルセットも同時に体に合わせて伸ばすというのは、今のわたしじゃ馬力不足なのよね。大尉さんが手伝ってくれるというのなら話は別だけどね」
意味深な目をして自称大魔女がニヤリとする。
「(マリアカリアからエネルギーをふんだくる)副作用としてわたしが超大魔女になってしまうけど、仕方ないことよね。今度こそフランツなんぞに活躍させないから」
「?」
「おい。エリカ。お取り込みのところすまないが、こいつら、どうするんだ?暴れてちょっと手に余るんだが」
カールが縄でぐるぐる巻きにした謎の少年とソフィーという人狼娘とを必死に引っ張っている。
「なんでこいつらは縄で巻かれているの?」
「廃船の中でガキをぶっ倒したら、そっちの人狼娘が『殺してやる!』とか言って暴れて大変だったんだよ。こいつらのせいで来るのが遅れてしまったんだ」
サラ・レアンダーにマリアカリアがため息をついて説明する。
「エリカ嬢!そいつ(謎の少年)はわたしたちにとって親の仇なの!こんなことを言える身分じゃないことは分かってるけど、わたしに今すぐそいつを殺させて!」
人狼娘のソフィーがマリアカリアに必死に訴えかける。
「ダメだ。こいつは、わたしが締める。そうでないと、わたしの気が収まらん」
「へーん、だ。ざまあみろ、雌豚」
ソフィーに向かって悪態をつくガキを横目で見ながらマリアカリアが付け加える。
「わたしの次にカールが殴ったら好きにしていいから。それまで待て。犬コロ」
「……」
5分後、サラ・レアンダーが公女クリスティーネの姿を元に戻した以外、何の成果もなくマリアカリアたちは帰っていった。フランツとカールの兄弟が公女クリスティーネから締め出しを食らったのは言うまでもない。
* * * *
その夜―
「構ってくれないの?だったら、何しちゃうか分からないよ。俺」
「……俺だって男だ。いつでも紳士というわけではない。狼にだってなる」
「ハアハアっ。俺が荒々しくなるのは、……おまえが可愛すぎるせいだ!」
カールがポーズを決めながらなにやらセリフらしきものを囁いている。表情はいやいや感で一杯である。
「ダメだ。やり直し!感情がこもっていないうえ、見るからにぎこちない。照れがあるんだ。照れを捨てろ!」
いやいやでも一生懸命やっているカールに向かってすぐさまマリアカリアからのダメ出しが飛ぶ。
「できるかっ!俺はこんなセリフを吐くような歳ではない。なんなんだ、この甘っちょろいセリフは!
呼び出しを受けて来てみたら急に芝居の真似事みたいなことをさせて。これに一体、何の意味があるんだ?エリカ」
「……」
急に部屋の中が静かになる。マリアカリアの顔が赤い。
「黙ってては分からんぞ。エリカ」
「つ、つまりだな。あい……を」
「聞こえない。もう少し大きな声ではっきりと言ってくれ」
「……」
マリアカリアは恥ずかしがって答えようとしなくなった。
急にカールの顔が意地悪くなる。
「ふーん。そうか。
なら、君の希望を叶えるような、俺、オリジナルのセリフを言ってやろうか。こんなお仕着せのセリフとは違うヤツを」
「カールっ!さすがわたしの見込んだ男だ!ありがとう!ありがとう!」
喜ぶマリアカリアにカールが注文をつける。
「そうだな。まず胸のところで手を組んでもらおうか。それから少し顎をあげて見上げるようにしてくれないかな」
これで目をつむれば乙女が恋人から初のキスを受けるような恰好をカールはマリアカリアに強制した。
「では、セリフを言うぞ。
『もう言葉は要らない。黙って目をつぶれ』」
マリアカリアは吐かれたセリフとおりに目をつぶった。あることを期待して……。
それから、10分後。
いつものようにドアをノックせず壁をすり抜けて自称大魔女がやって来た。
「大尉さん。なにやってんの?それって、もしかしてヨガの修行?」
「!」
すでにカールのいなくなった部屋でマリアカリアが例の枕に八つ当たりしたのは言うまでもない。




